4日目午前「実感」

月明かりが、水面を照らす。


それはとても美しく、乱れるように反射する。


その泉の中心部には、大きく、太い樹が1本。


そびえ立っている。




―――――――「この樹、デカイな...」


ボソッと独り言を呟いた。


よく見ると、拳くらいの大きさの穴が、11個ある。


少し奇妙に思えるが、幻想的な空間が、その感覚を麻痺させる。


そして、あまりにも静かだ。


オークを見つけて以来、化け物を見ていない。


違和感を抱きながらも、暫くの間、その風景を堪能する。


―――ガサッ


左手の方から、草木を掻き分ける音が聞こえた。


反射的にそちらを凝視する。


姿を現したのは、一人の女性だった。


月明かりに照らされた、明るい青髪、青い瞳。


花や宝石で例えたいが、生憎向日葵とダイヤモンド以外は知らないのだ。


いや、そう言うと嘘になる。


アサガオ、スイラン、バラ、サファイヤ、ルビー、エメラルド。


意外と知ってた。












―――――――――急な出来事に、俺は驚いた。


当たり前だ、自分以外誰も存在しないような空間で、急に姿を表されたら誰だってビビる。


筋肉全体に、緊張がかかる。


ついさっきのスクワットで、寝付いた赤子が夜泣きをするように、痛めつけた筋繊維が悲鳴を上げる。


その悲鳴は喉まで突き刺さり、悶える。


気を取り直そう。


この方は人なのだろうか、そもそも日本語が通じるのだろうか、

様々な思考が張り巡らされる。


得体の知れない恐怖に、出来れば避けたいという思考がしゃしゃり出る。


しかしそう思いながらも、恐る恐るその女性と目を合わせる。


あまり女性は得意ではないのだが、礼儀だ。


その女性は少し様子を伺った後、口を開く。


「あなた、仲間のオークはどうしたの?他のオークの姿を見ないのだけれど。」


日本語は通じた。


恐らく彼女は人間だろう。


しかし、問題点がひとつ。


俺はオークではない。


誠に遺憾である。


「いえ、私はオークではないです。人間です。」


彼女は、一瞬目を丸くしたがすぐに無表情に戻る。


「ごめんなさい、こんな深くまで立ち入る人間はあまり見ないので、勘違いしちゃって...」


どうやら出口を目指したつもりが、奥深くへと来てしまったようだ。


それより、仮に俺がオークであったとしても違和感を感じないような素振りをされた事が気にかかる。


誠に遺憾である。


顰めっ面をしていると、彼女の後ろから、小さな影が2つ見えた。


俺は目を丸くし、口を開いたまま閉じれなかった。


彼女のように、無表情に戻ることは出来なかった。


才能がないのだろうか、暇があれば練習してみたい。




俺の目に写ったのは、さっきの少年と少女だ。


少年が口を開く。


「姉ちゃんコイツだ!俺らを食べようとしたオークだ!」


だから俺はオークではない。

そう口にしようとした瞬間。


続いて少女が言う。


「お姉ちゃん、怖かった...」


勘弁してくれよお嬢ちゃん、そんな涙目で見つないでくれ。

そんなに悪人に見えるのか。


筋肉か?筋肉が醜いのか!?


心が破滅的になった所で、再び女性が口を開く。


「ジル、リア落ち着いて、この方はオークではないわ。」


どうやらその一言で恐怖心が溶けたようで、2人の興奮は治まったようだ。


俺は落ち着かなかったが。


「なんだよ、オークじゃないのか、お前なんか怖くないからな!」


いや、興奮は治まってはいないようだ。

そして何故か舐められる羽目になった。


俺の興奮は加速する。


自慢の冷静沈着は、何処か散歩に出かけてしまったようだ。


「2人とも、先に家に帰ってなさい、私はまだ用があるから。」


彼女の号令に、少年は適当な返事で流し、少女はその後を追って再び影となって消えた。


「あの子達が、ごめんなさいね」


「それは別に構わないのだが、この世界について教えて欲しい。」


という趣の話をした。


(「それは別に構わないのだが、この世界について教えて欲しい」キリッ)

















