第47話 後始末
王の死後、王城内は、混迷を極めた。
政権中枢にいたほとんどの者が姿を消すか、まともに政務に就けない体になっていた。
王の死体が残されていただけまだましで、今後、新王の選定に入ることだけは決まっていた。
この会議室には、残された少数の者が集まっている。
テーブルの側には、特別にしつらえたベッドの上に横たわる、ドラコーン公爵の姿もあった。
「公爵、何があったのか、まだ話していただけませんか?」
司会役の、騎士長レダーマンが話しかける。
マスケドニアへの勇者亡命事件で謹慎を受けていた彼は、『王の間』の難を逃れた。
事件後、王の取りまきは誰一人として、何が起きたか話さなかった。話題がそのことに近づいただけで言葉を失い、中には失神する者までいた。
ブルブル震えるドラコーンは、ただ、あわあわと首を左右に振るだけだった。横に控えた、介護役の女性が、ドラコーンの口から垂れた
「とにかく、新王の選定をせねば」
レダーマンは、事件の調査と政権建てなおし、二つの重責から疲れはてた顔をしていた。
「皇太子さえいらっしゃれば、問題など起きなかったものを」
前国王にさんざん振りまわされた形の、筆頭宮廷魔術師ハートンが恨みがましくつぶやく。
その時、新しく、侍従長として任命された男が発言した。
「聖騎士様にお願いしてはどうかと」
彼は、これまで聖騎士のお付きであったから、彼女の人となりがある程度分かっていた。聖騎士の少女は理性があり、論理的に物事を考えることができる。
何よりも、黙っていても感じられるカリスマがあった。
「ふむ、悪くない考えだな。
もともとこの国は、聖騎士である初代国王陛下がお建てになったのだしな」
ハートンは、この意見に賛成のようだ。
「しかし、異世界からの
レダーマンは、聖騎士を王として立てることに慎重のようだ。
「畑山さん、どう思う?」
これは、加藤。彼は勇者として、この場に同席している。
なにせ緊急のことだ。部外者も数名、同席していた。
「私が!?
なんの冗談よ!
国王なんて、私に務まる訳ないじゃない」
「まあ、そうなるよな」
ハートンが、すがるような視線を畑山に送る。
侍従長が、必死な声で訴える。
「聖騎士様!
どうか、そう早まって結論を出そうとしないでください」
「でもねえ、さすがにこれは……」
畑山は、予想外の展開に言葉を失っている。
「それでは、いっそ勇者様にやっていただくというのはどうでしょうか?」
新しく近衛騎士長となった男が、口を開いた。
「おおっ、その手があったか!」
レダーマンは、この意見がいたく気に入ったようだ。
「俺?
無理に決まってるだろ。
性格的に、もう100%無理」
まあ、加藤の自己分析は、的を射ている。
「しかし、勇者様は、国民からの絶大な支持もあります。
我々がお支えします。
勇者様は、座っているだけでいいのです」
加藤の性格をまだよく理解していないレダーマンは、その座っているだけというのが、加藤の最も苦手な事だと気づけなかった。
「あー、それに、俺にはやることが出来たからな」
「え?
やることって何よ?
元の世界に帰りたいの?」
畑山が、ちょっと焦った様子で問いかける。
「旅人に……俺はなるっ!」
「いや、海賊王になるって言われるより、意味は分かるけど……いったい、どうしちゃったのよ?」
「とにかく、もう決めたから」
加藤がこうなると、
さすがに、それを知っている畑山も、説得は諦めたようだ。
「旅が、あんたのやりたいことなの?」
「いや、とにかく決めたから」
加藤はそう言うと、かたくなな表情で黙りこんでしまった。
侍従長が話を戻す。
「ここは、やはり聖騎士様にお願いするしかありません」
「ふむ……こうなれば、それしかないな」
レダーマンも、腹を決めたようだ。
「とにかく、新国王は聖騎士様にという方向でよろしいか?」
ハートンが、まとめにかかる。
「ワシの……ワシの息子……」
ドラコーン公爵が、話に割りこもうとする。
確かに、血筋からいえば、亡き国王と血縁であるドラコーン公爵の息子も、国王となる資格がある。
「もう少し、考えを煮詰めてからの方がよいのでは?」
末席の少年から声が掛かる。
「ひーっ!!
