2日目「異世界転移」
眩い光に包まれ、次第にそれは和らいでいく。
俺は辺り一面、真っ白な空間に佇んでいた。
理解に苦しむこの状況に、更に追い打ちをかける出来事が起こる。
目の前に、マッチョな髭面のおっさんがいたのだ。
上腕三頭筋と僧帽筋が異様にデカい。
この異様な状況にぴったりなほど。
顔を顰め、様子を伺う。
おっさんも顔を顰めた。
ん?おかしい
試しにニッと笑って見せた。
おっさんも笑いやがった。
そして
「どちら様ですか」
早くこの空間から消え去りたいので、先に声をかけた。
それに続き、おっさんが返答した。
「神です」
ん?おかしい
「どちら様ですか」
もう一度聞く
「神です」
暫しの沈黙が訪れる。
この非常事態から早く脱出したい。
そして、おっさんに背を向けた途端、おっさんはもう一度口を開いた。
「あなたのマッスル精神を、神に評価されたのです。」
自分よりデカい筋肉を持っている野郎に言われるのは、なんだか皮肉じみていて嫌気がさす。
特に自信の無い背中に関しては。
振り向き、おっさんと再び対面する。
「どういう事ですか?」
少しの苛立ちの感情を込めて放つ。
評価とか、そんなことはどうでもいい。
どうせ、理解などされないのだ。
俺の望みは早く元に戻しほしい、本当に神ならこの空間よりも明るい未来、そして就職先を提供して頂きたい。
再び顔を顰めた俺。
続けておっさんは口を開く。
「あなたは別の世界を渡る権利が与えられました。」
それは、人生をやり直せるという意味か?
もしそうなら、できるなら、俺はやり直したい。
――こんなクソったれの人生を、やり直したい
高校1年生の時、初めての彼女ができた。
中学の時は、勉強に追われる日々だったから、とても幸せであった。
言わば「生き甲斐」
とでも表現しようか。
喜ばしい事だ。
俺はバカだったから、彼女の為に力の限り貢いだ。
記念日はすべて把握し、プレゼントだって汗水垂らして稼いだなけなしのお金で、できる限りブランド物を用意した。
自分の時間だって削って、警察に見つからないよう、隠れて深夜にも働いた。
高校生だとバレバレではあったが、受け入れてくれるところはあった。
世界は広いものだ。
しかし、そんな間際の生活が続くはずもなかった。
次第に、彼女との日々の質は下がっていく。
2年後、別れを告げられた。
原因は、彼女の浮気。
一年半前からだそうだ。
アルバイトの休憩中、偶然街中で見つけたのだ。
自分以外の男と、腕を組む姿を。
俺は、涙も出なかった。
別れ話を持ち出されたのは、最近お金を貢ぐことがなくなったからだろう。
浮気が発覚する前、俺は高校を出て直ぐに働き、彼女との結婚を密かに計画していた。
本当は叶えたい夢があったが、彼女を最優先にし進路は就職にした。
結果的に、どちらにせよお金が無いので大学は行けなかったが。
卒業間際はもう覚えていない。
あの時、何を思っただろうか。
俺は彼女に全てを注ぎ込んだから、何も残っていない。
本当は大学に行きたい、なんて親にぬかした事もあった。
そのお陰で仲は最悪になり、卒業後、家を追い出された。
在学中に、希望した就職先からお祈りメールが届き、ついには学校からも見放された。
必死に住居と仕事を探し、そしてなんとか見つかった。
ボロボロの1Rのアパート、活動内容が曖昧な会社。
不本意ではあったが、贅沢は言えない。
俺はそこに、しがみついた。
「会社」
その正体は、社会にとっては当たり前の存在、使い捨ての存在なのかもしれない。
しかし、俺にとっては地獄そのものだった。
低賃金、残業代などなかった。
それに加え、上司のパワハラ、仕事の押し付け、理不尽、会社に寝泊まり、休日出勤、そして給料泥棒。
権力で殴られ続けるだけの毎日だった。
それが当たり前だった。
次第に考えるのを諦めたが、現実は悪びれる様子もなく、ニッと顔を出す。
毎月の家賃、奨学金、そして税金に追われ、心労、疲労の限界。
文字通り「満身創痍」
であった。
生死の間際で、俺はある物に手を出した。
「筋トレ」
初めは、自殺願望を紛らわす為に、自分を痛めつける代わりに、行っていた。
追い込むだけ追い込んだら、自然に寝付けるからだ。
寝る間際の一瞬間をフル活用し、取り組んでいた。
「筋肉」
それは、次第に希望と共に大きくなっていった。
筋肉は、誰よりも優しかった。
裏切らなかった。
この絶望しかない世界に、一筋の光を射し込んだ。
この世界で、2度目の「生き甲斐」を見つけた。
こいつは、自分からは裏切らない。
逃げない。
裏切るのも、逃げるのも自分だ。
俺は、強く生きることにした。
それからはもう、何をされたって痛くも痒くもない。
価値観が変わったのだ。
理想的な価値観に。
しかしその価値観は、社会にとっては理想論に過ぎなかったが。
そしてつい先日、解雇された。
――この世界では
「金」「地位」「女」
それが全ての世界だった。
もしそれが
「筋肉」「信頼」「愛」
であったなら
それが全ての世界だったなら、俺はどれだけ幸せだっただろうか。
襲いかかる感情を抑え、冗談半分に、そして半分本気で問いただす。
「そこに、明るい未来は有りますか?」
神はニッコリと笑った
「ええ、もちろん」
気付けば、涙ぐんだ笑みを浮かべていた。
そして、次の瞬間
おっさんの放屁と共に、光に包まれた。
「野郎、やっぱただのおっさんじゃねぇか」
ほくそ笑む男が一人
「必要なのは、金で地位でも女でもない。筋肉だ」
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