第8話 解散マッチ

 ハクもカケルの家で同居することになった。

 と言っても蛇のハクを、ヨーコがペットとして飼うことになったんだけどね。

 人間の姿で同居すると部屋が狭くなるからだとヨーコは言うけど、本当はハクを従えるためじゃないかしら。

 だって、どんなに落ちぶれてもハクは神様、腐っても鯛だもの。

 神使ヨーコより蛇神ハクの方が立場は上よね。

 だから自分の地位を揺るがしかねないハクに、ヨーコは冷たい態度でメンバーにするのを拒んだのだと思う。

 いずれにしても、また一つヨーコのオモチャが増えたような気がする。

 神様をオモチャにする神使って……。


 翌日、再び緊急ミーティングが開かれた。

 人間の姿に化身したハクも含め、メンバー全員がカケルの部屋に集まっている。

「昨日のステージを誰かが録画してたみたいで、それが大手動画サイトに投稿されてるんだ」

 カケルは説明しながらノートパソコンで動画をメンバーに見せた。

「何よ、これ。下手くそね。映像がブレまくっているし、もっとアタシのアップを撮りなさいよ」

 パソコン画面に向かって、ヨーコがぶつぶつと文句を言う。

 アップはやめて。私、きっと吹き出しちゃうもの。

「仕方ないよ。素人がスマホかなんかで撮ったんだろうからね。そこで提案なんだけど、プリ☆アニのオフィシャルサイトを作ろうと思うんだ。どうかな?」

「オフィシャルサイトって?」

 私が尋ねると、カケルはアイドルのサイトを見せてくれた。ピンクを基調とした可愛らしいデザインで、色とりどりの華やかな衣装を纏った少女たちが、各々決めポーズをとっている。

「こんな感じで、メンバーのプロフィールや活動スケジュールなどを、ネットで誰でも見られるようにして宣伝するんだよ」

「いいわね。早速作りなさい」

 いたく気に入ったらしく、ヨーコは目を輝かせながら即答した。

 私たちは掲載する写真を撮ったり、プロフィールを考えたりした。

 サイトはカケルが作るので、完成まで数日かかるらしい。


 翌日に届いた蛇の着ぐるみは、私の予想に反して、つぶらな瞳で可愛かった。

 それを身につけ少し恥じらうハクは、多くの男性を萌えさせるに違いない。

 ついガン見していると、シャイなハクはオドオドしながら視線を斜め下に逸らした。

 その仕草に母性本能をくすぐられるというか、ハクは年上だけど儚げで守ってあげたくなる。

 萌え~っ!


 その二日後、プリ☆アニは老人ホームで歌のボランティアをした。

 ヨーコとハクは、ペアを組んで数日とは思えないほど息の合ったハーモニーを披露し、聴衆はじっと聴き入った。中には涙を流す高齢者もいたほどである。

 初ステージを上々の出来で終えたにもかかわらず、ハクは浮かない顔をしている。

 彼女は、宮司夫妻が老人ホームにいるかもしれないと期待していたのだ。

 しかし手がかりすら掴めなかった。

 気落ちしたハクが気になるのか、帰り道はみんなの口数が少なく陰気臭くなっている。

 するとヨーコは軽くため息をついてぼやいた。

「カケル、どうして子どもや老人相手の活動ばかりなのよ。アタシの美貌が宝の持ち腐れじゃない」

「仕方ないよ。童謡だもん。でも次のイベントは夏祭りだから、いろんなお客さんが集まるよ」

「プリ☆アニも出るの?」

 この街の夏祭りは、かなり大きなイベントである。思わず私は口を挟んだ。

「うん。もともとヨーコちゃん一人のエントリーだったんだけど、交渉の結果プリ☆アニとして参加が認められたんだ。パンフレットにはヨーコちゃんの名前で載ってるから、なかなか許可が得られなかったんだけどね」

