第40話 勇者の亡命

 三日後、勇者加藤たちとの話しあいで、結局は俺の案、つまり、加藤だけがマスケドニアに行く、というものが選ばれた。


 次は、マスケドニアとの意見交換だ。

 俺は、ダートンへと急いだ。今回も一人切りの旅だ。


 ミツが働いている宿で、彼女に俺たちの意見を伝える。

 驚いたことに向こうも、ほぼ同じ案を出してきた。勇者について情報が少ないマスケドニアにいながらこの案に気づくなんて、マスケドニア王の側には、よほど優秀な者がいるらしい。


 ただ、向こうの案は、勇者加藤と聖女舞子の二人が亡命する、というものだった。

 こちらが、聖女が出国できない理由を教えると、とにかく勇者だけ先に出国させる策を採ることになった。

 この話しあいは、念話を通し加藤たちも聞いていたので、彼らは国王に訓練討伐を再び願いでることになった。


 俺は、ダートンで夜と朝、二回露天風呂につかり、ちょっとだけくつろぐことに成功した。


 ◇


 こちらは、アリスト王城、『王の間』において。

 二回目の訓練討伐を願いでた、黒髪の勇者たち三人が、今しがた部屋から出ていったところだ。

 

「陛下、このような事を、度々あやつらにお許しになってもよいので?」


 宰相が、アリスト王に進言する。


「今回はギルド関係者を外し、騎士のみが付きそう。

 その上、こちらにとって十分以上の条件も呑ませてある。

 問題はあるまい」


「しかし、恐れながら、彼らに、もしものことがあれば……」


「ふむ。

 念には念を入れておくか」


 王の頭に浮かんだのは、自分が陰で「コウモリ」と呼んでいる男の事だった。


 ◇


 王の執務室に呼ばれたコウモリ男は、王の話を聞き、喜びの声を隠すのに必死だった。


 王から任せられた仕事は、陰ながらの勇者護衛と、その周囲を探ること。

 任務の間だけだが、およそできないことはない権力ちからを得ることができる。その上、今回の任務は王からの勅命であり、個人的な依頼でもある。

 念願の筆頭宮廷魔術士に手が届く日も近いのではないか。コウモリ男がそう考えたのも無理はない。


 彼は知らなかったが、王には彼を筆頭魔術師にする考えなど露ほども無かった。

 コウモリ男には皇太子を暗殺した過去がある。そのように危険な男を、政権の中枢に置けるはずもなかった。ただ、その秘密を握っているからこそ、かげ働きに使うとき、裏切られる心配がない。


