第46話 ある日の王城


 この朝、アリスト王は、いつもより機嫌が良かった。

 勇者は討ちそこねたが、亡命を手引きした女は始末した。そのとき、例の宮廷魔術士が死んでしまったのは想定外だが、なに、代わりなどいくらでもいる。

 その上、勇者がマスケドニアから姿を消したというではないか。


 ヤツがいないなら、開戦宣言が活きてくる。邪魔が入らないうちに、大規模侵攻を行うべきだ。こちらには、聖騎士も聖女もいる。

 王は、自国が負けるシナリオなど、一つも思いつけなかった。

 今日は、開戦派の会合もある。どこからマスケドニアを攻めるか。それを考えると、今から心が躍るのだった。

 今しも、開戦派の盟主ドラコーン公爵が、『王の間』に入ってきたところだ。


「公爵、その後、準備の方はどうじゃ」


「ははっ、万事順調にございます。

 人員、魔道具、補給、全て整いました」


「ほう、ようやった!」


「後は、陛下のお言葉を頂くだけでございます」


「うむ、よかろう。

 マスケドニアに向け、進軍せよ!」


「ははっ」


 その時、『王の間』への扉が少し開き、茶色いものが、ひょっこり顔をのぞかせた。よく見ると、茶色いのは、少年が頭に巻いた布の色だった。


「こんちはー」


 のんびりした声で入ってきたのは、茫洋とした顔の少年だった。

 招待された客だろう。そう思っている騎士は、動こうとしない。


 少年は、謁見の位置までトコトコ歩いてきた。


 ところが……。


 片膝をつくべきところ、いつまでたっても動かない。

 さすがに、いぶかしく思った王の取りまきが声を掛けた。


「あー、どなただったかな?」


 少年は微笑むと、ゆっくり頭の布を外した。

 現れたのは、黒髪だった。


「お、お前はっ!」

「あの時の!」


 何人かが、声をあげる。


「どうも、シローです」


「き、貴様! 

 不敬であるぞ。

 ひざまずかんか!」


 少年は、のほほんとした表情を崩さない。

 さすがに、騎士が動きだそうとした。


 そのとき……。

 小さいが、よく通る声が聞こえた。


「ところで、あの娘に何かしたのは、お前らか?」


 口調も、どこか春風を思わせる軽さだったが、場所が場所だ。貴族たちからは、すぐに罵声が飛んだ。


「ぶ、無礼にもほどがあるぞ、小僧!!」

「すぐに、ひっ捕らえろ!」


 その騒ぎの中でも、少年の表情は変わらなかった。周囲の騒音を、さわやかな風とでも思っているかのように。ただ、その目は王の目をとらえ、離さなかった。


「勇者か……いや、勇者になれなかったクズだったな。

 追いだされたお前が、今さら何の用だ?」


 王の口から出た、からかうような言葉に、少年は確信した。直接手を下していなくても、勇者を狙うよう命令したのはこいつだと。

 そして、この瞬間、何かが変わった。


「お前たちの中に、愚王を捨て、民のために働こうという者はいるか?

 いるならば、今すぐ、ここから立ちされ」


 少年の声に、さっきまでの優しさは微塵も無かった。それどころか、どこか茫洋としていた表情が、シャープなものに変わっていた。

 宰相は、それを見て思わずこう口にした。


「美しい」


 平凡な少年から、一瞬にしてこのような美しさが生まれたことは、驚嘆すべきことだった。何人かは、思わず、その顔に見とれていた。


「マスケドニアで少女が死んだ」


 少年は、静かに言葉を続ける。


「勇者の側で」


 ニヤリと王が笑う。


「他国の勇者をさらうなど大罪じゃ。

 死んで当然よ」


 少年が続ける。


「この国から、勇者が逃げだしたのも分かるよ。

 今も、聖騎士と聖女を軟禁してるみたいだしね」


「それがどうした。

 魔術さえろくに使えぬクズめが!」


「ははは。

 じゃ、俺の点魔法、ここで披露しよう」


「馬鹿め。

 そんな余裕なぞ、あるものか。

 者ども、こやつを捕らえよ!」


「はい、号令ありがとさん。

 で、誰から?」


 からかうような少年の言葉に、騎士の一人が、猛烈な勢いで剣を叩きつける。


狼藉者ろうぜきものっ!」


 キュンッ 


 金属がこすれるような音がすると、騎士の姿が一瞬でかき消えた。

 

「な、何だ! 