 カケルは少し自慢げに答えた。

「これからがアタシの本領発揮よ。見てなさい。男どもの視線を釘づけにしてやるわ。ほーほっほっほっほっ」

「ヨーコ。冗談は顔だけにしろって昔から言うでしょ」

 メンバーを代表して私がツッコみを入れると、

「はぁ? アタシの引き立て役のくせに生意気よ」

 ヨーコが私の両頬をつまんで、むぎゅ~っと引っ張った。痛い。

「ひひはへはふはほっひっほ(引き立て役はどっちよ)」

 私はヨーコの両頬を引っ張ってやり返す。

 すると、びょ~~~~んと思いの外伸び、

「ひゃっはっはっはっはぁ」

 彼女の変顔は破壊力抜群で、たまらず私は吹き出した。

 これを見たハクがクスリとすると、何故かヨーコは目を細めた。

 もしかしてヨーコは、悄然とするハクの気を紛らわそうとしたの?


 そして夏祭り当日、私たちはワタルに車で会場近くまで送ってもらった。

 もちろん、みんな浴衣姿である。

 ノブも可愛いけど、やはり一番似合っているのはハクよね。

 和風美人で透き通るような白い肌の彼女は、浴衣姿がよく映える。

 髪をアップにして、清らかな白いうなじがたまらない。萌え~っ!

 すれ違う男性がことごとく振り返りうっとりしている。

 同じく和顔で白肌のヨーコも、後ろ姿ならハクに引けを取らないけど──

 すれ違う男性の目がことごとく笑っている。

 野外ステージでは、フラダンスや吹奏楽の演奏などが行われる。私たちの出番は最後から二番目。まだ時間があるので屋台でいろいろ食べたり、ゲームをしたりして祭りを満喫した。

 出番が近づいてきたので、私たちは控え室で着ぐるみに着替え、舞台袖で待機した。

 広い会場に大勢の観客が集まっている。

 今までは幼い子や老人が相手だったから童謡でも通用したけど、今回は幅広い年齢層の観客が集まり若者も多い。

 それにヨーコのステージを見に来た人は誰一人いないはず。みんな楽しんでくれるかしら?

 もし詰まらなければ観客はステージそっちのけでお喋りをしたり、スマホをいじったりするだろう。

「えー、ここで訂正がございます。次の出演者はローカルアイドルのヨーコさんとなっていますが、ヨーコさんが結成したプリ☆アニというグループに変更となりました。では、どうぞ──」

 司会者に促され、ヨーコを先頭にメンバーが登場する。

 幸い会場の雰囲気がよくて、温かい拍手で迎えられた。

 最後に私が滑稽な動きで登場して笑いを誘う。

「おねえちゃ~ん」と、観客席から聞き覚えのある声がしたと思ったらマーくんだった。

 私は嬉しくなってマーくんに両手を振って答える。

 まず私の滑稽さとノブのアクロバチックな動きで、観衆の心を掴んだ。

 それでパフォーマンスグループだと思ったのだろう。歌への期待が低くなったところに、絶妙なハーモニーでヨーコとハクが歌い始める。

 二人の澄み切った声が会場に響き渡ると、観客から大きな歓声と拍手が沸き起こった。

 私の心配は杞憂だったらしく、観客は終始楽しんでくれたようだ。

 そういえばオフィシャルサイトが完成したから宣伝してほしいと、カケルに頼まれていたんだっけ。

 歌が終わるとプリ☆アニのサイトを宣伝して、私たちは舞台袖に引き上げた。

「みんな、とても良かったよ!」

 舞台袖で見守っていたカケルが、目に涙を浮かべながら拍手で出迎えた。

 きっと感極まったのだろう。デビューから一年、つい二週間前まで鳴かず飛ばずだったヨーコが、大観衆を前にステージを盛り上げたのだから。

 喜ぶカケルを見て、私も嬉しくなった。少しは恩返しできたのかな。

「当然よ。みんなアタシに釘づけだったもの」

 得意満面でヨーコが自画自賛する。

「それに今回はツイてたよ。最後から二番目だったからね。例年トリには芸能人を呼ぶから、それなりに人が集まるんだ」

「芸能人って誰よ?」

 ヨーコは不満げに聞き返した。

「それが今年はパンフレットにシークレットゲストとなってて誰なのかわからないんだ。そのせいで様々な憶測が飛び交い、人気アイドルグループを期待した若者が大勢詰めかけている。まぁ予算が限られているから、大抵は昔売れた演歌歌手とかなんだけどね」