ひーっ!!」
そのとたん、ドラコーン公爵が奇声を発しはじめる。
「公爵、落ちついてください!
公爵!」
介護役の女性が、彼の耳元で話しかける。
「時々、このようになるのです」
彼女は申しわけなさそうに頭を下げると、ベッドを押し、部屋から出ていった。
「お大事になさってください」
ドラコーン公爵が部屋を出る時、さきほどの少年が声を掛ける。
公爵の叫び声が、切れぎれに遠ざかっていった。
「さて、今日のところは、もうよろしいでしょうか?」
茶色い布を頭に巻いた少年が、落ちついた声で散会を持ちかける。
「そうですね。
この案は、持ちかえって、各自がもう一度考えてみてください。
あまり時間の余裕はありません。
よろしくお願いします」
新しく責任のある地位に就いた面々が席を立ち、部屋を出ていく。
後には、レダーマン、ハートン、加藤、畑山、舞子、ギルド関係者が残った。
「レダさん、本気であんなこと頼んでるの?」
正式な場ではなくなった気安さから、いつもの調子で畑山が話しだす。
「聖騎士様、どうかこの国を見捨てないでください。
このことについて、少なくとも数日は、お考えいただけたらと思います」
「まあ、考えるくらいならするけどね」
畑山も、日頃から世話になっているレダーマンには、強く出られない。
「リーヴァス殿、何かよいお考えはござらぬか?」
ハートンが話しかけたのは、建国の英雄リーヴァスだ。今回は、ギルド関係者として、この場にいる。
「この者に、お尋ねになった方がよいですぞ。
私なぞより、遥かに優秀ですからな」
彼の視線の先には、先ほど発言した少年、史郎がいた。今回、ギルド関係者としてこの場にいるのは、リーヴァス、マック、史郎の三人だ。
「ギルド期待のルーキーですからな、ガハハハッ!」
マックは、どこにいても変わらないな。史郎には、それが妙に心強かった。
その後、リーヴァスはハートンを呼びとめ、珍しく深刻な顔で、小声で何か尋ねているようだった。
稀人の四人は、勇者パーティのために用意された部屋に向かった。
◇
「王様が、殺されるなんて!
いったい、どうなってるのよ!」
畑山は、機嫌が悪い。今回の事件について、畑山と舞子は、まだ何も知らされていなかった。
「あー、言っておかないといけないことがあってね」
史郎にしては、珍しく歯切れが悪い。
「あの事件、まさか、あんたたちがやったんじゃないでしょうね?」
「え、えーっとですね。
まず、何から話せばいいか……」
畑山は、冗談のつもりだった軽口に、予想外の答えが返ってきて目を丸くしている。
「えっ!!
やったの!?」
「ああ、ボーと俺でやった」
加藤が、彼らしく素直に答えた。
畑山は、本当に立ちくらみしたようで、ヨロヨロと長椅子の上に横たわった。
「誰か、これが夢だと言って……」
彼女は、余りのことに現実から逃げだしたくなったようだ。
「国王が人を使って、加藤を暗殺しようとしたんだ。
それをミツさんが、身を
その後は、ご存じのとおりです」
「もーっ、何やってんの!