 魔術か?!」


御託ごたくはいいから、かかってくるなら早くしてね。

時間、押してるから」


「死ねっ!」


 キュンッ 


「とうっ!」

「えいっ!」


 キュキュンッ 


 切りかかっていく端から、騎士が消えていく。


「伝説の転移魔術か!?」


 とうとう、騎士は十名が残るだけとなった。彼らは、恐怖の表情を浮かべていたが、それでも少年を取りかこんだ。


「さすがに、十人の騎士を一度には相手できまい」


 王には、まだ冷笑を浮かべる余裕があった。


「じゃ、いくよ」


 そう言うと、少年が静かに目を閉じる。

 それを合図に、騎士が一斉に躍りかかった。


ぜろ」


 キュキュキューンッ


 血しぶきと少年の声が消えた後、残されたのは彼だけが立つ空間だった。


「ひ、ひーっ!」


 ドラコーン公爵が巨体を揺すり、奥の扉へ走る。彼は扉を目の前にして、急に崩れおちた。


「ドラコーン!

 どうした?!」


 アリスト王が呼びかける。


「足が、足が動かない!」


「あー、その声、開戦派のボス、ドラコーン公爵だね」


 少年の声を聞き、ドラコーンが青ざめる。


「な、なぜ、私のことを?!」


「いや、それはいいから。

 ところで、戦争するって多くの兵士や市民が腕や足を失うってことだよ。

 あんた、それ、分かってる?」


「いや、そ、そのようなことは……」


「ああ、自分の事じゃないからね。

 じゃ、こうしよう。

 あんた自身が手や足を失っても、まだ戦争したいかどうか試してみよう」


「ひ、ひーっ!」


「しっかりして。

 大事なところだよ。

 足は一本もらったから、次は手かな?」


「て、手が、手が動かないっ!」


「まだ、左手だけだよ。

 それでも、戦争したいんだよね」


「ひーっ、許してくれー!」


「あー、その答えはバツ。

 こちらは戦争したいか、したくないかを聞いてるから」


「目、目が、見えない!」


「そうだよ。

 戦争すると、目が見えなくなる人も、たくさん出るよ」


「た、助けてくれーっ!」


「また、バツ。

 貴族なのに、自国語も習ってないの?

 戦争したいか、したくないかで答えなきゃ」


「したくない、したくない!

 助けてくれー!」


「分かった、じゃ、助けるよ。

 でも、さっきの不正解は、回収しておくからね」


「目、目がー、目がー」


「まあ、両目が見えなくても、死ぬわけじゃないから。

 戦場で傷つく兵士の気持ちが、少しは分かってもらえたかな?」


 ドラコーンは、そのまま気を失ってしまった。


「さてと」


 少年が手をパンと鳴らすと、その場にいた全員が、びくっと震えた。


「他に、戦争に賛成の人いるかな?」


 王の取りまきの連中が、我先にとしゃべりだす。


「わ、わしは、最初から反対じゃった!」

「いや、わしの方が、先に反対してたぞ!」

「賛成なぞ、一度もしたことはない!」


 彼らの主張は、止まらない。


「黙れっ!!」


 王が叫ぶと、やっと静かになった。


「あー、良かった。

 うるさくてどうしようかと思ってたんだ。

 あ、一応、聞いておくよ。

 王様、あんたは戦争賛成? 

 それとも反対?」


「お前になど、答える必要ないわ!」


「だよね。

 ついでだったから。

 だいたい、あんたの相手は、俺じゃないんだよね」


 少年が振りかえる。

 そこには、いつの間にか黒髪の勇者が立っていた。


「ボー、全くムチャしやがって!

 来る途中に、戦争賛成派が集まってるはずの部屋に寄ってきたんだけど、人っ子一人いなかったぞ。

 お茶からは湯気が立ってるし、タバコも灰皿の上で煙ってるし。

 みんな、どこ行っちゃったんだ?