 カケルは苦笑した。

「何よ、それ。観客はアタシじゃなくてゲスト目当てに集まったっていうの?」

 しかめっ面のヨーコがカケルに詰め寄る。

「い、いや。そういうわけじゃなくて……そうだ、これ見てよ。サイトを宣伝したから、早速何人か訪れてくれたんだ。会場にいる人が興味を示した証だよ」

 返答に窮したカケルは、スマホを見せて話を逸らす。

「まだ五人だけ? みんなにちゃんと伝わってないんじゃないの?」

 ヨーコは責めるような目を私に向けた。

 ええーっ!? それって宣伝した私のせい?

「よ、ヨーコちゃん。プリ☆アニもサイトも、できたばかりなんだから上出来だと僕は思うよ」

 ヨーコの不満の矛先が私に向けられ、カケルは責任を感じたのだろう。慌てて助け船を出してくれた。

「そ、そうよ。カケルの言う通りだわ。結成して間もないんだもの、好調な滑り出しよ。これもひとえにヨーコのおかげよね」

 私はカケルの助け船に飛び乗る。

「当然よ。なんたって、このアタシが率いる今年一番のローカルアイドルグループだもの。飛ぶ鳥を落とす勢いで、年内にメジャーデビューするわよ。ほーほっほっほっほっ」

 やはりヨーコはチョロかった。

「メジャーデビューはともかく、プリ☆アニが順調なのは間違いないよ。それぞれ個性的なメンバーが化学反応を起こして、観客を惹きつけているんだと思う」

 カケルの言ってる意味がイマイチわからなかったので、

「化学反応って?」

「ほんと、へんてこ琳はおバカなんだから。つまりアタシのおかげってことよ。ほーほっほっほっほっ」

 私はカケルに尋ねたのに、ヨーコが自慢げに答えた。

 結局、化学反応の意味はわからなかったけど、ヨーコがチョロくて頓珍漢だとわかったわ。

 ひと目ゲストを見ようと、私たちは客席側に移動した。

「では、最後にシークレットゲストの登場です。皆様、拍手でお迎えください」

 司会者に促されて、三つ揃えでびしっと決めた男性と、二十名ほどの少女たちがステージに現れた。

 観客の拍手にまじって、どよめきが起こる。

 男性は四十歳くらいで、威風堂々としたやり手の企業家のようである。私はブランドとかわからないけど、いかにも高級そうな装いをしている。

 少女たちは中高生くらいで、衣装は全体的にフリルがあしらわれて可愛らしく、短めのふんわりスカートにニーソックスを履いている。

 どうやらアイドルグループみたいだけど、私はアイドルに興味がないのでわからない。

「皆さん、こんにちは。ヒューマンプロダクションの横嶋よこしまです。この度、我が事務所からローカルアイドルグループ『秩山♡ラバーズ』が、この地に誕生する運びとなり、お披露目に参りました」

 横嶋が言うと会場が大歓声に包まれた。

「そんな……」

 カケルは顔面蒼白になり消え入るような声で呟いた。

「何? どうしたの?」

 歓声でカケルの声が掻き消され、私は聞き返した。

「ヒューマンプロダクション、通称ヒュープロは横嶋社長が立ち上げ、一代で最大手の芸能事務所に育て上げたんだ。最近はローカルアイドルグループを輩出して成果を上げている」

「ふん。ライバル出現ってわけね。相手にとって不足はないわ」

「ヨーコちゃん、呑気なこと言ってる場合じゃないんだ。ヒュープロが進出した地域では、もともと活動していたローカルアイドルが、ファンと活躍の場を奪われて間違いなく消滅している。このままじゃプリ☆アニも……」

