第17話 それはまるで違う世界

会長に連れられ、俺はLEAR専用の楽屋に入った。よくテレビで見る楽屋がそこには存在している。俺は緊張のあまり固まってしまった。

「なにをしている。そこに座ればいいだろう?」

促され俺は、イスに座った。

机の上にはペットボトルの水が置かれていた。これが

これが芸能人の楽屋ってやつなのか、俺とは別世界だ。


「見てみろ」


会長は楽屋内に設置された小型テレビを指さした。丁度、違う歌手のリハーサルが始まったようだった。

「Oステって生放送番組だと思ってました」

「昔はそうだったらしいが、最近はずっと収録だな。まあ、収録の方が楽でいいぞ」

「生放送ってミスとかあるんですか?」

「あるだろ」

リハーサル中だからなのか画面に映る歌手は何度か歌詞を間違えているようだった。これが生番組だったら確かに大惨事だ。



ようやく会長の番が回ってきたらしく、俺は会長の背中を追うようにステージへと向かった。

カメラが数台、プロデューサーやADがステージを見守っている。

俺はステージに上る会長を裏で見ていた。


「リハーサル始めます!」


スタッフの掛け声で会長の目つきが変わったように見えた。

空気が一変する。

「やっぱり、LEARだよな」

「あの子が来ると圧倒的ですよね」

「歌もダンスもリハーサルから完璧なのLEARだけですよ」

番組スタッフが口を揃えて言った。


「LEARはすごい」


俺もそう思った。

会長のLEARとしての姿は違う世界を魅せられているようで言葉を失った。声にならない感動が存在するとしたら今だ。

リハーサルが終わり、会長は笑顔でスタッフに挨拶をした。

「LEARちゃん、やっぱりすごいね」

「あ、山中さん。お疲れ様です」

「そういえば、この間の件だけど……考えてくれたかな?」

「えっと……まだ、時間をくれませんか」

「ああ、いいよ」


楽屋に戻ると会長は大きくため息を吐いた。

「もうなんなのよ!」

勢いよく水を飲み、怒りを露わにする。

「どうしたんですか?」

俺の心配そうな声に会長は冷静さを取り戻し、呟いた。


「私の番組を作りたいって言われてるのよ」


目を丸くして俺はおどけた声で言った。

「すごいですね」

だが、会長は首を横に振った。

「嫌なの……」

「どうして……?」

「私が評価されたいのは、歌やダンスだけ。それ以外は、見せる必要ないと思っているわ」


わからなかった。会長は確かに威厳のある性格だし少し硬いところもあるが、タレントとしてもやっていける気がする。それにファンは素の会長も見たいはずだ。

素人の考えでは到底及ばない考えがあるのだとわかっていたが、俺は口に出してしまった。


「LEARのファンはきっと求めてますよ」


LEARがどれほどの人間か俺は知らない。だけど、よくいるファンの思想は理解しているつもりだ。

「……!そうだね。一度だけバラエティーに出たことがあったんだ」

「そうだったんですか?」

「ああ。その時、私は感じてしまったんだ」

それはまるで――


「違う世界に来てしまったんだなって」


会長は自嘲的な笑みを俺に向けた。

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俺の家に妹がやって来た 奏 音葉 @1071062

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