第30話 勇者たちの外出
王城では、勇者パーティーに割りあてられたスイートルームがある。
その一室で、畑山が目を覚ました。
彼女は、他のメンバーより早く起きる。毎朝じっくりと楽しむ入浴が、習慣となっているからだ。
浴室から出て髪を拭きながら共有スペースを通るとき、備えつけの丸テーブルの上に、一通の手紙が載っていた。
手に取るが、封筒の表裏とも何も書かれていない。
ちょっと考えてから書斎へ行き、ペーパーナイフで封を開ける。
そこに書いてある文字を見て、畑山は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに手紙に目を走らせた。
◇
朝食の席で畑山は、加藤と舞子に、あらかじめ用意しておいたセリフを披露した。
「ねえ、この国に来てから、ほとんど町を見てないじゃない。
王様に頼んで、何とかしてもらおうよ」
「そうだな。
パレードとか、討伐の行進だけだもんな」
加藤が乗ってきた。
「舞子にも、いい気分転換になると思うの」
「それは、そうだな」
舞子は、何も言わずにうつむいている。
さすがの加藤も、このままではいけないと思ったのだろう。きっぱりした口調でこう言った。
「絶対に許可を取ってくるから、任せとけ」
◇
昼過ぎに国王との謁見から戻ってきた加藤は、疲れはてた顔をしていた。
「はあ~、ちょっと町を見るだけなのに、マジ大変だった」
最初は許可を出ししぶった国王だが、加藤がとことんごねると、不承不承うなずいた。
実際には、開戦前の大事な時期に勇者にヘソを曲げられては国の存亡にかかわる、という国王の思惑があったのだが、加藤はそれを知るはずもない。
「何か制限つけられた?」
さすがに畑山、いい勘をしている。
「騎士十名の護衛。
指定された場所以外での行動の禁止。
それから、三人が別行動をとらない事だとよ」
「ふ~ん、あんたにしては頑張ったわね」
「そうか?
かなりきついしばりだと思うが」
「まあ、その辺は何とかなるでしょ」
「舞子も行くよな?」
「……」
「舞子、もしかしたらボーに会えるかもしれないよ」
「……私、行く!」
あらかじめ決めておいたセリフで、舞子の首を縦にふらせた畑山は、どうやって手紙に書かれた残りの条件を満たすか、頭を悩ませていた。
◇
レダーマン騎士長は、開戦が近づいたこの時期に、町で遊びたいなどという勇者たちに腹を立てていた。
しかし、開戦決定は、まだ勇者たちに隠しているので、ここは一歩譲るしかなかった。
勇者達を警護する、騎士九名の人選。訪れる場所の選定。周辺の警備にも、人を割かねばなるまい。余り大掛かりになると、民衆にばれてしまうから、加減が難しい。
開戦までのひと時、配下の騎士たちは家族と共に過ごさせたい。そういう彼らしい配慮から、警護にはなるべく家族がいない者を選んだ。
場所についてだが、勇者たちが最初に町を訪れた時に紹介した料亭だけは、彼らの希望どおり聞きとどけた。他は、全てレダーマン自身が選んだ。
武器屋、道具屋、薬屋、そして、学校だ。
学校は、親友でもある校長に、こういうことがあったら頼むと前々から言われていたから選んだ。
せめてもの救いは、学校でヤツに会えることくらいだな。
レダーマンは、自分で自分を慰めるのだった。
◇
三日後、勇者たちが外出する日が来た。
畑山は、朝からソワソワしている舞子の髪をクシでとかしている。
「舞子、きちんとしとかないと、ボーに会えた時、絶対に後悔するよ」
「うん、分かってる」
今までとは違う意味で心ここにあらずの舞子を見て、畑山は心の中でため息をつく。
「加藤、準備できてる?」
「いつでも行けるぞ」
「じゃ、レダさんに声かけてきて」
「分かった」
加藤は出ていくと、すぐにレダーマンを連れてきた。
「皆さん、準備はよろしいですか」
三人が頷くと、騎士長は振りかえりもせず、城の建物内をカツカツと歩いていく。小走りの舞子が遅れがちになるほど早足だ。
城門の手前まで来ると、騎士の一団と、平民姿の一団が待っていた。
加藤と畑山の服装は、冒険者スタイルだ。
これは万一に備え、勇者と聖騎士が、剣を帯びるのに不自然でないよう考えられた。
舞子は、ローブを羽織り、魔術師っぽい格好だ。
城門が開き、平民姿の一団が勇者たちを取りかこむように、城の外へと歩きだす。
ちょうど通りかかった行商人が、いぶかし気にちらっとこちらを見たが、そのまま歩みさっていった。
◇
勇者一行は、一軒目、レダーマンお勧めの武器屋に入る。
平民姿の何人かと、騎士の何人かも店舗に入ってきたので、武器屋は満員だ。
思わぬ数の来客に、二人の店員は顔をほころばせたが、レダーマンが近より来店の目的を耳うちしたとたん、緊張した面持ちになった。
店が王城に近いところにあるからだろう、棚の上には、高価そうな武器が並んでいる。
「お、これどうよ?」
金色に輝く剣を手に取り、加藤がにやけている。
「馬鹿っ!
