第42話 表敬訪問


 数日後、マスケドニアでは、勇者カトーの表敬訪問が発表された。


 国民は、沸きに沸いた。

 この世界で勇者、特に黒髪の勇者は特別な意味を持つのだ。


 もちろん、開戦宣言した国からの表敬訪問を、どこかおかしいと思う者もいた。

 けれど、そのような疑念を薙ぎはらうかのように、歓迎の熱気が国を覆っていった。

 勇者との会見は禁じられていたが、そうでなければ、王宮の外まで続く長い行列ができただろう。


 加藤の最初の外出は、王家の馬車に乗り城下町を巡るものだったが、勇者を一目見ようと集まった民衆により、町は喧騒の渦となった。

 馬に引かれた客車の窓から加藤が外を見ると、人々が目をキラキラさせて手を振ったり、花を投げたりしている。

 日本にいた時、彼はこのような注目を浴びたことが一度もなかったから、最初はちょっと引いてしまった。

 町を半周する頃には慣れてきて、窓から手を振ることもできた。勇者から手を振られ気絶する人が出る始末で、警備する者は忙しいどころではなかった。

 何回か外出するうちに、民衆も慣れてきたのか、ニコニコと挨拶する人が増えた。

 加藤は、応えられる挨拶にはなるべく応えていた。もちろん、史郎からのアドバイスだ。


 加藤の傍らには、警備する騎士とともに常にミツの姿があった。


 ◇


 ここはマスケドニア城下にある、美味しいと評判の食事処だ。


「勇者の評判は、凄いね」


 頭に布を巻いた少年が、女将おかみに話しかける。


「勇者様は、この町の自慢さ。

 本当に、よく来てくれたよ」


「そういえば、勇者様は、他の国にいたんだってね」


「そうさ、となりのアリストって、いけ好かない国にいたのさ」


「アリストって評判悪いね」


「だろ!

 いきなり戦争しかけてくるような野蛮な国だから、勇者様が愛想を尽かしちまったんだよ、きっと」


 事情を知らない民の声が、真実を言いあてることもある。

 史郎は、そのことに感心していた。


「あんた、もう勇者様は見たかい?」


「いや、まだだけど」


「きっと近いうちに見られるよ。

 最近は、馬車に乗らず、歩いて町を回られることもあるからね」


「へえ、楽しみだな」


「勇者様が見られる時に、この町に来るなんて、あんたついてるね」


「そうかもね」


「勇者様の彼女がね、これまた綺麗なんだ」


 厨房から声が掛かって、女将は店の奥に入った。


 史郎が今回この町を訪れたのは、加藤の様子を見にきたというのもあるが、マスケドニアの軍師に会っておこうと思ったからだ。恐らく彼は、これから停戦実現に向け、かなめの人物になりそうだ。


「食事、旨かったよ。

 勇者様の話も聞かせてくれてありがとうね」


 店を出る時、料金に加え、いくらか余分に渡すと、女将はさらに機嫌がよくなった。

 その日、史郎は、加藤経由で軍師から指定された宿屋に泊まった。


 ◇


 勇者のマスケドニア表敬訪問発表に、一番衝撃を受けたのは間違いなくアリスト国王とその周辺だった。


 勇者が表敬訪問をしている国を攻めたりすれば、民衆はもとより、貴族や騎士の離反を引きおここしかねない。

 王は疲れた顔で、二日酔いに効くと言われる薬草を生のままかじっていた。自身でも、精神が不安定になっているのが分かる。

 とにかく、勇者をこのままにしてはおけなかった。


 王は、専用の魔道具でコウモリ男を呼びだした。

 恐らく、ずっと寝ていないのだろう。青白い顔をしたコウモリ男は、ぶるぶる震えており、今にも倒れそうだった。


「その後、何か分かったか?」


「第一回、第二回訓練討伐ともに現地の同じ宿を利用したのですが、勇者と、その宿で働く娘が仲良くしていたとのことです」


「それに何の意味があるんだ?」


「かの国に放っている間者からの報告では、どうやらその娘が勇者につき添っているようにございます」


「同じ娘だと、なぜ分かる?」


「第一回討伐に参加した者をかの国へ送り、顔を確認させました」


「つまり、訓練討伐は、亡命のための準備だったというわけか」


「恐らくは」


「ふむ、ならば残る聖騎士と聖女にも油断できぬな」


「恐れながら、勇者と一緒に逃げなかったことを考えると、その可能性は低いかと」


「お前の意見など聞いておらぬわ!

