第4話 王城での出来事
食事を終えた俺たちは、迎えにきた白騎士に先導され、四頭の馬にひかれた客車に乗り、大通りを城へと移動していた。
馬車の窓から見える街の風景は落ちついており、治世の安定をうかがわせるものがあった。ただ、気のせいか、人々の様子には、本来彼らにある雑然とした活力が欠けているように感じられた。
人々がこちらに向ける視線がどこか冷たく、王家の紋章がついた馬車に向ける反応らしくない気もしたが、これは考えすぎだろうか。
城を取り囲む堀のところまで進んだ馬車は、はね橋が下りてくるのを待ち、城門へ向かい静々と進んでいく。
巨大な城門は、その足元までたどり着いた者が、ゆるぎない権威を感じることだろう。白騎士が短い呪文を唱えただけで、ありえないほどの質量を持つだろう城門が、音一つ立てずに開いていく
知らない言語すら理解できる指輪もそうだが、この国は魔術をいろいろなことに、「技術」として取りいれているようだ。
城門から入り、しばらく進むと馬車は右へと進路を変えた。
「これから皆様が滞在するのは、この国の
レダの説明は、簡潔で分かりやすい。
そうすることで、必要以上の情報を出さないようにしているのかもしれないね。
どこか美術館を思わせる、重厚な石造りの洋館前で馬車が停まる。
「ここからは、この者がご案内します」
馬車を降りると、数人のメイドと、黒い服を見事に着こなした執事らしき初老の男性が立っていた。
長身の男性は、銀髪を短く切りそろえた髪と男らしく引きしまった顔つきで、映画俳優のようだった。
◇
執事らしき男性は体を腰のところからきっちり折り、見事な礼をした後、こちらの体の奥まで響くような深い声で話しかけてくる。
「皆様のお世話をさせていただきます、リーヴァスと申します。
どうぞよろしくお願いいたします。」
スキがない。
だから、「完璧執事さん」と呼ぼう。
彼に案内され洋館二階へ上がる。
「こちらでございます」
案内されたのは、広い続き部屋だった。
部屋内には、カギがかかる寝室が二つある。
各寝室にベッドが二つずつあるので、男女で分かれて使うことにする。大きいほうの寝室は、さっそく女子二人に押さえられてしまった。
まあ、部屋割りは実質、畑山さんの一人舞台だったわけだが。
さすが学級委員長。
浴室は共有スペースにあるものの他に大浴場があると伝えられる。女性二人は、さっそく大浴場を利用するそうだ。お風呂に関して、女性は揺るがないよね。
こちらは、まず加藤、それから俺が内風呂を使うことにする。先に入浴を済ませた加藤が、腰にバスタオルを巻いただけの姿で寝室に入ってくる。
「落ちつかねえ、落ちつかねえ!」」
そう言いながら、まっ赤な顔でベッドの上にダイブしている。
湯あたりしたのか? ちゃんと水気を拭ってから横になれよ。
といっても、我らが加藤にそれを期待するのは無理だろう。
入れ替わりに俺が入浴する。お湯をためた白磁の湯船に体を沈めていると、浴室のドアがすうっと開いた。
だれ? メイドさん?
シンプルな黒いワンピースを着た少女が、湯船の横に立っていた。
耳の下で切りそろえたブロンドの髪が、やや丸い少女の顔を縁取り輝いている。
ぱっちり開いたその目には、琥珀色の瞳があり、見ていると吸いこまれそうになる。
可憐という言葉がぴったりの美少女だった。
「お背中、流させていただきます」
おいおい、これは、日本の純情な高校男子にはきついだろう。
間違っちゃうと、お風呂で大人の階段を昇っちゃうよ。
ははん。加藤は、これにやられたんだね。で、まっ赤な顔になったと。
ウブダネ~。
まあ、でも確かに、これでは落ちつかないかな。
「お名前は?」
「え?」
くりっとした少女の瞳が、大きく見開かれる。
「君の名前は?」
「ルルですが……」
恐らくメイドさんだろう少女は、すごく驚いた顔をした。
「どうしたの?」
「お客様に名前を聞かれたのが、初めてなので……」
なるほど、ガチガチの身分制度があるみたいだな。
「ルル、この部屋では、ヤボな湯気で君の顔がよく見えない。
隣の部屋で待っていて。
そこで、君の美しい顔をよく見せておくれ」
「!」
色白の小さな顔を桜色に染め、少女が足早に浴室から出ていく。
ふう、作戦成功。
加藤、君のカタキはとったぞ。
言葉は結果が全て。
これで、落ちついて入浴できるよ。
ゆっくり入浴を楽しんだ後、共有スペースに出てきた俺を待っていたのは、うつむいてモジモジしている先ほどの少女だった。
こ、これ、どうすれば……?