 カケルは絶望的な面持ちで言葉を詰まらせる。

 そんな……これからってときに、カケルの大切な夢が……。

「横嶋って人に抗議してくる!」

 叫ぶやいなや私は走り出していた。

 舞台裏へ行くと、すぐにカケルたちが駆け付けたので、一緒に彼らを待った。

 秩山♡ラバーズのお披露目が終わり、横嶋社長と少女たちが引き揚げてくる。

秩山ここはプリ☆アニの本拠地よ。私たちのテリトリーを侵さないで!」

 私は横山社長の前に立ちふさがり言い放った。

「君たちのステージ、見せてもらったよ。なかなか面白かったけど学芸会以下だな。最初は物珍しさもあるが、すぐに飽きられてしまう。お金を払ってまで見ようとは思わないし、タダでも集まるのは親子連れぐらいだろう。我々は専門家が分析、指導するプロの集団だ。歌も踊りも超一流の作曲家や指導陣が手掛けている。君たちみたいなお遊びとは違うんだよ。我々なら地元以外からも多くの人を集められるから経済効果は大きい。君たちにそれができるか?」

 私はローカルアイドルの役割について理解していないのかもしれない。だけど、

「お金がすべてじゃないでしょ。たとえ経済効果がなくてもプリ☆アニは地域に貢献してるわ。決して多くはないけど親子連れを楽しませることができたんだもの。だから私たちの邪魔をしないで」

 そうよ。あんなにもマーくんたちが喜んでくれたんだもの。

「君は何か誤解しているようだな。我々は君たちを潰そうとしてるわけじゃない。自由に活動してもらって構わないんだよ。ただし無用なローカルアイドルが生き残れるほど、この世界は甘くない。もし君たちが消滅したとしても、それは自然淘汰であり、我々のせいにするのは筋違いだぞ」

 さすがやり手の社長、悔しいけど筋が通っていて反論できない。

 私は唇を噛んで彼を睨みつけた。

「納得がいかないといった顔だな。ならばチャンスを与えようじゃないか」

「チャンス?」

「二週間後、秩山♡ラバーズのデビューコンサートを行う予定だ。そこで地元の人に投票をしてもらい、どちらのグループが地元に必要か決めてもらう。負けた方は即解散、完全に撤退する。どうかね」

 カケルは相手メンバーを見渡し、「わかりました。その勝負、受けて立ちます」と返事した。

「せいぜい頑張りたまえ。二週間後を楽しみにしているよ」

 横嶋社長は意味ありげな含み笑いをして去っていく。

 そのあとをゾロゾロと少女たちが引き上げていく姿を、私たちは無言で見送った。

「カケル、勝算はあるの?」

 私が問うとヨーコが近づいてきて自信満々に、

「何言ってるのよ、ちんちく琳。あんなクサいキザ男にアタシが負けるわけないでしょ」

 クサいとは横嶋社長がつけてる香水のことだろう。私も何度かむせそうになったもの。私たちは人間より嗅覚が優れているから、微かな香りでもキツく感じてしまうのよね。それでヨーコは少し離れていたんだわ。

「正直なところ勝てるかどうかわからない。だけど秩山♡ラバーズは無名のタレント、つまり二軍で構成されている。僕らの頑張り次第で勝つ見込みは十分にあるよ。それに、この勝負に受けて立たなければ、確実にプリ☆アニは解散に追い込まれる。やるしかないんだ」

