第23話 追跡 


 土牢から逃げた人族の研究者、ミゼットは森の中を進んでいた。


 所持品は全て取りあげられたが、男には魔術があった。

 呪文を唱えると、目の前に卵サイズの透明な球が現れた。球の中には、黒い矢印が浮いている。

 しばらく回転していた矢印は、やがて動きが遅くなり、ピタリと止まった。

 男は、矢印が指したほうを眺めると、大きく一つ頷き、また前進しはじめた。


 慣れない歩き方で、なかなか距離が稼げないが、逃げだしてから、すでにかなりの時間が経っている。恐らく、見つかることはないだろう。


 心配があるといえば、犬人族の鼻の良さだ。

 彼は、ある樹木の下にくると、木に体を預けるようにし、動く方の手で枝をちぎり、その先に着いた花の花粉を、自分の体にこすりつけた。

 この樹木の花粉には、犬人族の嗅覚をくらませる効果がある。


 もうそろそろ目的地に着くのではないか、と思いはじめた時、一人の犬人が目の前に飛びだしてきた。一瞬、絶望に襲われた男だったが、犬人の顔を見ると、体の力を抜いた。 

 犬人は、キャンピーだった。


「なぜ、すぐに後を追って来なかったんです? 

 それに、その足はどうしたんですか」


「それはいいから、すぐにベースキャンプへ連れていけ」


 男が命じると、キャンピーは男を背負い、かなりのスピードで走りはじめた。

 木立を抜けると、森の中の草地に数張りのテントが見えた。キャンピーは、その中で最も大きなテントの入り口を潜った。

 そこには、虎人と中年の人族、そして、聖女がいた。


 縄までは打たれていないが、敷物の上で力無くうなだれていた聖女は、彼らが入ってくると、なぜかハッと顔を上げたが、すぐにまた下を向いた。

 中年の人族男性が、口を開く。


「ミゼット。

 一体、どこで油を売っていたんだ?」


「モーゼス先生。

 あ、あの……犬人に、捕まってしまって……」


「なにっ!? 

 まさか、こちらの情報を漏らしてはいまいな?」


「はい。

 それはもう」


 ミゼットは、嘘をつくしかなかった。情報を漏らしたとばれた瞬間、彼の人生は終わりだ。


「とにかく、急いで南へ帰る必要があるな」


 今回の任務は、聖女確保が目的だ。それさえ果たせたなら、他のことは何とでもなる。その果てには、研究者としての昇進が待っている。


 二人は、それそれが胸算用をするのだった。


 ◇


 舞子は、せっかく会えた史郎と、すぐ分かれてしまったことが辛かった。しかし、よく考えると、彼は自分のために異世界まで来てくれた。

 舞子は、そのことが嬉しくもあった。

 犬人が、人族を連れてきたとき、彼女は、そのような物思いにふけっていた。


『舞子、聞こえるか? 

 周囲に気づかれないよう、聞いてくれ』


 そのとき、史郎の声が頭の中で響いた。


『史郎君っ!』


『長い間、点ちゃんがいなくなっていてね。

 それで、探すのに手間取ったよ』


『史郎君……私のために、この世界に?』


『ああ、畑山さんには、君と加藤を連れかえるって約束してるからな』


『加藤君も、この世界に?』


『いや、あいつは、別の世界だ』


『どうやって、ここまで?』


『ああ、それを話すと長くなるから、救出してからゆっくりね。

 それより、そこには誰がいる?』


『えっと、虎人が一人、犬人が一人、人族が二人いるよ』


 犬人か、キャンピーかもしれないな。もう一人の人族は、あの男の関係者だろう。


『奴らは、武器を持っているかい?』


『うん、虎人が背中に大きな剣を背負ってる』


『少しだけ待ってくれ。

 今から、救出に向かうから』


『うん、待ってる!』


 舞子が思いのほか元気そうなので、少し安心する。


『何か変化があったら、念話で話してくれ』


『うん!』


 史郎は、すぐに追跡の準備を始めた。

 今回は点魔法を使うだろうから、自分一人の方がいいだろう。書きかけの報告書の横に、アンデへの書置きを残す。


『(・ω・)ノ ご主人様ー』


 お、点ちゃん、何だい?


『(・ω・) 舞子ちゃんの様子が知りたいの?』


 知りたいけど、何かあったら連絡してくるよ。


『(^ω^) 舞子ちゃんがいる場所を、見られますよー』


 え?


『(・ω・)ノ とにかく、やってみますね』


 点ちゃんは、しばらくぴょんチカしていたが、やがてピタッと止まった。


『(^▽^)/ できましたよー』


 どうすればいいの?


『(・ω・)ノ□ パレットをつくれば、そこに映しますよ』


 みょんみょんピーン


 パレットを、作ってと。

 お! 確かに、テントの中が映った映像が出てきた。

 彼女が話した通り、人族が二人、獣人が二人いるな。

 やはり、話に出てきた犬人は、キャンピーだったか。

 点ちゃん、音もつけられる?


『(・ω・) 簡単ですよー』


 じゃ、音もお願い。


『♪(^ω^) はいはーい』


 映像には、すぐ音がついた。

 これは凄いね。ライブ映像だ。


『(?ω・)ライブってなんですか?』


 いや、それ、今はいいから。

 それより、追跡するとき、このパレットはかさばっちゃうな。


『(・ω・)ノ〇~・ ああ、それは小型化すればいいんですよ』


 小型化しておいて、使いたいときだけ大きくするってこと?


『(・ω・)ノ それより、こんなのは、どうでしょう』


 また、ぴょんチカしてるね。

 おお! これは、いいね。

 視界の左上に四角い枠が現れ、その中に舞子の映像が映っている。


 点ちゃん、どうやったの?


『(・ω□) いろいろ、工夫してみましたー』


 いろいろね。まあ、いいか。便利だから。

 じゃ、出発するか。

 しかし、アンデたちに見つからないようにできるかな。


『(・ω・)ノ できますよー』


 あ、点ちゃんが聞いてるんだった。

 やっぱり出たね。 お得意の「できますよー」

 で、どうやるの、点ちゃん。


『(・ω・)=〇⇒ まず、ご主人様が通れるだけの穴を壁に開けてください』


 まあ、それは簡単にできるよ。

 自分で作ったんだから。

 ほいっと、出来た。


『(^ω^)ノ じゃ、いきますよー』


 俺の体は、いきなり外へ飛びだしていた。


 点ちゃん、ここ、二階なんですが……。

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