 それより、勇者に渡している指輪のことを、もう一度詳しく聞かせよ」


「はっ、失礼いたします」


 王が頷くと、コウモリ男は王の耳元に口を寄せた。

 コウモリ男は一つの機能を除き、王に指輪のことを話した。


「うむ、使えそうだな。

 こちらに耳を寄せよ」


 今度はコウモリ男が、王の口元に耳を近づけた。王が何かささやくと、コウモリ男の体がブルブルと震えだした。


「そ、それは……それを私にせよと?」


「他に誰がおる? 

 成功したなら、勇者逃亡の罪は免じてやる」


 彼はコウモリを生かしておくつもりはなかった。


「ははっ! 

 ありがたきこと。

 身に余ります」


「では、行け。

 タイミングを逃すなよ」


「ははっ」


 勇者殺害という、この世界に生きる者なら、考えすらもしない禁忌を犯そうとしながら、アリスト王は興奮も、緊張も覚えなかった。


 ◇


 こちらは、マスケドニアの城下町、史郎が泊まっている宿屋での出来事だ。


 夜になり皆が寝静まったころ、部屋が特別な間隔でノックされた。これは軍師との間であらかじめ取りきめておいた合図だ。

 史郎がドアを開けると、まだ若いが落ちついた感じの男性が立っていた。史郎と同じくらいの背丈だから百七十五センチくらいだろうか。


「はじめてお目にかかる。

 私はショーカと言う。

 よろしく頼む」


「はじめまして。

 私はシローです。

 よろしくお願いします」


「この度は、大変な働きであったな」


「それは、そちらもでございましょう」


「私はアイデアを出しただけ。

 実際に働いたのは行動部隊の者だ」


「アイデアも大事だと思いますが。

 それより、加藤がお世話になってます」


「なんの。

 勇者が来てくれたことで、開戦宣言で落ち込んでいた国民が、明るく、元気になってくれた。

 礼を言うのはこちらだよ」


「聖騎士と聖女は、昨日から見張りが付き、外出も禁じられているようです」


「その方らには、迷惑を掛けるの」


「いえ、当事者だから、いろいろあるのは当たり前ですよ」


「陛下からうかがっていたが、なるほどな。

 若いのに大したものだ」


「え? 

 私ですか?」


「私も、お主と働いてみたいものよ。

 この国のためにな」


「有難いことですが、私はこのままで。

 それより、この後の計画はどうしますか」


「ふむ、なんとかここまでこぎつけたが、本当はここからが難しいぞ」


「私も、そう思います」


「とりあえず、陛下、ユウ、私、それから君の四人で話すのはどうだ。

 陛下からも、お主を誘うよう、申しつかっている」


「それは、ありがたいですね。

 間に人をはさむと、まどろっこしいですから。

 えと、ユウというのは、加藤のことですか」


「ああ、ミツ、勇者の付きそいがいつもそう呼ぶので、こちらもその呼び方がうつってしまってな」


「勇者と呼ばれるより、そう呼ばれる方が、あいつ自身、嬉しいと思いますよ」


「では、明日の夕刻前に、ここに迎えをよこす。

 ノックはさっきのでいいかな?」


「いえ、ちょっと変えておきましょう」


 史郎がそれを伝えると、軍師は帰っていった。


 さすがに、若くして高位に昇りつめただけはある。しかも、あれは生まれより、才能によって出世したくちだな。


 史郎は、そんなことを考え、眠りに就くのだった。

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