 アリスト王にとって、コウモリ男は便利な道具の一つに過ぎないのだ。


 ◇


 第二回訓練討伐の前日、ダートンで一番大きな宿泊施設では、勇者と宿の少女とのイチャイチャに胸焼けがする騎士たちの姿が見られた。


 翌日、勇者と騎士の一行は、朝早く町を出発し、センライ地域の一角を通りぬけ、タリー高地へ向かう。マスケドニアとの国境を目指すのだ。

 勇者には、最終目標として、マスケドニア側の砦を攻めることが課せられている。これこそ、アリスト国王が話していた、訓練許可の「条件」だった。


 勇者たちが、ダートンの町を出発した。

 約三十名の騎士が、勇者、聖騎士、聖女を守るよう配置された一団は、途中現れる魔獣を難なく倒しながら、国境が見える位置まで来た。


 林の中から眺めると、幅三メートルくらいの川が左手から右手へ流れている。

この川こそ、アリスト=マスケドニア国境だ。

 目の前の地点で、川がややマスケドニア側に湾曲している。向こう岸のほうが、土地がやや高くなっているから、目標のとりでは見えないようだ。


 勇者一行は、林の中で隊列を整え、前進を始めた。

 騎士の鎧が擦れるカチャカチャという音と、川鳥の鳴き声が重なる。


 一度、河原で停まった隊列は、先を行く騎士が浅瀬を見つけると、再び動きだした。

 川を越え土手に上がると、木を組み合わせて作られた簡素な柵があった。その向こうに小さな集落が見える。


 農具を担ぐ人々や、走りまわる子供たちの姿がある。ちょうど昼食時だったのか、家々からは調理のものだろう煙が昇っている。

 典型的な農村の風景だ。


 今回は討伐に参加しているレダーマンが、沈痛な顔で加藤に話しかけた。


「目標の砦は、あそこでございます」


「おい、あそこって……明らかに砦じゃないだろう」


「そ、それは……砦と聞いております」


「どう見ても、ただの村じゃないか!」


「……砦でございます」


レダーマンは、明らかに意に染まぬ返答をしている。


「一体、どういうことだ!」


 さすがに、加藤が激高した。武装した騎士が、あのような村に攻めこめば、どんなことが起こるか想像するまでもない。それは、まさしく蹂躙じゅうりんというべきものになるだろう。

 それこそが、アリスト国王の狙いだった。たとえ、勇者が戦闘に参加しなくても、その一団の中にいさえすれば、既成事実は作られる。

 権謀術数が渦巻く王城で生きぬいてきた国王にとり、ほとんどの若者など赤子にも等しい。

 まさに、王の狙い通り、事態が動こうとしていた。


 アリスト王の誤算は、放逐ほうちくしたはずの少年が、この場をコントロールしていたことだ。

 史郎から念話で合図を受けとった加藤は、打ちあわせ通り、その場を猛然と飛びだした。あまりの勢いに、地面が深くえぐれ、穴になったほどだ。

 ただし、その方角は村ではなく、ずっと右手を向いていた。そちらには深い森が広がっている。


「ゆ、勇者様っ!?」


 慌ててレダーマンが追いかけようとするが、初速が違う。加藤の姿は、すでに遥か彼方、マスケドニア領の森に達していた。

 勇者は振りかえりもせず、そのまま森の中へ姿を消した。


「こ、これはどうしたことか……」


 思いもしなかった勇者の行動に、レダーマンは、しばらく呆然としていた。

 しかし、このことが引きおこす事態に考えが及ぶと、さっきまでとは違う意味で、さらに顔を青くするのだった。


 ◇


 森に入るとスピードを落とした加藤は、すぐに向こうから駆けてくる人影に気づいた。


「ミツ!」

「ユウ!」


 二人は固く抱きあうと、しばらくそのまま動かなかった。


「勇者様」


 背後で男の声がしたので、加藤が振りむくと、すぐそばに初老の男がひざまずいていた。全く気配を感じさせないその行動に、背筋が冷たくなる。

 ミツも、男の後ろでひざまずく。


「勇者様。

 これは、私の父にございます」


「ち、父?」


「はっ、ミツの父親でございます。

 ヒトツと申します」


 加藤が目を丸くしている。

 点ちゃんで状況を確認している俺は、声を立てて笑っていた。

 いきなり恋する少女のお父さんが現れたら驚くよね、それは。しかも、二人が抱きあってるのまで見られてるようだし。


「とにかく、今は一刻を争います。

 お急ぎを」


「あ、か、加藤といいます。

 よろしくお願いします」


 顔をまっ赤にし、小声で応じる加藤には、いつもの豪快さがなかった。


 ◇


 勇者失踪の知らせは、魔道具を通じ、すぐにアリスト王城に届けられた。


「おい、これはどういうことだ!」


 アリスト王の前には、うなだれ、体を縮めたコウモリ男が立っていた。


「お前なぞに任せたワシが馬鹿であったわ!」


 王の叱責は、すでに半時も続いていた。コウモリ男の顔は、掛けられた酒で濡れていた。


「お主、この始末、どうつけるつもりじゃ?」


「だ、だ、大至急、勇者の後を追い、連れもどします」


「勇者が帰らぬと言うたならどうする?」


「そ、それは……」


 王は、しばらく考えこむと、吐きすてるように言った。


「謹慎しておれっ!」


「ははっ!」


 開戦宣言の後で、このようなことになるとは……。

 アリスト王は、髪をかきむしりながら、己の不運を呪うのだった。

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