 相手は、圧倒する人数にアイドル然とした衣裳、ローカルとはいえプロが手掛ける本格的なアイドルグループである。

 勝ち目は薄いけど可愛さだけなら、ややこちらに分があるわ。ヨーコが足を引っ張らなければ圧勝なんだけど。

「何をどう頑張れっていうのよ」

 不服そうな顔でヨーコはカケルに問うた。

「人が集まる商店街などをまわって、プリ☆アニに投票してくれるようにお願いするんだ」

「アタシは嫌よ。そんな媚びへつらうような真似できないわ」

「媚びるんじゃなくて、ただのPR活動だよ。それにヨーコちゃんはリーダーなんだから、先頭に立って宣伝してくれないと──」

「いずれにしても頭を下げるなんてお断りよ。絶世美少女のプライドが許さないもの」

 ヨーコは不快そうにそっぽを向く。

「困ったな……みんなはどう?」

 縋るような眼差しでカケルが私たちに問う。

「私、宣伝するわ。絶対に解散なんてしたくないもの」

「ボクもご主人さまのために頑張るにゃ」

「わたくしもやります。宮司夫妻に恩返しをするまでは、解散されては困りますから」

 私とノブ、そしてハクは、宣伝する意を示した。

「みんな、ありがとう」

 カケルは安堵の表情を浮かべ謝意を述べた。

「ふん。勝手にしなさい。そんなことしなくてもアタシのプリ☆アニは、負けやしないんだから」

 不満げに言い張り、ヨーコは踵を返す。


 翌日から私とノブにハク、そしてカケルは街中に出て宣伝した。着ぐるみ姿で駅前や商店街などをまわるも、反応はイマイチだった。特に利益重視の商店や企業では、圧倒的に不利だとわかった。

 カケルがパソコンで作ったポスターを貼ってもらおうと酒屋に入ったのだが、

「悪いけど、君たちに協力はできないよ」

 店主は入り口に貼られた秩山♡ラバーズのポスターを指さす。

 さすが最大手芸能事務所。もう解散マッチの本格的なポスターを制作し配布している。

「地元のために精一杯頑張るので、ぜひお願いします」

 カケルは深く頭を下げ、投票を懇願した。

「午前中に秩山♡ラバーズが来たけど、地元活性化のために音楽ホールで毎日ライブをやるそうじゃないか。どっちに集客力があるか明白だよ。ヒュープロの知名度や宣伝力に加え、メンバーの数や衣装でも向こうが圧倒している。特に、あの可愛い衣装でミニスカートの下、えっと……確か絶対領域とか言うんだよね。ピチピチの生足がとても魅力的でいいんだよなぁ~」

 店主が目尻を下げながら、最後に下心丸出しの本音をもらした。

 さして広くない店内に若い女の子が大挙して押しかけ、露出の多い衣装で自分たちに投票するように迫ったのだろう。

 五十代のスケベ親父は、すっかり舞い上がり骨抜きにされてしまったらしい。

 私たちの着ぐるみだって夏仕様だから上は半袖だし、膝から下は生足なんだけど……やはり設樂焼の格好では色気もへったくれもないわよね。

 遠い目で鼻の下を伸ばす店主をほっといて、私たちは店の外へ出た。

 何か考えるように先頭を歩いていたカケルが、つと立ち止まると振り返り、

「みんな、作戦を変更しよう」

「どうするの?」

「あっちが生足なら、こっちは琳がスッポンポンになって股間をお盆で隠すにゃ」

 私はカケルに尋ねたのに、ノブが人差し指を立て名案だと言わんばかりの顔で口を挟んだ。

 道化役に徹する覚悟はあっても、私はまだ十四歳の女の子。

 そこまで羞恥心をかなぐり捨てるつもりはないし、体を張るつもりもない。芸人じゃないんだから。

「冗談じゃないわよ。ノブあんたがやればいいでしょ」

「ボクが胸を出したら警察に捕まるにゃ。でも琳のまな板なら大丈夫にゃ」

「失礼ね! ノブあんただって大したことないじゃない」

 睨み合う私とノブの間に、気恥ずかしそうに少し頬を染めたカケルが割って入り、

「まぁまぁ。それはともかく親子連れの子どもに的を絞って宣伝しようと思うんだ。『将を射んと欲すれば先ず馬を射よ』ということわざがあるでしょ。子どもを味方につければ、かなりの票を得られるはずだよ」

