第22話 衝撃の事実
犬人の集落にある牢は、小さく臭かった。
虎人の大きな体が、すし詰めになっている。彼らは無理やり角のところにスペースを空けており、そこに人族の男が座っていた。
これだけ見ても、この男と虎人族との関係が知れるというものだ。
近づく俺に気づいた虎人たちが、一斉にぶるぶる震えだした。
「その男を、外に出せ」
それを聞くと、虎人たちはさっと動いて、男と戸の間に道を作った。男が自分から動こうとしないので、ヤツに点をつけ、無理やり引っぱりだす。
牢のカギを閉め、崖に続く山道を登っていく。
男は、動かなくても俺が行く方向に引っぱられるから、抵抗をあきらめて自分の足で歩きだした。
崖前に広がる広場に到着する。そこは、炎が舐めた跡が黒く残り、焦げた匂いが立ちこめていた。
俺は振りむき、男と目を合わせた。
「あんた、誰だ?」
俺が問うが、男は答えない。
「?!」
男が、突然崩れおちる。
ちなみに、この男の手足の神経は、まだ遮断していない。
いや、していなかった。今、右足の神経を遮断したところだ。
「次は、左手をもらう。
早く話した方がいいぞ」
それでも、男は口をぎゅっと閉じて黙っている。
「手、手がっ!」
左手が動かなくなり、やっと声を出す。
「話すか?
俺はどうでもいいぞ。
次は、右目だ」
倒れていた男が、急に動く方の手足をジタバタしはじめる。
「や、やめてくれ!
話す、話すから」
やっと、その気になってくれたようだ。
「お前は、誰だ?」
「わ、私は、ミゼットだ」
「どこに所属している?」
「そ、それは……」
俺が奴の右目を覗きこむと、諦めたように話しだす。
「け、研究所で働いている」
「どこの研究所だ?」
「アルカデミアの研究所だ」
俺は、記憶を探っていた。
アリスト王城の禁書庫で調べた本の中に、その名前があった。
「学園都市世界だな」
「ど、どうして、それを!?」
「なぜ、異世界に来てまで聖女を狙う?」
「それは、本当に知らない。
上からの命令だ」
嘘は、ついていないようだ。
「猿人を使い、獣人の村を襲わせているのも、お前らか?」
「……」
男の顔色が青くなる。奴が一番聞かれたくない話題に触れたらしい。
「どうなんだ?」
「そ、それは……」
男は、それきり黙りこんだ。
「なるほど、それだけは、話したくないか」
俺はそう言うと、奴の右目の神経を遮断する。
「目、目がっ」
「次は、左目をもらう」
「しゃ、しゃべる!
何でもしゃべるから、もうやめてくれっ」
「さらわれていく獣人たちも、そう言っただろうな」
「……」
「さて、では、左目ももらうかな」
「め、命令した!
猿人に命令してやらせた!」
「何のためだ?」
「そ、それは、学園都市で働く労働力としてだ」
「それだけか?」
俺は、奴の左目に指を近づける。
「ひいっ、や、やめてくれ!
研究……研究のためもある」
「研究というと?」
「獣人を使って、いろいろ実験する……」
いろいろね。つまり、人体実験だな。
俺は、アンデに報告すべく、すぐに山道を降りはじめた。
立ちあがれない男は、点で引っぱる。顔や体が地面に擦りつけられるので、男は悲鳴を上げつづけているが、そんなこと知ったことではない。
ギルド用の「土の家」に入ると、アンデに分かったことを報告する。
衝撃の事実に、アンデはしばし呆然としていたが、はっと我に返ると、ものすごい勢いで通信を始めた。恐らく、コルナだけでなく、全種族の族長に連絡しているのだろう。
虎人が入れられた牢の近くに人族の男を入れる専用の土牢を造り、ヤツを放りこんだ。
◇
史郎に牢に放りこまれた男、ミゼットは、安全なはずのフィールドワークがこんなことになり、心から後悔していた。
この研究成果をもって、学園都市の上層部に食いこむのが男の夢だった。得られた成果は、間違いなくそれにふさわしいものだったのに……。
新しく入れられた牢は、前のものより狭いが、臭くなかった。
獣人を実験動物として見ている男からすると、そんなやつらと一緒の牢に入るのは屈辱以外のなにものでもない。
ここは一人でいい。片手、片足、片目の機能喪失は、一時的なものではなさそうだ。時間がたっても、左手はピクリとも動かない。
なんで、こんなことに……。私が、何をしたというのだ……。ただ、命令されたことをこなしただけなのに。
男は、己に降りかかった運命の理不尽さを、嘆きつづけるのだった。
◇
男が、そのことに気づいたのは、二回目の夜を牢で過ごしている時だった。
土牢の扉が、ほんの少しだけ開いている。
男は這いより、扉に触れてみる。それは、音もなく開いた。
顔を出し、左右をうかがう。
二人の犬人が、土牢の壁にもたれ、眠っている。
男は、音を立てないよう牢から這いでると、森へ向かって進む。土牢の戸が開かないようにするための、つっかい棒なのか、一メートルくらいの木切れが落ちていたので、拾って杖にする。
幸い、牢は集落と森との境界付近に建っている。
男は、すぐに森の木々の間に、その姿を消した。
◇
朝が来ると、人族の男が逃げたことが、アンデに報告された。
「で、お前たちは、二人とも眠りこけていたと……」
二人の犬人が、耳をぴたっと頭につけ、土下座している。
「ふむ……」
そこに、俺が通りかかった。
「シロー、人族の男が逃げだしたぞ。
お前、何か心当たりないか?」
アンデは、俺の目をじっと見ている。
「え?
それは大変だな。
まあ、重要な情報は全て引きだしてるから、追跡する必要はないかな」
それを聞いたアンデは、少し考えこむ様子だったが、顔を上げると次にすることを伝えた。
「お前たち二人は、聖女捜索に加われ。
シローは、獣人会議に備えて、報告書を作ってくれ」
「ああ、分かった」
俺が答えるより先に、二人の犬人は、そそくさと外へ出ていった。
「シロー」
「ん?
なにか?」
アンデは、何か言いかけたが、そのまま黙ってしまった。
やばいな、やっぱり気づかれてるか。
『(^▽^)♪ そのようですね』
おいおい、点ちゃん。何で嬉しそうなの?
『(・ω・) ご主人様と、いっぱい遊べそうだからですよ』
はいはい、確かにここからは、点ちゃんに頼らないといけないからね。
よろしく頼むよ、点ちゃん。
『つ☆(^ω^) ドーンと、任せちゃってください』
まあ、任せるしかないんだけどね。
じゃ、次の準備しよっか。
『(^▽^)/ わーい!』
扱う事柄の深刻さを考えると、あいも変わらず緊張感に欠ける点ちゃんと俺だった。
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