第32話 けじめ


 獣人会議が招集した北部連合軍は、瞬くうちに大陸南部を攻略した。

 猿人が狐人領攻撃に失敗してわずか一か月後には、大陸南東から南西まで連合軍が制圧してしまった。


 獣人会議では、大陸南部を東域、中央、西域の三地区に分け、それぞれに総督府を置くことが決まった。総督には、獣人会議が選出した者が選ばれる。今は東から、熊人、猫人、犬人が総督を務めている。


 連合軍の一部は、中央部に残り、旧猿人族領全体に睨みを利かせる。猫賢者もサポート役として、中央部に常駐することになった。

 もっとも彼の場合、食道楽を極めるため、今まで入れなかった土地の郷土料理を食べようと考えているらしいのだが。

 ちなみに、ワンニャン亭のゴールデン・スライムのレシピも彼の手によるものだった。


 猿人はその多くが、彼らに滅ぼされた大陸西部地域の復興にたずさわる。また、通常の税に加え、家族を失った獣人たちを支えるための基金にも出資することが決まった。

 高い税と労役の負担で、猿人の暮らしは豊かとはいえないものになった。

 そんな彼らは、内的にも少しずつ変わりはじめていた。


 ◇


 大陸西部、ある復興地区の一日を見てみよう。


 ここは、かつて狸人族が住んでいた土地だ。

 大陸各地に散らばっていた、ほんのわずかな狸人族が再び集まり、しっかりした造りの『土の家』に住んでいる。

 その家は、どの地方にも見られない形をしていた。


 まだ夜が明けたばかりなのに、村では活気ある声が響いている。

 畑では、大陸東部からはるばる移り住んだ猿人たちが働いていた。

 若い狸人の領主が通りかかると、みなが作業の手をとめ、深く頭を下げた。


 しかし、この領主、少年とでもいった方がよい年に見える。そして、その傍らには、猫人族の少女がまとわりついていた。


「ポン太、今日のところは、これくらいでいいんじゃない?」


「また、すぐ遊ぼうとする。

 ミミ、これはボクたちのためじゃないんだよ」


「だって、せっかく旅行に来たのに、観光もしてないじゃん」


「あのねー、旅行じゃないの。

 この地の復興を依頼されたんだよ」


「えーっ!

 仕事は仕事、遊びは遊び。

 きちんと、区別をつけなきゃ」


 猫族の少女が、お得意のヘンテコ理論で少年を説得しようとしている。


「ミミ、いい加減なこと言っちゃだめだよ」


「でも、シロー見てよ、シロー。

 木陰でゴロゴロしたり、コルナ様の尻尾しっぱをモフモフしてばかりいるじゃない」


「あのねえ、リーダーは、この村の家を全部建てたんだよ。

 井戸も掘ってくれた。

 きちんと仕事してるから、君とは違うの!」


「えー?

 私も働いてるよ!」


「ああ、もう、いいからいいから」


 何か言っても、謎理論を聞かされるだけだと思ったのだろう。狸人の少年は、少女の言葉に取りあわなかった。


 ◇


 夕日が照らす広場で、久しぶりの再会を喜ぶ男女の姿があった。


「ジーナ! 

 生きてたんだね!」


「ゼロス……会いたかった!」


 幼馴染の猿人二人は、抱きあって再会を喜んだ。

 互いに、ひとしきり近況を報告しあった後、ゼロスが心に秘めてきた思いを告げた。


「ジーナ、俺と結婚してくれ。

 そして、東へ帰ろう」


 シーナと呼ばれた若い猿人の女性は、そんなゼロスの様子をじっと見ていた。


「ゼロス。

 あなた、今、幸せ?」


「ああ、もちろんだとも!

 君に会えたんだ。

 幸せに決まってるだろ」


「じゃあ、私はあなたと一緒には行けない。

 ごめんなさい」


「な、なんでだ? 

 君は俺のことが好きじゃないのか?」


「大好きよ。

 でもね、だから、一緒に行けない」


「なぜ?」


「ゼロス、あなたさっき、私がいて今が幸せって言ったわよね」


「言ったけど、それが?」


「ここは、かつて何があった場所か、分かってる?」


「え?

 知らないけど……」


「ここはね、狸人族が住んでいた土地なの」


「狸人族……あの滅んだ部族か」


「滅んだんじゃないの。

 私たち、猿人族が滅ぼしたのよ」


「そ、それは……」


「猿人族は、この場所で狸人族の幸せを踏みにじったの」


「……」


「私は北に連れていかれた時、もう少しで他種族の獣人たちに殺されるところだったの。

 それを救ってくれたのが、誰だと思う?」


 ゼロスは、ジーナが殺されかけたと聞いた恐怖で、言葉を出すことができなかった。


「ここの領主をしている、ポルナレフ様よ。

 彼は狸人なの。

 こうして私があなたと会えるのも、彼のおかげなのよ」


「ジーナ……」


「私たちは、これまで自分たちがやってきたことを知らなくてはいけない。

 そして、自分ができることで償わないといけないの。

 たとえ、どんなに時間がかかったとしてもね」


 ゼロスは黙りこむと、じっと考えていた。


「お前がいなくなった時、俺は胸をかきむしるほど悲しかった。

 あれが、狸人族の感じたものだったとしたら……」


 暗くなっていく景色の中で猿人族の青年は、悄然しょうぜんと立ちつくすのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る