こんな狭いところで振りまわすんじゃないわよ!」
舞子は、窓の外をキョロキョロ見ている。何のためかは、言うまでもあるまい。
加藤が店員に剣の値段を聞くと、やはり非常に高価だ。金貨十枚、つまり、一千万円くらいのものがざらにある。
「ここは、もういいかな」
畑山がレダーマンに告げると、一行は騎士が先に立ち店を出た。
加藤は、名残りおしそうにしている。
何軒か店を回った後、学校に立ちよる。
まだ昼前というもともあり、授業中のようだ。
大きな講堂に勇者が入ってしばらくすると、生徒がざわめきながら着席する。
校長が演台の前に立ち、一つ咳払いすると静かになった。
ずいぶんとお行儀がいい生徒だ。貴族の子弟かもしれない。
「今日は、特別な方々に来ていただきました」
校長はそう言うと、ソデから出てきた勇者たち三人の方へ手を広げた。
「勇者様、聖騎士様、聖女様です!
拍手で、お迎えを」
おとぎ話の主人公登場に、講堂は一時シーンとしたが、すぐに割れんばかりの拍手が起こった。
「聖女様ーっ!」
「聖騎士様キレイーっ!」
「きゃーっ、黒髪ステキー!」
「「勇者! 勇者! 勇者!」」
「ドラゴン倒したって、ホントですかー?」
凄い騒ぎだ。
「では、勇者様から一言」
場ちがいな雰囲気に飲まれていた加藤が、やっと一歩前に出る。
「え~、本日は、お日柄もよろしいようで……」
「馬鹿っ!
何やってんの。
前置きなんて要らないの」
畑山が、すかさず突っこむ。
「えー、ご紹介にあった勇者です。
ドラゴンスレイヤーです」
生徒は
「ええっと、皆さん、元気ですかー?」
「「「元気でーす!」」」
ノリがいい生徒たちだ。
「いっぱい勉強して、立派な大人になってね」
「「「はいっ!」」」
校長が、満足そうに頷いている。
何とか目標は達成したようだ。
長くなればなるほど、ボロが出るに決まっている。
横にいる騎士に畑山が耳打ちする。騎士は、それを校長に伝えた。
「では、今日はおいでいただき、ありがとうございました。
勇者の皆さんでした」
校長がそう告げるが、生徒は不満顔だ。
「えーっ、もう帰っちゃうの~?」
「ドラゴンの話してください!」
「母さん治してくれてありがとー!」
このままでは収拾がつかないので、校長が言葉を続ける。
「勇者様は、この後、お国の大事な仕事があります。
拍手で見おくりましょう」
それでやっと納得いったのか、生徒が落ちつく。
最初、小さかった拍手の音が、次第に大きくなる。
「「「勇者! 勇者! 勇者!」」」
割れんばかりの拍手に見送られ、加藤たちは学校を後にした。
ちなみに、勇者一行が城に帰るまで、生徒は学校から出られないことになっている。
「なんか、俺、ドラゴン討伐より疲れたよ」
加藤が言う。これには、珍しく畑山も同感だった。
「次で最後となります。
ご希望の食事処です」
レダーマンも、かなり疲れているように見える。いつもはしゃきっとしている前髪が、ひょろりと垂れている。
「お、やっとかー」
加藤は嬉しそうだが、舞子は元気がない。
もしかして、史郎に会えるかもしれない。会えないまでも、一目だけでも姿が見られるかもしれない。そういった、わずかな望みが、あと少しの時間で消えてしまうのだから。
目的の食事処は、学校からほど近かった。
前に使った部屋より、一回り広い部屋に通される。
騎士五人が、同じ部屋にいるので全部で八人だ。
テーブルが二つあり、椅子がそれぞれ三脚、五脚ずつ置いてある。
勇者のテーブルと、騎士のテーブルに分かれるようだ。
全員が椅子に座ると、レダーマンが話しはじめる。
「勇者の皆様、今日はお疲れ様でした。校長が大層喜んでおりました。
何かの折には、またよろしくお願いします」
「いや、そっちも疲れたでしょ。
ご苦労様。
ありがとう」
加藤にしては、気が利いたセリフだった。
「あんたも、やればできるじゃん」
畑山にホメられ、加藤はまんざらでもなさそうだ。
乾杯を合図に、食事が始まる。
騎士のテーブルは、話が弾んでいた。
勇者のテーブルは、舞子が黙りこんでしまったので静かだ。
畑山が椅子を舞子の方に寄せてささやく。
「舞子、いい?
