第24話 聖女救出


 二階の壁に開けた穴から外に飛びだした俺は、そのまま水平に移動していた。


 点ちゃん、これは?


『(・ω・)ノ 点を付けて物を動すのありますよね。

 今回は、ご主人様自身を動かしています』


 なるほどね~、って、なんかすごいぞ、これ。

 俺、今、空飛んでる。

 うーん、最高だね。

 空中散歩だ。


『(^▽^)/ ご主人様と、散歩ー♪』


 点ちゃん、方向間違えないでね。


『(・ω+)~・ 向こうにも点があるから、間違えようがありませんよ』


 そりゃ、そうだ。

 うわ! 

 もう見えて来たぞ。

 あのテントだな。

 映像に映ってるのと、同じ生地でできてるもんね。

 あ、いいこと思いついた!


『( ̄ー ̄) 悪いことの、間違いじゃありませんか?』


 まあ、見てたら分かるよ。

 点ちゃん、分裂してテントの横面と底にくっついてくれる?


『(・ω・) ……できましたよー』


 じゃ、テントごと持ち上げて、集落まで運ぼう。


『(・ω・)ノ△ はいはーい』


 ◇


「じ、地震か!?」


 突然揺れだした地面に、モーゼス博士は驚く。

 やがて揺れは止まった。

 しかし、何か浮遊感のようなものがある。余震が収まらないのか。

 彼は、テントから顔を出し、驚嘆する。


「な、なんだ、これは!」


 テントが、空中に浮いている。

 下に見える木々との距離から考えると、地面から五十メートルはあるだろう。


「どうなってるんだ!」


 テントの隙間から、他にもいくつかのテントが空中に浮いているのが見える。テントは、全て同じ方向に飛んでいるようだ。 

 その時、モーゼスは、一つの人影がテント横に浮かんでいるのに気づいた。


「だ、誰だ!」


 片手片足で這い、こちらにやって来たミゼットが、その人影を確認した。


「ひいいいっ!」


 彼はそう叫ぶと、入り口から遠ざかろうとしてか、テントの奥へ転げこんだ。

 モーゼスは、ミゼットのところに行き、顔を覗いてみる。ミゼットは、目を固く閉じ、ブルブルと全身を震わせている。


「おい! 

 奴を、知ってるのか?」


 尋ねるが、ミゼットは震える首を左右に振るばかりだ。

 やがて、目を閉じ耳を押さえ、床に丸くうずくまってしまった。


「しっかりしろっ」


 彼の肩をつかんで揺するが、こちらの声が届いているようには見えない。

 一体、ミゼットに何があったというのか。

 横を見ると、聖女が落ちついて座っている。

 モーゼスは、ある可能性に気づいた。


「これを引きおこしたのは、お前かっ!」


 彼は聖女につかみかかった。いや、つかみかかろうとした。

 その瞬間、左足の感覚が無くなる。

 体を支えられなくなった彼は、横向きに転がった。

 それでも、聖女の方に這いよる。


 あと少しで聖女に手が届こうとしたとき、目の前に二本の足が立ちふさがった。見上げると、先ほどテントの横を飛んでいた少年だ。


「な、何者だ!」


 少年は、それに答えもしない。

 こちらに背を向け、聖女に話しかけている。


「舞子、大変だったな。

 よく頑張った」


 聖女が少年の胸に飛びこむ。


「史郎君、史郎君……」


 モーゼスはポケットに手を入れ、魔道具を取りだそうとした。


「て、手が動かない……」


 何の前触れもなく、痛みもなく、右手が動かなくなる。


「く、くそっ」


 利き手ではない左手で、無理やり魔道具を取りだそうともがく。

 自分の代わりに少年の手が、ゆっくり魔道具を引っぱりだした。


「ふ~ん。

 これが、ミサイルみたいなのが飛びだす筒か」


 少年は聖女を抱え、テントの入り口まで行くと、外へ向けて魔道具を撃った。理解できないのは、少年が呪文を唱えたように見えなかったことだ。


 ヒュッ


 音を立て、魔道武器にこめられていた弾丸が飛びだす。


「なるほどね。

 一発しか撃てないのか」


「くそうっ!」


 モーゼスは、手荷物へ左手を伸ばす。そこには、いくつもの魔道武器が入っているからだ。

 手荷物に届いた瞬間、左手が動かなくなった。


「て、手がぁっ!」


 彼は最後の手段として詠唱を始める。少年は、使い終わった筒をためらうことなくフルスイングした。

 側頭部に衝撃が走る。


 モーゼスは意識を失い、闇に沈んだ。


 ◇


 一人の村人が、それを見つけた。


 空を飛ぶ何かが、こちらに近づいてくる。

 皆が警戒するように、彼は大声で叫んだ。

 犬人達が、次々に家から出てくる。

 子供達は、空を飛ぶ何かを指さし、叫び声をあげる。

 それは、集落の中心にある広場へ音もなく降りた。

 

 目の前で見るまで、何か分からなかったはずだ。

 それはテントだった。

 人間の認識は、あまりにも自分の常識とかけ離れると、それを見なかったことにする。テントが空を飛ぶという光景が、それを引きおこしていた。


「お、みんな揃ってるね」


 一番大きなテントから、まず俺が外に出る。そして、その後ろから舞子が続く。

 集まっていた村人は、みな平伏したまま拝んでいる。

 それは、そうだろう。自分たちが崇めている聖女、さらわれたと思っていた聖女が、空から降りてきたのだから、まさに聖女降臨だもんね。

 彼らは皆、涙を流している。


「アンデ、ごめん」


 俺は、アンデに声を掛ける。


「まあ、終わり良ければ全てよしだ」


 あれ? その言い方、この世界にもあるのか。


「聖女様っ!」


 まだ、完治していないコウモリ男が舞子に駆けよる。


「聖女様、ご無事でしたか……」


 彼は、聖女の事がよほど心配だったのか、彼女の足元にうずくまっている。一体、コウモリ男に何があったというのか。


「ピエロッティ。

 あなた、まだ怪我が治ってないでしょう」


 舞子の治癒魔術の光が、コウモリ男を包む。


「あああ」


 感極まった声を出したコウモリ男は、涙を流していた。

 俺は初めて聞いたコウモリ男の名前より、彼が喜びの涙を流したことに驚いていた。

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