第4話 犬人族の少年


 借りている家のドアを開けると、猫人のミミが尻尾しっぽを振りながら走ってくる。


「こっちへ来て」


 彼女は、小声でそうささやくと、俺の手を引っぱる。

 一段下がったフロアに降りると、コルナとポルの他にもう一人の獣人がいた。

 犬族の少年で、首には首輪が着いている。なんなが黙っているのは、首輪の通信機能を警戒しているからだろう。


 俺が少年の首輪を外し、魔法で作った青い箱にしまうと、みんな安心した顔になった。首輪が外れた少年は、驚いた顔で周囲をキョロキョロ見回している。


「あれ? 

 ここどこ?

 ボク、なんで、こんなところにいるの?」


 どうやら、首輪に思考を制限されていたらしい。


「安心してくれ。

 君は、どこの町に住んでいたんだい?」


「コネカ村です」


「「何だって!」」


 俺とポルの声が重なる。なぜなら、村人が全てさらわれたその村を調査したのが、まさに俺たちだからだ。


 調査の時に見つけた少年の名前を上げると、少年はびっくりしていた。その少年は、彼の幼馴染だそうだ。

 今日、ギルドで俺と別れた後、町を散策していたコルナたちは、人族にいじめられている彼を見つけた。

それで、保護して連れてきたそうだ。

 見つけた時は足にケガをしていたが、すでにコルナの治癒魔術で良くなっている。


 俺たちは、犬人の少年に獣人世界で起きたことを話してやった。

 獣人をさらっていた猿人の背後には、人族がいたこと。猿人は戦力のほとんどを失い、今では過去の償いをしていること。

 やっと自分の境遇が理解できた少年は、涙を流しはじめた。


「父さん、母さん……」


 ミミに抱きつき、泣きはじめた少年を、コルナが優しく撫でてやっている。


 そのとき、ノックの音がした。

 扉上部にある小窓から覗くと、青い制服を着て腰に武器のようなものをぶら下げた二人の大柄な男性が立っている。

 俺は少年に声を出さないよう言うと、彼を点魔法で隠す。

 それから、おもむろにドアを開けた。


「あのー、こちらはシローさんのお宅で?」


「ああ、俺がシローだが」


「市民からの通報を受けました。

 この建物内に、犯罪を犯して逃走中の獣人が、逃げこんだ可能性があります」


「あなた方は?」


「あ、これは申しおくれました。 

 我々は『治安維持隊』です。

 この町の警備や事件捜査を担当しています」


「で、中を探したいのかな?」


「はい。

 お手数ですが、少しよろしいでしょうか?」


 二人は中に入ると、各部屋はもちろん、収納内まで全て調べていた。


「ふむ、おかしいですね。

 確かに通報では……」


 二人は、しきりに首をひねっている。

 大方、首輪の通信機能をたどって位置を特定したのだろう。首輪を点魔法で作った箱に入れた途端、その機能は停止しているけどね。


「ご協力、ありがとうございました。

 犯罪者は、犬人の少年です。

 何かお気づきのことが有れば、これで連絡をお願いします」


 治安維持隊の二人は、俺に名刺サイズのカードを渡すと、渋々といった様子で出ていった。

 俺は、すかさずカードを魔法の箱にしまい込む。指を鳴らすと、点魔法で作っていた壁が無くなり、隠れていた少年が出てきた。

 声をたてないように言っておいたからか、口を手で押さえている。


「もう大丈夫だよ」


 俺が言うと、口から手を外し、床にペタリと座りこんだ。

 緊張してたんだね。

 俺たちは、『治安維持隊』によって中断させられていた、情報交換を再開した。


 少年の名前はテコ、七才だそうだ。

 父と母も一緒に、猿人にさらわれたということだ。

 猿人領に着いてすぐ、人族の女性から首輪を着けられ、それからは意識が無かったようだ。


 しかし、学園の受付で見た獣人を思いだしても、普通に行動していたように見えた。きっと、日常生活に関係ある記憶に限り阻害しないよう、首輪が設定してあるのだろう。


「つくづく、とんでもない世界みたいだね、ここは」


 コルナは、呆れ顔だ。


「はー、緊張した」


 ポルも、テコ少年同様、緊張したみたいだ。


「あんた、だらしないわよ。

 何かあっても、こっちには黒鉄くろがねのシローが、ついてるんだから」


 まあ、ミミは相変わらずだよね。

 しかし、「黒鉄のシロー」は、やめていただきたい。

 なんか、巨大ロボットみたいだから。


「あ、そうだ」


 マスケドニア王から渡された資料を読んでみる。資料は詳細にわたり、要領よくまとめられていた。

 俺は、天才と呼ばれる軍師の顔を思いだしていた。


 試験の前日まで、資料の分析に当てた。

 ミミとコルナは、街で食べ物の買い出しや情報収集をしていた。

 ポルは、テコ少年の相手をしている。


 試験前日の夜、みんなの前でマスケドニア王から渡されていた、小さな革の袋を開けた。

 中からは、色とりどりの宝石がじゃらりと出てきた。きっと、とてつもなく価値があるものだろう。ミミの目が、キラキラしている。

 カードが、入っていたので読む。


「頼む」


 青く輝く文字で書かれたその一言と、見覚えがあるマスケドニア王のサインがあった。加藤を心配してくれている王の気持ちを感じ、俺は胸が熱くなった。

 指で触れると、全ての文字が空中に浮かび溶けるように消えた。魔道具で書かれていたようだ。

 点魔法で火属性を付与し、白紙になったカードと資料を燃やした。


 その炎に、俺は勇者捜索の決意を新たにした。

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