 まるで、マリーなんちゃら号みたいだったぞ」


「ああ、メアリー・セレスト号ね。

 船から人が消えちゃった事件」


「そうそう、それそ「うるさい!!」


 アリスト王が、まっ赤な顔をして、立ちあがった。

 全身が、面白いほど震えている。ガクブルだね。


『(?ω?) ご主人様~、ガクブルってなーに?』


 点ちゃん、相変わらず、空気読まないな~。まあ、自分と加藤も、空気読まないから、厳しくは言えないんだけどね。


「じゃ、加藤。

 王様とゆっくり話すといいよ。

 王様、あんた、この勇者を説得できたら、命が助かるよ。

 がんばってみ。

 じゃね」


 少年は、入ってきた扉から部屋を出ていく。

 王の取りまきたちが、ほっとしたのも束の間、また扉が開いた。


「このままだと、ドラコーンちゃんに贔屓ひいきしたことになるからね」


 彼は、指を一つ鳴らすと、ドアを閉めた。

 その瞬間、取りまきが全員、床に崩れおちた。


「目、目が見えない!」

「足、足が……」

「手、手が……」


 余りにうるさいから、加藤が全員の頭を蹴り、そいつらの意識を失わせた。


「さて、では説得してもらおうかな」


「ヤ、ヤツは、いったい何だ!?」


「え? 

 俺の親友だけど」


「レベル1の魔術師じゃなかったのか!?」


「いや、そんなこと、今はどうでもいいの。

 自分が俺に殺されずにすむ理由を、四百字以内で述べよ。

 あ、300数えるまでにね」


「わ、わしが、そちに何をした!?」


「はい、270」


「そちらを城に住まわせて、食べさせてやったのを忘れたか!」


「そんなこと、これっぽっちも望んでいなかったよ。

 はい、240」


「そ、それから、それから……」


「はい、180。

 もうすぐ半分だよ。

 がんばれ!」


「あ、あの娘のことは、本当に悪かった!

 殺すつもりは、無かったんだ!」


「じゃ、誰を、殺すつもりだったの?」


「ぐっ……」


「はい、120。

 急がないと大変だよ」


「すまぬ!

 すまんかった。

 この通り、許してくれ」


 生きていさえすれば、いつか復讐できる。国王は、冷静に計算していた。


「あのね、謝るんじゃないの。

 殺されずにすむ理由を言わなくちゃ。

 あと60。

 かなり早口じゃないと、間にあわないよ。

 まだ、一文字も理由になってないから」


「許して、許してください!」


 王は、勇者の足元で土下座した。奇しくも、そこは、これまでに数多くの人々が、彼にひざまずき頭を垂れた、まさにその場所だった。


「あー、時間切れ。

 でも、いっぱい謝ってもらったから、もういいかな」


 そう言うと、勇者は入ってきた扉から出ていった。


「ふふふふ、ぅわあっはっはーっ。

 馬鹿め、このようなことだから自分の女を殺されるのじゃ。

 勇者め、今に見ておれ! 

 目にもの見せてくれるわ!」


「ふ~ん、何を見せてくれるの?」


 哄笑していた王が、凍りついた。

 ギギギーっと、後ろを振りかえると、すぐそばに勇者がしゃがんでおり、こちらを見ていた。


「いっ、いっ、今のは、無能な家来への言葉じゃ!」


「あ、そう。

 いいけどね。

 ずっと聞いてたから」


「な、何っ!?」


 王は思わず立ちあがったが、しゃがんでいる勇者と目線が同じことに気づいていぶかしく思った。

 いつの間にか、勇者の横にもう一人立っている。


 いや、あれは……わしがいつもはいている靴ではないか。

 一体、どういうことだ。


 次の瞬間、すでに上半身だけになっていた王の体が、さらに左右に分かれた。


 勇者は二度聖剣を振り、血を払うと、さやに納めた。


 史郎のアイデアに乗ったが、ちょっと王様が可哀そうだったな。そう思う加藤は、やはり、気のいい少年なのだろう。


 音が絶えはてた『王の間』から見える城下町では、いつもと変わらぬ人々の暮らしが始まるのだった。

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