ちょっとカッコつけたのは内緒。


彼女は2人の救助の礼を言い、淡々と話し始めた。


あまり男性は得意でないのだろうか、ぎこちなさを感じた。


そしてあまり女性が得意ではない俺に、彼女もぎこちなさを感じているだろう。


所々理解できない単語が出てきたが、理解出来たような素振りを見せる。


彼女が一息ついた所で、俺は軽く咳き込み、彼女を見つめる。


「すみません、よく分かりません」


必殺の一撃が、彼女を貫いた。


彼女は目を丸くし、そして今度は無表情になることは無かった。


























―――――彼女の必死な説明で、理解に至ることができた。


どうやら彼女は、「フィリア」という名前で、この森の住人の「マーリン」という魔女の養子らしい。


あの2人も同様の関係だ。


赤色の髪の少年の名が「ジル」


オレンジ色の髪の少女の名が「リア」


そして、この世界では多様な種族が存在し、個体によって外見が大きく異なることは特別ではないらしく、上裸で現れた俺をオークだと勘違いしたらしい。


全く、迷惑な話だ。


この世界では、筋トレをするだけでオークになれるらしい。











魔女という単語が、途中で耳に入った。


お伽噺をされたのかと思いきや種族の一種で、外見は人間とよく似ている事が多いが人ではないらしい。


その根拠のひとつに、マーリンは、1200歳だと言う。


人では有り得ない数値だ。


魔女の定年は何歳だろうか。


1000歳くらい?


地獄じゃねえか。


ふと疑問に思ったが、弊社の記憶が甦るのは勘弁して欲しい。


と脳が泣いていた。


ちなみにフィリアは人間らしい。


歳など聞けないが見た目から判断するに、恐らく俺と同じくらいだろう。


魔法という存在も認知することになった。


全身に力を入れると使えるらしい。


少し試したが、何も起こらなかった。


今回は諦めたが、また試して見たい。




そして、別の世界から来たことを話したが、よく分からない様だった。


不可思議な出来事がマーリンの好物らしいので、ついてきて欲しいと頼まれた。


不安を煽るような言葉に聞こえるが、彼女なりの親切だろう。


そう信じることにした。


それに、ここに立ち往生していても埒が明かないので、彼女について行くことにした。


初対面の人間にここまで親切にするとは、優しい世界だ。


涙が出そうになる。


彼女についていき、右も左も分からないまま進み、気がつくと大きな家の前にたっていた。


「ここよ」


木造建築の一軒家が見えた。


薄暗い森の中で、正確な位置を判別するのは至難の業だ。


彼女が、全身に力を入れる様子は見受けられなかったがこれも魔法なのだろうか。




うむ、少し古いような気はするが、雰囲気は悪くない。


フィリアがドアを開け、中から女性が顔を出す。


「誰よ、その小汚いネズミは」


黒髪ストレートの女性は、不満げに口を開いた。


バラのような美しい美貌に、トゲのある目付き。


美しい美貌とは、頭痛が痛いにも似たもどかしさを感じるだろう。


完璧な比喩だ。


しかし、その自身とは裏腹に、害獣扱いをされてしまった。


なんてトゲトゲしいのだろう。


いや、鬱陶しいな。


慌ててフィリアが事情を説明する。


彼女が言っていたマーリンとはまさか、この方なのだろうか。


1200歳と聞いていたので、よぼよぼの婆さんだと思いきや、ぴちぴちのお姉さんではないか。


これも魔法の力なのだろうか。


恐らくマーリンと思われるその女性は、フィリアの話を聞いたあと、掌を返すように歓迎された。























そう言えば、オークの時のような文字は、目に浮かばなかった。


不思議な事もあるものだ。


そしてまだ「25」という若さで、この様な経験が出来るのは次の就職先の面接に有利だ。


否、信じてもらえないだろうか。


そんな呑気な事を考えながら、その地へと足を踏み入れる。

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