何があっても、冷静に行動するんだよ」
舞子は、畑山の言葉の意味が分からず、力なく首を横に振っていたが……。
突然、がたっと音をたてて立ちあがった。そのため椅子が、後ろに倒れてしまった。
騎士たちが、はっと身構える。
「舞子、いくら美味しいからって、それはやりすぎ」
畑山がフォローすると、騎士たちは食事に戻った。
舞子が、なぜそんな行動をとったか。
それは、頭の中にどこからともなく史郎の声が聞こえてきたからだ。
『三人とも、落ちついて聞いてくれ』
まあ、舞子には、それが無理だったわけだが。
『ある方法で、三人に話しかけてるからね。
声に出さなくても伝わるぞ』
『ボーか?』
『そうだよ、加藤。
とにかく目だつ行動はするな』
『分かった』
『畑山さん、いろいろご苦労様でした』
畑山には手紙を渡し、いろいろ動いてもらった。他からは読めないように、手紙は日本語で書いておいた。三人のことがよく分かっている史郎は、加藤と舞子が、こんなとき助けにならない事を知っていた。
『それはいいから。
それより、頭の中に声が聞こえるけど、これどうなってるの?』
『詳しいことは後で。
今は、最小限必要なことだけ伝えるよ』
『史郎君、史郎君……』
感きわまった舞子は、涙があふれる。すぐに畑山がハンカチで拭いてやる。
騎士には、気づかれていないようだ。
『大事なことだから、よく聞いてくれ。
くれぐれも、騎士に気づかれないように。
とにかく、自然に振まってくれ』
『分かったわ』
史郎の声が続く。
『君たちに危険が迫っている』
『どんな?』
『二つある。
一つは、三人に関係あるもの。
もう一つは、舞子にだけ関係あるものだ』
『話して』
『まず、全員に関係する方。
今、この国は、侵略戦争へ向け動いている』
「なっ!」
思わず声を上げそうになって、加藤が口を押さえる。
「なんて美味しいデザートなんだ!」
『加藤、あんた、ごまかし方、下手すぎ』
すぐに、畑山に突っこまれる。
『舞子の危険は、君を利用しようと企てている者がいる』
『危険なの?』
畑山の念話は、心配を隠しきれない。
『かなり。
相手は、人の命を何とも思わないようなヤツらだ』
『ボーのことだから、すでに対策は練ってあるんでしょ?』
『ああ、ある程度はね。
細かいところを仕上げるには、みんなの協力が必要だ』
『分かった。
何をすればいいの?』
『とりあえず、今日はこのまま城へ帰ってくれ』
『その後は?』
『この連絡方法は、このままにしておくから、城の部屋に戻って落ちついたら連絡してくれ』
『どうやって?』
『声に出して、俺に話しかけてくれ。
その時、指輪を外しておくのを忘れないようにな』
『分かったわ』
『じゃ、ここで、いったん切るぞ』
『し、史郎君っ――』
舞子が慌てて話しかけたが、通信は切れてしまった。
「あいかわらず、ここの食事、すげえうめ~な~」
「加藤!
いらないことしないの。
かえって怪しまれるよ」
畑山が小声で注意する。
「史郎君……」
思わぬ出来事に、舞子は夢を見ているような気持ちだ。
「舞子、しっかりなさい。
ボーが見てるわよ」
畑山の言葉で、舞子の目に力が戻る。
「私……がんばる!」
舞子は、そうつぶやくと、お皿の上に残された料理を、物凄い勢いで食べはじめた。
ずっとまともな食事をしていなかった舞子は、史郎と再び繋がりが持てたことで安心した今、猛烈な空腹感を覚えていた。
それに、史郎が言っていた、「こちらからの協力」のためにも、体力を戻しておかなければならない。
加藤と畑山は、舞子の極端な変わりようを、呆れ顔で眺めるのだった。
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