第41話 勇者の立場


 マスケドニア王宮では、勇者と国王の謁見が行われていた。


 マスケドニア国王の落ちついた態度と心の奥にまで入ってくるような声に、王として、人としての大きさを加藤は見せつけられていた。

 場所は玉座がある部屋ではなく、別室だ。

 上品な調度に囲まれ、円形のテーブルの周りに椅子が三脚ある。

 そこに、国王、勇者、軍師の姿があった。


「よくぞおいでになられた、勇者殿」


 マスケドニア王が、勇者に話しかける。


「ここまでのお心遣い、ありがとうございます」


 加藤は、いつになく神妙だ。お礼の言葉は、自分をかごに乗せ、王城まで連れてきてくれたことに対してだ。


「しかし、アリスト王が、辺境の一村いっそんを勇者に討たせようとしたとは、直にあなたから聞いておらねば、到底信じられぬところであった」


「恐らく、勇者が我が国を攻めた、という既成事実を作っておきたかったのでしょう」


 軍師が、さすがの予想をする。


「恐らくそうではないかと、シローも言っています」


「おお、彼、シローといったか。

 この度の亡命計画も、彼が立てたということだったが」


「はい、その通りです」


「なかなか面白い男だと思っておったが、これほど有能だとはな」


「いつもは、ぼーっとしてるんですがね」


 それを聞いていた俺は、加藤だけに聞こえる念話で突っこんだ。


『お前にだけは、言われたくないな』


「勇者殿が、わが国で大手を振って歩けるよう、何か手を打ちたいところよ」


「陛下、表敬訪問という形をとってはどうでしょう」


 軍師が提案する。


「ショーカよ、さすがに、それは変ではないか。

 開戦の宣言が出た後だぞ」


「ここは亡命ではないという表明が大事であって、つじつまが合うかどうかは、考えなくともよいと思います」


「うむ、なるほどな。

 言われてみればそうじゃ。

 では、さっそくそのように取りはからってくれ」


「はっ」


「勇者殿も、ここを我が家と思い、くつろいでくだされ。

 最初は外出できませんが、こちらで、よきように考えますゆえ」


「分かりました。

 そうさせてもらいます。 

 あ、そうだ。

 これは、お願いなのですが、介添えとしてミツを付けてもらえませんか」


「ミツというと?」


「このたび功があった、例の配下でございます」


「おう、そうであったか。

 ショーカのところのあの者か。

 それはよい。

 ぜひ、そうして差しあげよ」


「はっ、御意に」


「では、後ほど歓迎の宴にお招きするゆえ、それまで湯あみでもしてくつろいでくだされ」


「ありがとうございます」


「では、ショーカ。

 後は任せたぞ」


 ◇


 王が貴賓室を出ていくと、ショーカは加藤を客室に案内した。


「では、しばしこちらでおくつろぎを」


 加藤は、一人になると、さっそく念話で俺に話しかけた。


『ボー、聞いてるか』


『ああ、聞いてるぞ』

 

『国王への対応は、あんなもんでよかったか?』


『上出来だよ』


『畑山さんに聞かれなくてよかったよ』


 今回は、俺と加藤の間にだけ、念話の回線を開いてある。


『そうだな。

 ところで、お前、ミツさんをどうするつもりだ』


『ど、どうするもなにも。

 友達なだけだよ』


『とうにその段階は、超えていると思うがな』


『お、俺はこういうことに慣れてないから、どうすればいいか分からないんだ』


『あれだけやっておいて、慣れてないはないだろう』


 ダートンで二人がイチャイチャしていた姿が頭に浮かんでくる。


『そ、そういえば、お前、まさかあれ聞いてたのか?』


『聞いてたぞ』


『……』


 目にしたわけではないが、加藤の顔が赤くなっていくのが分かった。こういう時、親友というのは不便だ。


 コンコン


 控えめなノックがある。

 加藤がドアを開けると、ミツが立っていた。


「お世話をするよう申しつかっております」


「ミツ、そんな他人行儀はやめてくれ」


「でも、ユウ……」


「あ、ちょっと待ってて」


 加藤は寝室に入ると、念話で話しかけてきた。


『ボー、一生のお願いだ』


『分かってるぞ』


『まだ、何も言ってないんだけど』


『念話を切ればいいんだろ?』


『な、なんで分かった?』


『お前なぁ、どんだけの付きあいだと思ってるんだ。

 幼稚園からだぞ』


『とにかく頼むよ』


 手を合わせる加藤の姿が見える。


『気にするな。

 もともと、そのつもりだったからな』


『ありがとうな』


『食事の前には念話を入れてくれ。

 食事の席で話されることは、ぜひ聞いておきたい』


『分かった』


『じゃ、切るぞ』


 加藤が居間に戻ると、ミツは感慨深げにテーブルの上に活けられた花に触れていた。


「待たせたね」


 加藤の声に、ミツは強く首を横に振った。


「その花が何か?」


「ええ……。

 私は、小さな頃から修行と任務に明けくれていたので、ユウとこのように話せるようになって、なにか別の自分になったようで……」


「俺も、こんな気持ちになったのは、初めてなんだ。

 ミツと一緒に、もっといろんなことがしてみたい」


「ユ、ユウ……」


 ミツは加藤の胸にすがると、嗚咽おえつを漏らした。

 加藤は、彼女の腰に手を回すと、さらにぐっと自分の方に引きよせるのだった。


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