第31話 砂漠の花


 ポルナレフ少年は砂丘の後ろに隠れ、パーティリーダーの背中を見ていた。


 目の前に広がる砂漠を、見渡す限り猿人の軍勢が埋めつくしている。

 さすがに怖くて、体の震えが止まらない。しかし、リーダーに対する彼の信頼は、その恐怖を上まわっていた。


「これから起こることを、しっかりその目で見ておくこと」


 これがシローから言いわたされた、彼の任務だ。


 砂丘の上で歩みを停めたシローが、ゆっくりと頭の布をほどく。ほどいた布は、砂漠の風に旗のようにたなびいた。

 現れたのは、黒髪だった。

 いつもシローと行動を共にしてきたポルナレフだが、今初めて彼が黒髪であると知った。


「真の異世界人……」


 ポルナレフが口にしたのは、その言葉だった。


 ◇


 ポータルズという世界群は、ポータルによって繋がっている。

 そこを通り、人や物が行き来することも可能だ。

 別の世界から渡ってきた者は「異世界人」と呼ばれる。


 ただ、それにも例外がある。

 特別なポータル、『ランダムポータル』と呼はれているが、これによってやった来た人々は、『真の異世界人』と呼ばれる。彼らは、『稀人まれびと』とも呼ばれ、滅多に現れない。

 そのようにして現れた者は、しばしば非常に高い能力を授かる。『勇者』や『聖女』が特に有名で、『勇者』は高い戦闘力、『聖女』は高位の治癒魔術を持っている。


 シローは、『勇者』なのか。

 ポルナレフは、すぐにその考えを打ちけした。『勇者』なら、国が囲うのが普通だ。少なくとも、冒険者になどなるはずがない。


 狸人族の少年は、任務を忠実に果たそうと、リーダーの背中をじっと見つめるのだった。


 ◇


 よく訓練された猿人たちは、軍団長の号令ですぐに迎撃用隊列を作った。


 前面に並ぶのは、魔道武器の筒を持った部隊だ。

 その筒からは、魔弾が一発だけ射出できる。

 三列に構えることで、一列目が撃てば、二列目が前に出、二列目が撃てば三列目が前に出る、という形で、魔道武器のストックがある限り、延々と敵に魔弾を打ちこむことが可能だった。


 魔道武器隊隊長の号令が、辺りに響いた。


ーっ!」


「「「?」」」


 なぜか、魔道武器は、沈黙を守ったままだ。

 兵士たちが武器の故障を疑いはじめた時、それは起こった。


 バシュシュシュシュ!


 魔道武器の筒が暴発し、周囲に小さな魔弾をまき散らしはじめたのだ。


「ぐあっ!」

「うっ!」

「ぶああっ!」


 顔や体に魔弾を受けた射手が、次々に倒れていく。

 な、何が、起きたんだ?

 隊長が驚愕した瞬間、その顔に魔弾が命中する。


「ぐはっ」


 統率者を失った魔道武器隊は、総崩れとなる。

 焦った軍団長が叫ぶ。


「突撃ーっ!」


 本来、槍隊とつるぎ隊に分かれ、統率がとれた動きをするはずの軍勢が、たった一人の少年に一斉に襲いかかった。

 後ろから見ていた軍団長には、少年の体が猿人の白い体毛に覆いつくされたように見えた。それは、まるで砂漠に咲いた大きな白い花だった。


 少年が放った声が聞けたのは、最前列の猿人だけだったろう。


ぜろ」


 キュキュキュンッ ジュバババッ


 金属同士をこすりつけるような音とともに、白い花が、一気に赤く染まる。少年を中心に、満開の赤い花が咲きみだれた。

 それは、空中に舞う猿人たちの血だった。


 不思議なことに、襲いかかった猿人の姿は影も形もない。

 赤い花が消えた後には、何もなかったように少年が一人で立っていた。


 砂漠を覆いつくしていた猿人の軍勢は、一瞬にして司令部と補給部隊だけとなった。

 軍団長は、自分で目にしたものが信じられなかった。

 すでにこの時、彼は正気を失っていたのかもしれない。


「うおーっ!!」


 大声を上げると、大剣を掲げ、少年に走りよる。


 キュン ジュッ


 新しく小さな赤い花が咲いただけだった。

 残された猿人たちが、悲鳴を上げ、退却を始める。


「た、助けてくれー」

「ひーっ!」


 しかし、その声がするところ、次々に赤い花が咲いていく。

 少年に前衛が襲いかかってから、ものの五分もしないうちに、猿人の姿は全て消えていた。

 少年がゆっくり歩みさると、後には使い手のない天幕と物資の山だけが残されていた。


 砂漠の風が、その上をただ虚しく通りすぎていった。

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