第7話 点魔法検証


 翌日、俺は外のざわめきで朝早くに目が覚めた。


 木窓を開け道を見おろすと、ものすごい人出だ。みんな、一体どこから現れたの、ってぐらいたくさんの人がいる。子供も楽しげに走りまわっているし、活気がある街の様子は昨日と同じ場所とは思えない。

 カラス亭は、大通りから路地を一つ入ったところにある。大通りの喧騒は、凄まじいものだろう。


 う~ん、どうしよっかなあ、舞子たちの顔が見たいけど。

 あの人混みじゃ、くつろげないよねえ。

 物心ついたときから、人生の目的は、くつろぐことだった。これだけは、異世界に来ても譲れない。

華々しい友人を見るのが寂しいわけじゃないからね。ないからね。ないからね。ここ、大事なことだから繰りかえしましたよ。


「ルル、ちょっと出てくるよ。

  いつ帰ってくるか分からないから、気にせずパレードに行ってね」


 ルルは、琥珀色の目で、うかがうようにこちらを見ていたが、落ちついた声で返してきた。


「旦那様、ありがとうございます。

 では、私は、情報収集をしておきますね」


 さすが完璧メイドさん。言わなくても分かってらっしゃる。


 宿から出ると一本裏通りに入る。そこから逆方向へ流れる人をかき分けるように、町を囲む石壁へと向かう。

 門の所には衛士が数人いた。お祭り態勢ということもあるのだろう。外から入ってくる人はチェックしているが、時折出ていく人は素通しのようだ。

 石壁の外に出てから、一番近い丘に登る。

 目の前に広がる湖が朝日にきらめき、町がその光に包まれている。ただただ美しい。


 町の右手には、それほど大きくない川が見える。

 今日は、あそこでのんびりするか。水辺は、最高のくつろぎスポットだもんね。

 町からはがくが聞こえてくる。パレードが始まったのだろう。心を浮きたたせるような音楽に背を向け、河原に降りていく。

 地形の関係だろうか。河原まで来ると、町の音がほとんど聞こえない。

 ピクピク尻尾を振る小鳥が、チルチルと鳴きながら、河原の石から石へ飛び移っている。


「ああ、いいな~」


 河原の中に砂地を見つけ、そこで横になる。手を頭の下に組んで空を見上げると、気分は最高だ。

 最高なのだが、青い空の中心辺りに、さらに鮮やかな青い点があるのが気になる。

 目を閉じれば見えないのだが、目を開けると、いつも視界の中心に点がある。


 そういえば、この魔法の検証もしてなかったな。ちょっとやってみますか。

 まず、近くの丸い石に視点を合わせてみる。石の中央に青い点が現れる。視点を少しずらす。すると青い点も、それにつれて動いていく。

  丸い石にいびつな凹みがあったため、点がそこを通るとき、凹凸をなぞるように動いていくのが分かった。

 ふむ、視点を合わせたものの表面を動くってことでいいのかな。


 さらに視点を動かそうとした時、「グワッ」と一声鳴いて、大きな鳥がすぐ横の草むらから飛びたった。

 脅すなよ、もう。

 あれっ? 今、一瞬、点が大きくなったよね。


 いろいろやってみて、『大きくなれ』と意識を向けることで、点がある程度まで大きくなることが分かった。

 しかし、この魔法って使い道あるのかねえ。

 しばらくいろいろ試したが、とりあえず今できることはこれくらいのようだ。


 点について分かった事をまとめると、

・特に意識しなければ、点は視界の中央に現れる。

・消そうと思えば、消すことも可能。たぶん、見えなくなるだけ。

・物の上に点を置けば、その物の表面をなぞるように動かせる。

・少しの間、ある程度、大きさを変えることができる。


 こんなところかな。しかし、最高のくつろぎスポットに来て、わざわざ点魔法にかかずらわっているって虚くない?

 点ちゃん、今日のところは、もうさようなら。

 点を消そうとするが、一瞬、それが点滅したような気がした。気のせいだよね。


 あれ? また、点滅した。

 おーい、点ちゃ~ん。

 おや、やっぱり点滅してる。しかも激しく。何だこりゃ。


 点ちゃん、聞いてる?


チカチカ


 点ちゃん、聞いてたら三回チカして。


 チカチカチカ


 点ちゃん、俺のことが好きなら、五回チカして。


 チカ……チカ……チカチカチカ


 ぐはっ。そのためらうようなチカは何ですか。もう、遊んであげないぞ。


 チカチカチカ(^ω^)ノチカチカチカチカチカ


 な、なんか、途中で変なのが入った気がしたけど、まあいいか。とにかく点ちゃんとは、ちょっとお話ができることが分かった。って、なんでやねん!


 ◇


 点ちゃんと遊んで(精神的に?)疲れて昼寝していたら、あっという間に夕方だった。


 ルルを心配させてもいけないので、明るいうちに町へ帰ることにする。

 町の入口でちょっともめたが、こちらの顔を覚えている衛士さんがいて、その後は何も言われなかった。

 思いきり変な目では見られたよ。だって、黒髪だってすでに見られてるんだから。なんでパレード出てないの、みたいな。


 カラス亭に帰ると、すでにルルは部屋にいて、パレードのあらましを教えてくれた。出しものとして、ミス王国もあったらしい。この国は何やってんのかね、まったく。


「あと、これはパレードと直接は関係ないんですが、勇者がパーティを組むようです」


「ほう? 

じゃ、三人パーティかな?」


「いえ、四人のようですよ」


 え?  俺も?


「あと一人は、レダーマン騎士長ですね」


 面白い名前してるとは思ってたが、まさか騎士長とか。騎士の中で一番偉いんじゃないの?

 それより、恥ずかしい。四人目が自分だと思った自分が、恥ずかしすぎる。しかし、いまだに勇者に未練があったとは。かわいいぞ、自分。


 とりあえず、点ちゃんの話は黙っておきますか。言っても馬鹿にされるだけだろうし。

 お! また、点ちゃんがチカってる。

 気のせいだろうけど、なんか悲しそうなチカりなんだよね。

 点ちゃん、心があったりするのかな。また、いろいろ試してみよう。


 全然役に立たないと思っていた魔法と少しだけ「会話」できたことで、俺はちょっとだけ心が軽くなった。

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