言葉は結果が全て?
すみませんでしたー!
男子たちのイベントをよそに、畑山さんと舞子は広~いお風呂を、のんびり楽しんだそうだ。
そりゃそうだよね、入浴って本来くつろぐためのものだよね。
男子部屋をリーヴァス執事が訪れた時、俺と加藤は、疲れに加え忘れがたい恥ずかしいさから逃げだすため、ぐっすり眠っていた。
「食事の用意が整いました」
二人ともピンク色の夢を見ていたようで、加藤も顔を赤くし、下を向いている。
「こちらにお召しかえください」
さすが完璧執事さん、眉毛をピクリとも動かさず部屋から出ていったよ。
用意された服に着替え、食事用のホールに案内される。
すでに席に着いている畑山さんから、氷のような視線が。
ええ、寝坊しましたよ、それが何か?
私が悪いのではありません。
ピンクの夢が悪いんです。
◇
出された食事はなかなかのものだったが、昼に食べた食堂の印象が強すぎたせいか、まあこんなものかなって感想だった。
次から次へと、見たことがない、そして味わったことがない料理が出てくるのは、面白かったけど。
俺たちの後ろには、二人ずつメイドさんが立っているから、落ちつかないんだよね。
フォークの歯が二本だけだったり、包丁のようなナイフが出てきたりと、そういった点では、かなり楽しめた。
テーブルの上には何に使うか分からない道具がいくつかあったけど、席に着いているのが俺たち四人だけだから、誰も尋ねなかったんだよね。
俺の後ろに立つルルという少女に尋ねたかったんだけど、目を合わせるたびに彼女がまっ赤になって下を向いてしまうから、話しかけられなかったんだよ。
◇
城ではどこに耳があるか分からないから、深い話はしないように四人で打ちあわせてあった。
そのため、食事の後はヒマになってしまった。
せっかくだから、建物内をあちこちうろついてみる。
すると行ける場所と行けない場所があることが分かった。
迎賓館の中では、廊下と自分達の部屋はオッケー。一階はダメ。庭に出るのもダメ。
行けないところに行こうとすると、どこからともなくメイドさんが現れ部屋に連れもどされる。
本当は、この世界の食材とか、キッチンで確認したかったんだけど……これじゃあね。
ついでだから、緊急時どこから外に出られるか、きっちりチェックして冒険終了。
ベッドに入ると、すぐ眠ってしまった。
◇
翌日、遅い朝食を食べた後は、謁見の準備をする。
完璧執事さんから、王様の前での振るまいをいろいろ習う。
とにかくやってはいけないこと。
礼をした後、自分から頭を上げること。
絶対、絶対やってはいけないこと。
王様と目を合わせること。
これは、一度で死罪となることがあるらしい。怖すぎるよ、異世界。
ちなみに、服装は学生服のままで構わないそうだ。
さて、いよいよ謁見の時間だ。
みんな、準備はいいかな。
臨機応変だよ。
控室からの続く廊下には、薄紫色の花が敷かれていた。この花は、『セイレン』という国花で、初代国王が愛してやまなかったものだとのこと。
国賓として招かれた者は、この花の上を歩けることを大変な栄誉とするらしい。まあ、異世界人の俺には、ありがた味なんてないんだけどね。
そんなことを考えているうちに、『王の間』と呼ばれる部屋の前まで来た。銀色の金属で美しく飾られた扉の前で待つ。
視線が上を向かないよう、自分のつま先を見ながら歩く。横にサポート役の騎士がいるからできるんだけどね。
隣の騎士が立ちどまる。礼をする位置まで来たようだ。
「ひざまずいて、
言われた通り、左膝を着いて頭を下げると、頭の上から威厳のある声が降ってきた。
「
執事さんから習った通り、一メートルくらい前の床が見えるところまで頭を上げる。
「異世界からの
おや、この声はレダさんか。ということは、彼は騎士の中でもかなり位が高いな。近衛騎士なのかな?
