第2部 冒険者
第8話 ギルドデビュー
翌日、俺は、冒険者登録をするため、ギルドまでやって来た。
今は無職だが、これからのことを考えると、現金収入が欲しい。しかも、二人分の生活を支えるわけだから、あまり低い収入だとやっていけないだろう。
危険はあっても、報酬が高い冒険者を選んだってわけだ。まあ、住所不定、出身地不明、保証人無しだから、他の仕事が選べなかったってのもあるけどね。
冒険者ギルドは、町の入り口に近く、大通りに面している。これは、討伐を終えたパーティが、獲物の処理をしやすいように考えられたそうだ。
がっしりとした木造建築三階建てだ。屋根の上で、大きな風見鶏がくるくる回っている。
あれは、ドラゴンかな?
木製のドアは、開けはなしてあった。
建物の中に入ると、右手には丸テーブルが四つあり、食堂のような
左手にはカウンターがあり、使いこまれた分厚い木の板が飴色に光っている。カウンター前には、二列に各四五人ずつ、鎧やローブなど様々な格好の人たちが並んでいる。
ところが、窓口は三つあるようだ。
誰も並んでいない窓口に近づくと、すぐにその理由が分かった。皆が並んでいる二つの窓口の受付は、若くてかわいい女の子と、落ちついた大人の魅力あふれる女性だった。一方、目の前の受付は、いわゆるハゲマッチョだ。しかも、ランニングのような黒シャツで、筋肉を見せつけている。
これは、普通、並ばないわ。
俺は、きびすを返し隣の受付に並ぼうとしたが、時すでに遅かった。
「坊主、なんの用だ?」
この時、振りかえった俺の首から、ギギギという音がしたのは言うまでもない。
ため息をついた俺は、しかたなく筋肉おじさんが立つカウンターの前まで来た。
「ええと、冒険者登録をしようと思って」
「ふん、金持ってるか?
銀貨三枚だぞ」
革袋から支払う。
「おい、人前でそんなもん、じゃらじゃらさせるんじゃねえ!」
おじさんが鬼のような顔で、叱ってくる。
「わ、分かりました。
忠告、ありがとうございます」
鬼の顔がすこし和らぐ。
「手をこの上に載せろ」
黒い板が、カウンターの上に現れる。このパターン、嫌な思い出しかないよね。板に手を載せると、空中に白い文字が浮かんだようだ。こちらから見ると、逆さ文字の上、読めない字だけどね。
「名前は?」
「シローです」
「変わった名前だな」
「よく言われます」
そう言われたの、本当は初めてだけど。
「職業は魔術師。
レベルは2と。
魔術属性とか得意な魔術あるか?
もっとも、これはスキルに関することだから黙っててもかまわんが」
お! やっぱり、レベルが上がってる。カラス亭で、ぴかっとした時だね。
ギルドの黒い板だと、魔法の種類までは出ないのか。
「特にありません」
点は見えるけどね。病気じゃないよ? なぜか疑問形。
「よし、登録完了だ。
ギルド章を渡すから失くすなよ。
詳しいことは、この本に書いてあるからな」
とはいっても、読めないですからね。でも、ここは遠慮するところじゃないよね。命に関わるから。
「学が無いもので。
この本に書いてあることを、口頭で説明していただけませんか」
「ふむ、学が無いようには見えんがな。
おい、キャロ。
こいつに、冒険者の心得を教えてやってくれ」
「はーい」
奥の部屋から、ものすごく小柄な女性が出てくる。
せいぜい一メートルくらいしかないんじゃないか? ホビット族かレプラコーン族かな?
スカート部分がギザギザにカットされた緑の服に、これも緑の丸く小さな帽子を頭に載せている。幼い頃、絵本で読んだ妖精そのものだ。
「初めまして、シローといいます。
冒険者登録しましたが、この本が読めなくて」
さっきもらった革表紙の本を、胸の前に持ってくる。
「キャロです。
よろしくね。
それは、気にしなくていいの。
むしろ、読めないのに、そのまま依頼を受けちゃう方がダメなのよ。
だって、採集依頼にせよ、討伐依頼にせよ、期限が決まってるものが多いからね。
何かあって、依頼をこなせないとなると、ギルドの信用に関わるんだから」
「なるほど」
別室でキャロから説明を受ける。
・自分のランクより一つ上のものまでしか依頼を受けられない。
・依頼を達成したらプラスポイントが、失敗したらマイナスポイントがつく。
・プラスポイントが一定値を超えると、ランクアップ、同様にマイナスポイントでのランクダウンもある。
冒険者ランクは鉄、銅、銀、金、
「では、後は実際に依頼書を見ながら説明しますね」
キャロと俺は部屋を出ると、最初いたホールまで戻ってくる。
ハゲマッチョの前には、まだ誰もいない。
かわいそす。誰か並ぼうよ。
カウンターの反対側、食堂コーナー奥の壁には多くの紙がピン止めされている。中には、陽に焼け紙の色が茶色くなったものもある。きっと、塩づけ依頼だろう。
「こちらのコーナーが、鉄ランクの依頼となります。
左側に採集依頼、右側に討伐依頼が並んでいます」
キャロが左側一番下の依頼を指差す。
「例えば、これだと、鈴鳴り草十本を取ってくれば依頼完了となります。
紙の一番下に書いてあるのが期限です。
また、報酬は必ず右上の枠に書いてあります。
それ以外のところに金額が書いてあっても、有効とはなりません。
気をつけて下さい」
う~ん、わかりやすい説明、ありがとうございます。きっと頭がいいな、この人。
「今なら、どんな討伐依頼がありますか」
「ちょっと私を持ちあげてもらえます?」
キャロって、チョー軽い。なんだこれ。本物の妖精じゃないの?