せめて相談くらいはしなさいよっ!!」
「返す言葉もございません」
「は~……どうすんのよ、これ」
「「すみませんでしたー!」」
加藤と史郎が頭を下げる。
「何かもう、今更、謝られてもね~。
で、ミツさんはどうしてるの?」
「「……」」
二人が浮かべた悲痛な表情を見て、畑山もさすがに察したようだ。
「そ、そうか……ま、いいわ。
もう、何も言わない」
急に暗くなった場を和らげるように、舞子が話しだす。
「戦争したがってた国王がいなくなったなら、もう戦争しなくていいの?」
「そうだよ、舞子。
たぶん、これから両国は、停戦の合意に向けて動きだすと思う」
史郎が説明する。
「良かった…」
舞子が胸の前で両手を強く握りこむ。争い事を好まない彼女にとり、開戦は大変なストレスになっていたようだ。
「それから、史郎君。
もう、絶対に危ないことしちゃだめだよ」
彼女には珍しく、強い口調で言う。
「ああ、特に危なくはなかったから。
ホントだから」
内緒にしていたこともあり、どうも史郎に分が悪い。
「で、あんたの旅って、そのことと関係あるの?」
こちらでは、畑山が加藤に詰めよっている。
「あるような、無いような」
「はっきりしなさいよ、もう!」
「あー、加藤。
その旅の話だが、少しだけ待ってもらえるか?」
「ボー、どうした?
何か、やらきゃならないことがあるのか?」
「ああ、あるといえばある。
俺の方にな」
「もう、今日は、どうしちゃったの!
あんたたち二人とも、煮えきらない返事ばかりして」
「「ごめんなさい」」
加藤と史郎は、頭を下げてばかりいる。
「加藤、とにかく今は、まだ何も言えないんだ。
おそらく、二週間以内には終わると思うから。
旅に出るのは、それまで待ってもらえるか?」
「まあ、それくらいなら待つけどな」
「じゃ、俺は、一度ギルドに顔を出さなきゃならないから、今日は帰るよ」
「ああ。
じゃ、その何かが終わったら連絡してくれよ」
「分かってる。
あと、舞子……少し二人だけで話せるか」
「え?
う、うん」
◇
史郎は、舞子を連れ、王城の庭園にやってきた。
ここに来るまでの間にも舞子は期待と不安に、心臓が停まりそうだった。史郎がこのような誘いをしてきたのは、初めてのことだからだ。
見晴らしがよく、周囲に人が隠れられない場所まで来ると、史郎は、くるりと舞子の方に向いた。
「舞子」
「ちょ、ちょっと、待って。
気持ちの整理がまだ……」
「いや、舞子、聞いてくれ……」
「あーうー……」
舞子は、まっ赤になってうつむいている。
「お願があるんだ」
「お、お願い?」
この時、舞子の脳裏に幾多の妄想がよぎったのを、誰も責められまい。
「ああ、とても大事なお願いだ」
「大事な……お願い……」
舞子の妄想が、さらに膨れあがる。
「ある人を、救ってほしい」
「へっ!?」
予想外の願いに、シュルシュルと音を立てて、妄想がしぼんでいく。
「これは、舞子にしかできないことなんだ」
「え、ええ……」
混乱している舞子には、曖昧な返事しかできない。
「しかも、成功するか失敗するかもはっきりしないんだ」
「成功?
失敗?」
「それでも、君にお願いするしかない。
頼む」
自分の頼みなら、どんなことでも舞子が聞きいれるなどと、 史郎は夢にも思っていない。だから、彼は、不器用に頼みこむしかなかった。
「い、いいよ。
どんなことをすればいいの?」
「それは……その場に着いたら教えるよ。
明日、ここに迎えにくるから、一緒に行ってくれ」
一緒に……行ってくれ……。
舞子の頭の中で、この言葉がぐるぐる回る。
「うん、行きたい」
ちょっとおかしな答えになったが、史郎は気づいていない。
「では、昼前に迎えにくるよ」
「うん!
待ってる!」
「あ、加藤には、このことは黙っておいてくれ」
「え?
あ、うん」
なぜ、このタイミングで加藤の名前が出るのか、それが分からない舞子だった。
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