第6話 カラス亭


 城を出たルルと俺は、まず宿を確保することにした。

 資金は、白騎士からもらった革袋の中身だけだ。あ、そいえば指輪って借りっぱなしだね。後で誰かに頼んで、お城に届けてもらおう。

 ルルの案内で、外壁近くに宿をとる。


 カラス亭。

 二階建ての小さな宿屋で、いかにも「おっかさん」といった感じの丸っこいおかみさんと、いかつい顔のご主人が、二人で切りもりしている。


「えと、二部屋お願いできますか?」


「何泊だい?」


「え~っと、とりあえず三泊にしようかな」


「食事つきなら銀貨二枚だね」


 革袋の中を探って、何枚かのコインをテーブルの上に広げる。おかみさんの手が見えないくらい早く動き、二枚のコインが消える。


「さっさとしまいな」


 部屋にはテーブルが四つあるが、その二つには、いかつい感じの男たちが座っていた。じっとこちらを見ているわけではないが、どことなく気配をうかがっているのが分かる。

 なるほど、安いだけあって、さほど治安は良くなさそうだ。


 そういえば黒髪が見えないように、ルルが頭に茶色い布を巻いてくれてたんだっけ。それが、かえって目立つのかもしれない。

 その後、ルルはおかみさんと小声で何か話していた。

 ルルは鍵をもらうと、俺の手を取り階段を上がっていく。


 ◇


 ルルが鍵を開け、二階右奥の部屋に入る。

 自分でやれって?

 指輪の効力が及ぶのは話す聞くだけで、読むことはできないからね。

 部屋番号が分からないんだよ。


 ところで……。


「ルルさんや。

 あなたの部屋は、ここじゃないだろう」


「部屋は一つだけにしました」


「……」


 まあ、ベッドは二つあるみたいだけど。


「お金の節約もしなければなりません。

 旦那様のことは、おじい様から、くれぐれ申しつかっておりますから」


 え? おじい様?


「おじい様と言うのは……」


「リーヴァスです」


 ですよね。手際も完璧ですもんね……って、完璧執事さんのお孫さんかい!


 ◇


 食事の時間まで町をうろつくことにした。


 う~ん、やっぱり活気が無いというか、住民が生気に乏しいというか……。

 故郷の田舎町でさえ、もう少し、ましだった気がする。

 その時、後ろの方から馬が駆ける音が近づいてきた。

 危なく軒先に避ける。


「明日は、城前広場しろまえひろばで勇者誕生のパレードがある。

 国民は、こぞって参加せよ!」


 馬上の青年が大声を張りあげる。

 ああ、パレードのお触れだな。


「勇者! 

 勇者だって、お母さん!」

「あら、すごいわね!

 どんな方かしら」

「黒髪の勇者らしいぞ!」

「へえ、っていうと本物の勇者ってことね」


 さっきまでしなびていた人々が、急に活気づいた。

 勇者って、それほどのものかい?

 加藤を知っている身からすると、ちょっと熱を冷ましてあげたいが、ここは黙っておこう。


 カラス亭へ戻ると、宿でも勇者パレードの話題で盛りあがっていた。


「今日は宿からも、一人一杯、無料でエールをおごるぜ」


「「「おおーっ!」」」


 荒くれ者たちが、すごい盛りあがりだ。


「あんちゃん、この町へ来ててよかったな。

 なんせ勇者誕生パレードってったら、一生に一度あるかないかだぜ」


 知らない口髭おじさんが、話しかけてくる。


「いや~、ついてましたよ」


 ここは調子を合わせておく。


「だろう、だろう。

 こりゃ、明日は盛りあがるぜー!」


「ところで、この町のいろんなこと知ろうとしたら、どこに行けばいいですかね?」


「あんちゃん、観光かい? 

