第1部 見知らぬ世界

第2話 森の中で


 いったいどれくらいの時間、森をさまよっただろうか。

 木漏れ日が真上から差しこんでいるから、正午あたりか。

 それより、一体ここはどこなんだろう。


 四人が驚きから覚めた時、俺たちをここに送りこんだ穴は、幻のように消えていた。

 加藤は穴があった辺りの空中を手でまさぐっていたが、手掛かりになるようなものは見つからなかった。


 木の枝ぶりから考え、南だと思われる方角に進むことにした。

 畑山さんが持っていたスマートフォンをチェックしたが、通信圏外だった。


「かなり人里から離れてるって考えた方がいいな」


 本当は人里があるかどうかも分からないが、怯えている舞子を見ると、気休めでもそう言うしかなかった。


「これ、なんていう木だろう。

 見たことないんだけど……」


 畑山さんは趣味がガーデニングということだから、植物にはそれなりに詳しいはずなのだが。

 どうやら植物の種類からここがどこか知るのは、難しそうだ。


 加藤が木にとまっていたカブトムシに似た青い甲虫を捕まえてみたが、これも俺が知らない種類だった。虫を畑山さんの肩にとまらせ、頭を思いきり叩かれている加藤は、冷静というか、いつも通りに見える。


 舞子はまだ震えがおさまっていないが、手をつないでやると顔色が少し良くなったようだ。なぐさめようもないので、これからどうするか考えてみる。

 山で迷子になったら尾根に登れと言われるが、あいにくここは起伏の乏しい森だ。木登りするしかないかな。


「なあ、加藤……」


 そう呼びかけようとしたとき、変化のない時間は終わりを告げた。

 白い獣が、後ろ足で跳びはねながら前方を横切ったのだ。


「ウサギだ!」


 いつものごとく、加藤は標的に向けダッシュする。

 まあ、今回はいいか。相手がウサギだから。

 しかし、あのウサギ、何かがおかしい。

 加藤がウサギに近づいたとき、その違和感の理由が分かった。


 このウサギ、加藤より遥かにでかい。


 ◇


 座った姿勢で加藤より大きい、ということは、全長で三メートル以上あるかもしれない。


「おい、加藤、気をつけろ!」


 一瞬、ためらった加藤だが、そのままの勢いでウサギに近づいていく。

 案の定、木の根っこか何かにつまづき、ヤツは転びかけた。

 倒れないよう手を伸ばした若木の幹が、ポキリと折れる。


 加藤は、枝葉がついたその幹を、野球のスイングっぽく振りまわす。

 そんなことでどうにかなる相手じゃないだろうと思ったが、なんとヤツが振った若木は、ウサギの巨体を弾きとばしてしまった。


 木々をべきべきと折りながら、転がっていく巨大なウサギ。後を追う加藤。

 おいおい、お前、いつから野蛮人になったんだ。


 ウサギのものだろう。あたりには獣臭い匂いがたちこめている。

 よろよろと立ちあがるウサギだが、その表情には怯えが感じられた。ウサギに表情があればだが。

 加藤の振るう木の幹が、容赦なくウサギの首筋に決まる。


「キュイイッ」


 ズシーン


 横たわったウサギの巨体が、ぴくぴくしている。


「あんたっ!

 なんて事してんの!」


 畑山さんからにらまれた加藤が、ウサギと同じようにぴくぴくしているのは哀れだった。

 畑山さんがしばらくウサギの頭を撫でていると、巨体のぴくぴくが収まってくる。大ウサギは体をゆっくり動かし、伏せの姿勢になると、畑山さんの手に頭を擦りつけるようにしている。

 これってなついたんじゃないか?


 動物好きの舞子にも触らせてやろうと近づいていくと、ウサギは畑山さんの後ろに隠れた。

 おいおい、頭隠して尻隠さずだな。

 でかいから、鼻すらも隠れてないけど。


 畑山さんが、安心させるようにウサギの頭を軽くぽんぽんと叩くと、やっと舞子にも触らせてくれた。二人がウサギをモフって癒されている間に、加藤を木陰に引っぱっていく。


「ど、どうしたんだよ!

 殺してないからいいだろ!」


 こいつ、そんなことを心配してたのか。畑山軍曹、あなたは偉大です。


「騒がずに聞けよ」


 大きく一息つくと、俺は告げた。


「どうやら、ここ、地球じゃないぞ」


 一瞬の静寂、そして加藤の叫び声が森に響きわたった。


「ぎゃーっ!」


 やっぱり、こうなりますか。


 ◇


 舞子がもう少し落ちついてからと思ったが、こうなれば仕方がない。

 他の二人にも、自分の予想を話して聞かせる。最初、驚いた表情を見せた二人も、すぐに納得したようだ。

 まあ、三メートルのウサギだからね。嫌でも分かっちゃうよね。

 畑山さんと舞子は、すぐにまたウサギを撫ではじめた。

 逃避っていいよね。モフモフよ、ありがとう。


 こちらは、顔色が悪い加藤。

 君、さっきまでウサギを追いかけてヒャッハーしてたよね。


「ど、どうする?」


 どうするって言われてもね。


「ボー、ちょっといいかな」


 畑山さんが名残惜しそうにウサギから離れ、こちらに近づいてきた。


「ウサ子の話では、向こうに人が住む町があるらしいのね」


 ウサ子の話って、ウサギと会話したのか? ていうか、いつの間にか名前つけてるし。三メートルウサギは、ペットなのか?


「なんかね、しゃべらなくても、ウサ子の考えてること分かるみたい。

 向こうもこっちの考えてることが分かるようだから、頭の中で普通におしゃべりできるよ」


 巨大ウサギとのテレパシーが普通ときますか。まあ、畑山さんなら何でもありでしょうがね。

 とりあえず、ウサ子が教えてくれた方へ行ってみますか。


 俺たち四人は、巨大なウサギを従え、森の中を歩きだした。

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