キャロが依頼を読みやすいように、依頼書の前で彼女を上から下へ動かしていく。
「コボルト、ゴブリン、ゴブリン、ハーフラビットですね。
依頼は、だいたい下から上へ難易度が上がっていきます。
だから最初は、なるべく下の依頼を受けることをお勧めします」
となると、一番簡単なのはハーフラビットか。きっと小さなウサギだな。
「あ、そうそう!
ウサギ狩りをするときは、注意があるんですよ。
ハーフラビット自体は、なんの危険も無い、それこそ子供でも捕まえられるような魔獣なんです。
ところが、遠くから白いウサギを見つけて不用意に近づくと、実はマウンテンラビットだったっていうことがあるんです。
毎年とは言いませんが、ルーキーがこの失敗で死んじゃうんです。
ウサギを見つけたら、音を立てずにじっとして、その近くの植物と大きさを比べるのが大事ですよ。
だから、霧などが出ているときのウサギ狩りは、絶対におすすめできません」
やっぱり、説明を聞いておいてよかった。遠慮しただけで、自分が死んじゃったら意味ないもんね。聞くは
あ、そうそう。今聞いたキーワードだけは、チェックしとこう。
「魔獣……ですか。
魔獣って、何ですか?」
キャロが驚いた顔をする。
「大きな町のご出身なんですか?」
「はあ、まあ」
ここは適当にごまかしておく。
「魔獣は、マナが凝縮して生まれる生物です。
害の無いものもいますが、多くの場合、人間の生活をおびやかします。
ですから、なるべく討伐が勧められるのです。
討伐系のクエストには、王国からも一定の補助金が出ています。
報酬の二割から三割が、補助金になります」
王国からのお金はもらいたくないけれど、すでに今持っている全財産が王国からのものだしね。
「あと、マウンテンラビットって、どのくらいの大きさなんですか?」
「大きいと大人二人分の高さになります。
力も非常に強いですし、なにより攻撃しても特殊な毛皮のせいでダメージとなりません。
モンスターにもランクがあるのですが、大きいものだとAランクプラスとなりますね」
おいおい、ウサ子よ。お前、Aランクプラスだってよ。
それより、加藤って木の棒でAランク魔獣を殴ってたのか。しかも、半死半生にしてたし。
勇者、恐るべし。それをペットにしちゃう畑山さん、さらに恐るべし。
「Aランク討伐ともなりますと、金ランク五名以上が推奨ですね。
まちがっても手を出さないようにして下さいね」
「出しません、出しません」
ただモフらせてもらうだけです。
「討伐した魔物は、決まった部位を切りとって持ち帰ってもいいですし、パーティに余裕があれば、丸ごと持ちかえってもかまいません。
解体については、自分でやるのも、ギルドに任せるのも自由です。
ただ、民間の解体業者には怪しい者もいるので、注意してくださいね」
なるほど、解体によって手に入れた素材を売れば、報酬にさらに上乗せできるわけか。
こりゃ、当然、討伐依頼の方が人気出るよね。
「登録直後に必要な説明はこのくらいですが、他に何か質問ありますか?」
キャロの可愛さについて質問はあるけどね。いきなりギルドで孤立するのもうまくないだろうから、今は止めておこう。
「いえ、ありがとうございました。
とても分かりやすかったですよ」
「えっ、そ、そうですか?」
頬をピンクに染める妖精さん、可愛すぎる。食べちゃいたい。
とにかく、今日は、ここまででいいや。もう、精神的にお腹いっぱいだしね。明日から、じっくり取り組もう。
まだ誰にも並んでもらえていない、ハゲマッチョにお礼を言って外へ出る。
「おい、お前。
がっちりした長身のお兄さんに声をかけられる。
お、いわゆるお決まりのイベントですか。新入りを、ベテランがイジメるっていうやつ。
「ええ、そうですが」
「うちのパーティの荷物持ちやってみないか。
最初は要領もわからないだろう。
荷物持ちなら安全なうえに、討伐の見学もできるからな」
なんと、イベントではなく、いい人だった。
「分かりました。
お名前をうかがってもいいですか?
私は、シローといいます」
「よろしくな、シロー。
俺はブレット。
パーティ名は、『ハピィフェロー』だ。
連絡したければ、ギルドの伝言板に書いておくといいぞ」
この世界には、スマートフォンとか無いみたいだし。
「ありがとうございます」
「気にするな。
俺たちも、先輩からそうやって引っぱりあげてもらったからな」
ブレットはそう言うと、ギルドの中へ入っていった。
かっこ良すぎるぜ、ブレット。いつかモフらせてあげるよ。
マウンテンラビットだけどね。
◇
俺は宿に帰り、ルルにギルド章と本を見せた。
点魔法がレベルアップしていたことも告げた。
「おめでとうございます」
「ありがとう」
何がめでたいのか、今一つ実感は無いんだけどね。
「明日は、簡単な依頼をこなしてみようと思う」
「そうですか。
最初は、採集依頼がいいかもしれません」
まあ、それが順当だろうね。
「ルルも来るかい?」
「そうですね。
旦那様が冒険者となったからには、一度ご一緒しておいた方がいいかもしれませんね」
本当は、荒くれ者が集まる所に、ルルを連れて行きたくはないんだけどね。
ギルド自体は、割としっかりしてるみたいだし、ブレットみたいな先輩がいれば大丈夫かもしれないな。
「よし、そうと決まれば、今日は早めに寝て明日に備えよう!」
「はい。
採集依頼は、朝一番が基本ですから」
ということで、夕食の後すぐに就寝。
明日は、どんな一日になるのかな。
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