「レダーマン、ご苦労であった」
やばい、吹きだしそうになった。かっこいいけど、マンってなんですかマンって。アン〇ンマンですか。自分なら坊野だから、ボーマン、ボーノマン。やばい、肩が震えてくる。面白すぎる。
「うむ、稀人か。
して、その方らが元いた世界について話せるか?」
周囲から息を呑む気配がした。
「はい。
地球と申します世界から参上しました」
一瞬の間があった後、王の取りまきが大きくどよめいた。
「ほうほう、地球とな!
地球のどこから来たのだ」
「日本という国でございます」
どよめきがさらに大きくなる。
「静まれ!
陛下の御前であるぞ」
張りのあるレダーマンの声が響くと、静寂が戻る。
「やはりそうか!
皆が黒髪だから、もしやと思っていたが、やはりな!」
やはり?
この世界には、地球および日本の情報が、ある程度あるらしい。
そして黒髪?
荷馬車のおっちゃんや衛士が俺たちを見て騒いでたのは、髪の色を見たからか。
確かにこの世界の人たちはブロンドの髪だが、なんで黒髪がそれほど騒がれるんだ?
「ここに『試しの水盤』がある。
これでおぬしらの魔術適性が分かるし、隠れている才能があれば花ひらくぞ。
調べてみぬか?」
あなた、「調べてみぬか」って、これ明らかに強制だよね。
ここで「ノー」って言ったら、間違いなく首が飛ぶよね。
「ははっ、御意に」
とりあえず、そう答えておいた。
四人は、それぞれ付きそわれている騎士に立たされる。
玉座の横に控えていた、黒ローブ姿のぽっちゃりしたおじさんが、水を張った大皿のような金属器を掲げ近づいてくる。
四人のところまで来ると、お皿に向かい、もにょもにょ何か唱えている。
一瞬だけ、お皿の水が光った。
「では、まずあなたからどうぞ」
畑山さんが水盤の上に手をかざすと、文字が浮かびあがったようだ。
こちらからは文字が逆さになってるし、どうせ見ても読めないだろう。
「おお!」
黒ローブのおじさんが声を上げる。
「聖騎士とは珍しい。
しかも、レベル50とは!」
それを聞いた周囲がどよめく。
畑山さんは、どうしたらいいのかわからず、キョロキョロしている。
彼女は指輪をしていないから、周囲の言葉は理解できないはずだが……。
全然いつもの彼女らしくない。
それは、舞子のキャラだろ。盗用禁止!
「では、次はあなたが」
舞子が水盤の上に小さな手をかざすと、さっきより強い輝きが水盤を包む。
「せ、聖女だ!
聖女が誕生したぞ!」
王様の取りまきたちはお祭り騒ぎだ。
騎士たちがぽかーんと口を開けているのを見ても、『聖女』がかなりのレア職だと分かる。
「すごい職業が出たな」
「今回の
「こりゃ、下手したら勇者まで行くかもな」
周囲の騒ぎは、なかなか鎮まらない。
王が立ちあがる気配がした。
ドン!
杖か何かで地面を打ったのだろう。一気にざわめきが引いていく。
やるなあ、王様。
「次は、あなたが」
聖女の誕生で興奮したのか、黒ローブおじさんの声が少し震えている。
加藤が水盤に手をかざすと、舞子の時と同じか、さらに強い光が放たれた。
「……ゆ、勇者だ。
とうとうやったぞ……。
勇者誕生だー!」
人々のもの凄い歓声に、うぉ~んという音の振動が『王の間』を満たす。
「やったか!
とうとうこの国にも、悲願の勇者が生まれたか!」
おや、王様、なに気に大事な情報を漏らしちゃってない?
勇者って一人じゃないのか? 他の国にも居るってことだよね。
これはメモメモと。頭の中にだけど。
「最後の
手をおかざし下さい」
周囲の期待がさらに高まる中、俺が手をかざす。しかし、勇者の上ってなんだろうとか、馬鹿なこと考えちゃいけないよね。
でも、あの加藤が勇者だよ。
シーン……。
あれ? おかしいな。
水盤が反応しない。
あ、微妙にうっすら光ってるよ、これ。
でもこれ、気づくかどうかってレベルだよね。
「……魔術師レベル1」
え?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます