第16話
頼みがあるそう会長に言われた週の土曜日、俺はオフィス街の駅前にいた。
待ち合わせ時間よりもすこしだけ早く来てしまったせいか、会長の姿は見えない。
それに、オフィス街の中でも芸能関係の会社が立ち並ぶ地域だ。
「なんでここなんだ」
周りを見渡せば休日出勤の会社員しかいない。
なにもすることがないまま、立っていると肩を叩かれた。
「会長、ここって……え」
俺は言葉を失った。
会長はいつもかけている眼鏡を外し、きちっと結んでいた髪の毛ではなく、下していたのだ。それにメイクもバッチリだ。
「会長、イメチェンですか?」
会長と並んで歩き出す。
俺が思っていた以上に会長は美しい美女らしい。
「イメチェンではなく、これが私のもう一つの顔なんだ」
恥ずかしいのか耳が赤くなっている。
五分ほど歩いたところで会長は足を止めた。
「えっと、ここって」
「テレビ局だ」
「見ればわかりますよ。さすがに俺でも」
会長は堂々と出入り口へと向かった。
俺は意味もわからず会長の背中についていく。
会長は俺にカードを渡してきた。
「これをこうしたら入れる」
そう言いながら会長は持っていたカードを入り口付近の改札に当てて、中に入っていった。
俺も同じようにすると、すんなり入れた。
「関係者なんですか?会長」
その問いに会長は眉を顰め、俺をじっと見つめてくる。
「これでも自分のことは有名だと思っていたのだが、知らない男もいるのだな」
そう言うと会長は、エレベーターに乗った。
数階上に行くと、会長は降りた。
「ここが今日の撮影場所だ」
連れて来られたのは大きなステージのようなものが設置された場所だった。
「ここって」
「Oステの現場だよ」
平然と言い放った言葉に俺は言葉を失った。
Oステって、土曜のゴールデンタイムに放送するテレビ夕日の人気音楽番組だろ?
俺は、その場に立ち尽くす。
「おはようございます」
そんな俺を横目に会長はスタッフさんに挨拶をしていく。
そしてその場にいた出演者にも。
「あれ、LEARちゃん、今日はマネージャーさんいないの?」
中年の有名な男性歌手が会長にそう言った。
LEAR、どこかで耳にした名前だった。
「じゃあさ、今日夜ごはん行こうよ」
「それはダメですよ、私まだ、高校生ですし」
俺は、やっと気が付いて顔を真っ青にした。
この世界において、今、人気の女性アイドル――LEAR。
俺は今、その有名人と一緒にいるのだ。
「じゃあ、また後でねー」
「はい、ありがとうございました」
挨拶が一通り済んだ会長が俺のもとに駆けよってきた。
「ごめん、待たせたね」
たった一言すら重く感じる。
「LEARってあの?」
「はは、やっと気づいた」
テレビで見た存在が今、会長という存在として俺の目の前にいる。
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