第35話 しばしの別れ


 ポータルを渡る前日、ワンニャン亭で、パーティポンポコリン解散の夕食会を開いた。


 ミミが実家の『ワンニャン亭』を貸しきりにしてくれた。アンデを含めギルドの主要メンバーも参加している。

 聖女舞子とピエロッティ、コルナとコルネも来ている。

 種族を越えた、にぎやかな打ちあげとなった。


「ああ、アンデ。

 正式に、犬人族の族長になったんだって? 

 おめでとう」


 俺は、アンデの族長就任を祝った。


「ああ、族長って言っても、次が決まるまでの繋ぎみたいなもんだ。

 だから、ギルマスは続けるぞ」


 裏切り者のキャンピーは、前族長の血縁者だった。前族長は、その責をとって辞任した。


「コルネ様も、獣人会議議長就任おめでとうございます」


「ありがとう。

 お姉ちゃんに負けないようにがんばる」


 食事が美味しいこともあって、みんな上機嫌だ。


「ミミ、ポル、今までありがとう。

 パーティ・ポンポコリンは今日で解散だけど、君たちのことは忘れないよ」


「他人行儀なこと言わないの。

 それより、シローは出発の準備で忙しいでしょ。

 解散の手続きは、私とポン太でやっておくからね」


「ミミ、ありがとう。 

 それに、今日の食事、すごくおいしいよ。

 お母さんとお父さんに、お礼を言っておいて」


「うん!」


 まあ、湿っぽくなるより、元気な方がいいよね。


「シローさん、ボクを助けてくれてありがとう。

 冒険者になれたのも、シローさんのおかげです。

 小さいながら狸人の村が再興できて、本当に夢のようです。

 ボク、ボク……」


 ああ、湿っぽくなっちゃったよ。

 俺は涙が止まらないポルの頭を撫でながら、こう言ってやった。


「冒険者になれたのも、村の再興も、君自身の力だよ、ポル」


 俺の言葉で、彼の涙は、ますます止まらなくなった。


「あー、もう、ポン太は。

 男の子なんだから、泣かないの」


 ミミがポルの頭を撫でている。

 俺がいなくなっても、この二人なら大丈夫だろう。

 みんなの楽しい笑い声に包まれた宴会は、深夜まで続いた。


 ◇


 俺たちがパンゲア世界へ向け出発する日が来た。


 俺は前日から舞子の屋敷に泊まっていた。

 街はずれにある、庭つきの大きな屋敷は、前族長が聖女に譲渡したものだ。獣人世界における舞子の家は、これからここになる。


「史郎君、準備できたよ」


 出発の用意をした俺が、玄関の外に立っていると、後ろにピエロッティを従えた舞子が出てきた。フリル付きの白いドレスが彼女らしさをまぶしいほど引きたてている。

 ギルドで手配した四頭立ての馬車が、屋敷の庭へ入ってくる。

 御者は、なんとアンデだ。いつもと違い、フォーマルな黒服に身を包んでいる。


「聖女様、お迎えにあがりました」


 彼は、舞子のために客車のドアを開けた。


「シロー、お前はこっち」


 舞子とピエロッティが客車に乗ると、俺はアンデと共に御者台に腰かけた。

 これって、舞子と俺の扱い、違いすぎない?


 馬車なんて大げさだな、と思ったのは屋敷を出て町に入るまでだった。町の入り口には大きな横断幕があり、そこにはこう書かれていた。


『聖女の町、ケーナイへようこそ』


 町に入ると、ものすごい数の獣人が道を埋めつくしていた。


「来たぞ! 

 聖女様だ!」

「聖女様、万歳!」

「聖女様ー!」


 お爺さん、お婆さんたちは、すでに平伏している。

 群衆が投げる白い花が舞う中を、馬車はゆっくりと進んでいく。

 舞子は、窓から手を振っている。


 馬車は、ポータルを地下に持つ建物の前で停まった。

 そこには、立派な演台が用意されていた。

 ピエロッティに手をとってもらい、馬車を下りた舞子が演台に登る。

 ざわついていた群衆から音が消えた。


「みなさん、私は自分では意図せず、この世界へやって来ました。

 そんな私を犬人族の方々や他の獣人の方々が助けてくれました。

 おかげで、こうして生きのびることができました。

 そして、この世界で獣人の方々と触れ合ううちに分かったのです。

 この世界こそ、私の居場所であると」


 物凄い拍手と歓声が町を包む。

 少ししてそれが収まると、聖女が再び話しはじめる。


「今日、私は元いた世界に帰りますが、近いうちに、必ずここに戻ってきます。

 なぜなら……」


 舞子は、ここで一拍置いた。


「なぜなら、ここが私の故郷なのですから」


 色んな種族からなる群衆の興奮は、最高潮に達した。みんなの気持ちが一つになる。


「部族の違いを乗りこえ、大変な時にあるこの大陸を、みなさんが良い場所にしていくことを私は信じています。

 では、しばしの別れを。

 また、お目にかかりましょう」


 そこには俺に頼るだけの、か弱い少女はもういなかった。

 少女の殻をやぶり、美しい女性へと成長した、本物の聖女がいた。


 ◇


 舞子、コルナ、俺の三人は、ポータルがある地下の部屋で、最後の別れを惜しんでいた。


 見送りは、アンデ、コルネの二人だ。せめて最後に、ミミとポルには声をかけたかったが、彼らは姿も見せなかった。

 獣人の長は全員がここに来ることを望んだが、部屋が狭いから、それを諦めるしかなかった。


 アンデは、思いだしたように紙包みを渡してきた。


「これは、アリストのギルマスへ渡してくれ。

 ギルドの機密が入ってる。

 絶対に中を覗くなよ」


 おいおい、紙包みに機密ですか。まあ、これなら気づかれないだろうけどね。


「じゃ、元気でやれよ。

 お前は、ずっとケーナイのギルメンだぜ」


 俺とアンデは、固く握手した。


 横では、コルネがピエロッティに話しかけていた。


「陰陽の従者様、聖女様をよろしくお願いいたします」


 コウモリ男、いや、すでにピエロッティとなった男は、それに深く頷いた。


 コルネがこちらにやってくる。


「お姉ちゃん、シローさんと仲良くね」


「もちろんよね、お兄ちゃん」


「史郎君、どういうこと?」


 舞子がその言葉に反応する。

 おいおい、ここにきて揉めるのはやめてくれ。

 俺が左手をコルナ、右手を舞子と繋ぐと、すぐに二人は静かになった。

 この世界に来た時、手続きをしてくれた、犬人の男性が声を掛けてくる。


「では、どうぞ」


 舞子、コルナ、俺の三人は、ポータルに足を踏みいれた。


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