 贅沢なご身分だねえ。

 こちとらも、あやかりたいよ。

 まあ、何を知りたいかにもよるけど、確か小さいけど図書館があったはずだぜ」


「ありがとうございます。

 おかみさん、この方にエール一杯、追加で」


「あいよ!」


「おう、気が利くね。

 じゃ、遠慮無くいただくぜ」


 お礼を言ってから、二階の部屋に戻る。

 しかし、この宿、木造なのに階段もきしまないし、しっかりした造りしてるなあ。


「お帰りなさいませ、旦那様」


 ルルが可愛い声で出迎えてくれる。


「あ、ああ」


 そういう呼ばれ方に慣れてない少年にはきついですね。そのうち慣れるんだろうか。


「あー、ルルさん、図書館ってどこにあるか知ってる?」


「そうですね」


 小首をかしげたルルは、とても可愛かった。


「旦那様は、何をお知りになりたいのですか?」


「この世界についての、大まかな常識かな」


「そうですか。

 それなら書店の方がいいかもしれません。

 旦那様、書物はお読みになられますか」


「いや、無理だね」


 だって、この世界に来たの、つい昨日ですよ。それからいろんなことがあり過ぎだよね、全く。


「図書館だと声に出して書物を読むことはできませんが、書店なら少しくらいなら大丈夫です」


 なるほど、そこまで気をまわしてくれているのか。さすが完璧の血、あなどれないな。


「明日はパレードで、お店が開いているかどうか分かりません。

 今日のうちに行かれますか」


「そうだね。

 まだ夕食まで時間もあるみたいだし、ちょっと行ってみようか」



 個人経営の小さな書店で、俺はルルからこの世界についての説明を受けた。

 それで分かったのは、次のような事だった。


 この世界の名前はパンゲア。

 大きな一つの大陸と、それを取り囲む海がある。

 この国の名前は、アリスト。

 大陸の西寄りにあるサザール湖東岸に位置する。

 この大陸には、人族をはじめとして、ごく少数のエルフ族、ドワーフ族などもいる。

 人族以外の種族は、かなり昔にポータルを通り、他の世界からやって来たらしい。


 一年は三百六十日。一週間は六日。

 一日の長さは、比較するものがないのでよく分からないが、わずかばかりの情報から推測すると、二十から三十時間ではないかと思われる。


 通貨は硬貨で、銅貨、銀貨、金貨がある。それぞれ一枚の価値は、1:100:10000だ。銅貨一枚でリンゴに似た果物が一つ買えることから考えると、

  銅貨=百円

  銀貨=一万円

  金貨=百万円

といったところか。

 それより大きい金額では、金やミスリルの延べ棒、宝石を使うことが多いらしい。


 革袋に入った所持金をチェックすると、金貨七枚、銀貨五十五枚、銅貨四十枚だった。さっきの推測から考えると、およそ七百万円あまり。

 おい、白騎士、こんなに渡していいのか。まあ、どうせ王国のお金なんだろうけどね。


 勇者関連の本は、おとぎ話っぽいものがほとんどで、本当の情報は、国が管理しているのがうかがえる。


 宿に戻り食事をとった後、今日得た情報を部屋で整理する。コンピューター役は、もちろん完璧ルルさんだ。


「勇者が国に高く評価されているのはなぜだい?」


「……申しあげにくいことですが、領土拡張のためと思われます」


 つまり、戦争ってことか! 

 こりゃ、冗談じゃ済まなくなってきたな。


「聖騎士や聖女の役割は?」


「歴史を見ますと、勇者のサポート役というのが多いようです。

 ただ、この国の初代国王は、冒険者をしていた時、聖騎士となり、国を興したことで有名です」


 そっか、花好きの初代国王も、聖騎士だったか。

 洒落者しゃれものの聖騎士には、ちょっと会ってみたかったかも。


「勇者になると、どんな能力が目覚めるの?」


「まず、身体能力が格段に上がると言われています。

 塔に閉じ込められたお姫様を、地面からジャンプして助けたお話とか有名ですね」


 おいおい、塔がどのくらいの高さかわからないが、城にあった塔の高さを考えると、これはもうノミですよ、ノミ。ノミ勇者、ぶほっ。


「魔術に関する能力は、あまり上がらないみたいですが、対魔術、対物理に関しては、全職種中で最高となっています」


 なるほどねえ、カキーンって跳ねかえしちゃうわけか。

 魔術使わなくても、相手の攻撃が効かなきゃ、怖くないもんね。


 待てよ。こちらの世界に来てすぐ、加藤が生木を簡単に手でへし折ったり、巨大ウサギをふっとばしてたっけ。もしかして、すでにある程度勇者に目覚めてたってこと? 

 そこからさらに覚醒するって……勇者は、卑怯だよね。

 敢えて無敵とは言いませんよ。卑怯と呼ばせてもらいます。


「聖騎士の能力は?」


「戦闘力がかなり高い上、高度な治癒系魔術が使えます」


 なるほど、それはやっぱり卑怯だよね。やられてもやられても自分を治して戦えるって、敵にとっては、まさに悪夢だな。


「聖女はどうなの?」


 別かれ間際の涙を浮かべた舞子の顔が思い浮かんだが、頭を振って会話に意識を戻す。


「聖女は治癒魔術全般ですね。

 聖女にしか使えない治癒魔術も多く、死んですぐの者を蘇らせる魔術は、聖女の代名詞にもなっています」


 なるほどねえ。それは国が抱えたがるわけだわ。古今東西、王族ってのは基本、健康オタクだからねえ。


「ところで、ルル。

 点魔法って知ってる?」


「点魔法ですか。

  点魔術ではなくて」


「そう、点魔法」


「聞いたことないですね」


 はい、「聞いたことない」頂きましたー。

 どうせレベル1ですよ。点が見えるだけですよ。


「それは、どんな魔術でしょうか」


「えーっとね。

  ただ、点が見えるだけっていう……」


 うえー、言ってて悲しくなってきた。

  どうせいいんだよ。俺の友達は点ちゃん、君だけさ。


「あれっ?」


 突然、俺の体が白く光りだした。


「ま、まぶしい」


 ルルが手で目を覆う。光は部屋中を満たした。最後にさらに光が強くなったかと思うと、すうっと消えていった。

 何なんだ、今のは?


「旦那様、レベルが上がったのではないでしょうか。

 魔術師が高位になると、レベルアップ時に体が光ることがあると聞きます」


 え、そうなの?

 じゃ、点魔法レベル2ってこと。って、だめじゃん。 

 点が見えるだけの魔法がレベル2になっても。

 お、でも見えてる点が少し大きくなった気が……。


 嘘です。ごめんなさい。何も変わってませんでした。

 相変わらず使い道がない点魔法のことを思い、俺は途方に暮れるのだった。


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