第5話 最初の依頼
パーティ名の登録が終わり、俺は一人で依頼が貼ってある掲示板の前にいた。
ミミとポルナレフは、二人して買い物に行っている。
さて、どれにするか。最初はやはり、採集依頼だと思うのだが……。
ただ、ここは自分が知る土地ではないから、単なる採集が思わぬ危険を招きかねない。
なにせ、こちらには冒険者になりたてホヤホヤの二人がいるのだ。
「悩んでるな」
後ろから声を掛けられ振りかえると、ギルマスのアンデだった。
「ええ。
初心者がいるから、採集依頼がいいと思うのですが……」
「そうだな。
だが、お前がいることを考えると、これでもいいと思うぞ」
毛深い指が向かう先は、討伐依頼のコーナーだった。その一番下が彼のお勧めらしい。貼ってある位置からして、最も難易度が低い討伐依頼のようだ。
討伐内容 沼スライムの駆除
必要討伐数 十匹以上
場所 ケーナイ北東の湖沼地域
報酬 魔石一つにつき五十銅貨
期限 水の月まで
魔石というのは、モンスターが体内に持つ、石のような物だ。
それ自体にも価値があるが、討伐の証拠となることもある。
「これだと、鉄ランクにしては、報酬も悪くないぞ」
ふむ、確かにそうだが……。
「水の月って、いつになります?」
「今からだと、二か月後だな」
期間は十分あると。
「どうして、条件が良いこの討伐が残ってるんですか?」
依頼の紙は、端が陽に焼け黄色くなっていた。
「気がついたか。
湖沼地域は、足元が悪く、衣装や装備が汚れやすい。
下手したら、そういったもののメンテナンスで、報酬が全部消えちまうからな。
だが、まあ、お前ならうまくやるだろう」
「では、この依頼をパーティで受けます」
「『ポンポコリン』だったな?
あはははは!」
アンデは、笑いながら去っていった。ひょっとすると、関係改善には、いい名前かもしれないな。笑ってくれるから。
でも、絶対にいつか名前を変えてやる。
俺は、そう心に誓った。
◇
ミミとポルナレフが帰ってくると、ギルド二階にある俺の部屋で依頼の説明をした。
二人とも、小学校に入学したての生徒が先生を見るような顔をして聞いている。
まあ、耳を貸さないよりはいいけどね。こういったことをおろそかにすると、命に関わることもあるから。
「二人は、武器と防具って、どんなものを持ってるの?」
テーブルの上に出てきたのは、残念としか言いようがないものだった。
ミミの防具は革製の鎧で、物は良さそうだが、古すぎてあちこちガタがきている。サイズも明らかに大きい。
冒険者だったお母さんからのお下がりだそうだ。
ポルナレフの方は、さらにひどかった。布に申し訳程度に皮を縫いつけた、鎧とも服ともいえないものだった。
どうやら、お金が無いから自分で作ったらしい。
武器は、二人とも持っていなかった。
俺はため息をつくと、パーティーとして最初の活動を宣言した。
「まず、武器と防具をそろえよう」
◇
俺たち三人は、防具屋に来ている。
防具屋は、ギルドから、それほど遠くないところにあった。大通りをはさんで、先日訪れた武器屋のま向かいになる。
革と金属の匂いが混ざった店内に入ると、二人は物珍しそうに棚を見てまわっている。
若い犬人の店員に、ミミがお母さんからもらった革鎧の直しを頼んでみる。銀貨三枚でやってくれるというので、そのままお願いする。
ポルナレフの革鎧、小型の盾、二人分の防水グローブと防水ブーツも買う。
メンテナンス用の油など、こまごま買っていると、合わせて銀貨二十枚にもなった。元いた世界の感覚だと、およそ二十万円ということになる。
どう考えても、今回の依頼が黒字になることは無いな。
だがまあ、命にかかわるところには、お金を惜しまない方針だからいいか。
こうして、俺たちは防具屋を後にした。
◇
俺たち三人は、次に武器屋にやってきた。
店のオヤジは今日も不愛想かな、と思ったけれど、意外なことに普通に話しかけてきた。
「ああ、あんたか。
今日は何にする?」
「この二人の武器を頼みたいんですが」
モチはモチ屋。ここは、専門家の助言を仰いだ方がいいだろう。
「あんたらが、パーティ『ポンポコリン』か」
オヤジは、くすっと笑った。笑うと意外にかわいい。しかし、俺たちのパーティ名って凄いな。このオヤジを笑わすとは。
『ポンポコリン』の名は、すでにギルドの外まで広まっていた。
「あんたら、戦闘スタイルとかあるかい?」
オヤジが、二人に話しかけている。
「えと、特にありません」
「
まあ、ミミは猫人だからね。
「そういう意味の戦闘スタイルじゃないんだが……」
オヤジは二人にいろいろな武器を持たせ、それを振らせ、その感想を聞いていた。
一時間近く掛かったろうか。
やっと、二人の武器が決まった。ポルナレフは短剣、ミミはカギ爪だ。
武器だけで銀貨二十枚だ。さすがに、ポルナレフは気になるらしい。
「稼げるようになったら、必ず返しますから」
真剣な顔でそう言ってきた。そんな必要は無いのだが、それが彼の冒険者としてのモチベーションを高めるなら、それもいいか。
そう思い、黙っておいた。
ミミは買ってもらって当然、という風だったけどね。
◇
討伐に向け、食べものを準備する。
これは、八百屋と乾物屋でミミが選んだ。
さすが、食堂の娘だ。店の人が知りあいということもあり、短時間で良いものを安く仕入れることができた。
買い物の帰りに、ポルナレフの家に立ちよる。
それは、家というより、壊れかけの馬小屋と言った方がよいもので、見かねた俺がルームシェアを申しでる。
彼は、しきりに恐縮したが、どうしても首を縦に振らなかった。
俺は、出発前の三日間、ギルドの部屋に泊まることをポルナレフに約束させた。
◇
二日後、ポルナレフが俺の部屋にやって来た。
ギルドから野営用のベッドを借り、部屋に置いた。
「こんな贅沢して、いいんでしょうか」
彼は、部屋に来てから事あるごとに、そう言っている。まあ、あの家と較べたら、どんな所でも御殿だろうからね。
ポルナレフは目を輝かせ、イキイキしている。
足りないからこそ、足りた時のありがた
俺は、しみじみそう思うのだった。
◇
出発前日の夕方は、ワンニャン亭で食事をした。
いつもは給仕役のミミも、今日はテーブルに着いている。
「では、旅の安全を願って!」
俺の合図で乾杯する。
ミミのお母さんが料理を運んできたから、気がかりなことを尋ねてみる。
「娘さんが冒険者になるのは、ご心配ではありませんか?」
「ええ、それは少しは心配ですが、あの子も、もう成人していますし。
それに、言って聞くような子でもないですから」
さすがお母さん。娘のことをよく分かっていらっしゃる。
「私自身、冒険者をしていたこともありますから。
あの子のためにも、一度外の世界を見せるのもいいかと思ってますよ」
「はあ、そうですか」
「ご迷惑をおかけすることも多いでしょう。
くれぐれも、この子の事、よろしくお願いします」
それは、すでに散々迷惑を被っていますがね。
「分かりました。
できる限りのことはします。
今回は、それほど危険な仕事でもありませんから」
ミミの事だから、両親からの許可なく行動を起こしたかもしれない、と心配していた。しかし、そこはきちんとしていたようだ。
これで、心おきなく出発できるな。
こうして、パーティ『ポンポコリン』は、討伐へ出発する日を迎えるのだった。
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