 それが名案だと、すぐに誰もが理解した。だってプリ☆アニが親子の心を掴むことは実証済みなんだもの。


 私たちは、親子連れを求めて最寄りの公園へ移動した。

 それなりの広さで遊具が幾つかあるけど、ほとんど人影はない。

 木陰で四人の男児が携帯ゲームに勤しんでいるだけである。とても声をかけられるような雰囲気でないわ。

 そういえば今日は、あまり子どもの姿を見かけなかった。

「夏休みなのに、みんなどこへ行ったのかしら?」

 不思議に思い私はカケルに尋ねた。

「これだけ暑いと、プールや冷房の効いた施設にいるのかもしれないね。でもプールで宣伝するわけにはいかないし……」

 朝はそれほどでもなかったけど、真夏の太陽がじりじりと照り付けて、かなり暑くなってきた。天気予報によると今日は猛暑日になるらしい。

「確か水遊びができる公園があったわよね」

「そっか。そこなら親子連れが集まってるかもしれない」

 私たちは、水遊び場のある市内で一番大きな公園に向かった。

 園内の親水広場には、幅が三メートルほどの水路があるらしい。


 果たして親水広場は多くの親子連れで賑わっていた。水着姿の児童が浅い水路に入り、きゃっきゃっとはしゃいでいる。

 私たちは水路を横断する道を通り、内側の広場に移動した。直径二十メートルほどの円形で、中央にポールが立ち、その先端にはアナログの丸い時計がある。

 早速宣伝を始めるも、暑さで私たちの動きにキレがなく、ほとんど声も出ない。子どもたちの反応はイマイチで、一瞬だけ関心を向けるもすぐ水遊びに戻ってしまう。

 そりゃそうよね。こんなうだるような暑い日は、私だって水遊びしたいもの。

 特に設樂焼の着ぐるみは装備が過剰な分、熱がこもりやすい。私は滴り落ちる汗をぬぐい、着ぐるみの首元をぱたぱたさせた。

 私に比べたら涼しそうな格好にもかかわらず、変温動物のハクはぐったりして白目を剥きかけている。

「大丈夫? ハク」

 私が声をかけると、彼女はふらつきながら虚ろな瞳を向けてきた。

 それに気づいたカケルが慌てて、

「みんなごめん。暑いよね。あそこで一休みしよう」

 と水路の外にある、東屋を指さした。

 私とカケルがハクに肩を貸して連れて行く。

 ハクを東屋のベンチに座らせると、カケルは「ちょっと待ってて」とどこかへ行ってしまった。ややあって彼はスポーツドリンクを人数分抱えて戻ってきて、労いながらみんなにそれを配る。

 すぐさま喉を潤した私は、放心状態でしばし体を休めた。

 カケルはダウン寸前のハクをボクシングのセコンドよろしくタオルで仰ぎながら、

「なかなかうまくいかないね。ヨーコちゃんがいれば、ライブをやって宣伝できるんだけど……」

 とため息まじりに呟いた。

「ヨーコか。今、何しているんだろう………………あっ!」

 親子フェスティバルで昼休みに宣伝したとき、ヨーコが陰から覗いていたのを私は思い出した。

 辺りを見回すと、帽子をかぶりサングラスとマスクをして夏なのにコート姿という典型的な怪しい人物を発見。木の陰からこちらの様子を窺っている。

 サングラスから太い眉毛がはみ出しているのを見て、私はヨーコだと確信した。

 近くの大人たちが不審者に気づいて、警察に連絡しようか相談している。

 コートの下は裸の変質者だと疑われてるようだ。さすがにそれはないだろうけど、ヨーコのことだから下着姿ってこともあり得る。警察沙汰になったらまずいわね。

 私は一計を案じて、みんなを近くに集めると小声で策を伝えた。

 何を話しているのか気になったらしく、不審者が怪しげな動きで近づいてくる。

 そこでカケルと私が東屋から出て一芝居打つ。

「どうしよう。このままじゃプリ☆アニの負けは確実だよ」

 カケルは大げさに頭を抱え、わざとヨーコに聞こえるような声で言った。

「こうなったらゲリラライブをやって宣伝するしかないわ」

 私も負けじと大げさに演じる。

「ダメだよ。プリ☆アニはヨーコちゃんのアイドルユニット、彼女抜きのライブなんてプリ☆アニじゃない。伴奏もないし不評を買うだけだよ」

「確かにヨーコのいないプリ☆アニなんて考えられないわ。でも仕方ないわよ。もう他に方法はないんだもの」

「そうだね。ヨーコちゃん抜きじゃ観客を失望させてしまうけど、やるしかない」

「ああ、ヨーコさえいてくれたなら……」

 私は片膝をつき祈るような仕草をする。

「それじゃ僕は管理事務所にライブをやる許可を得てくるよ」

 カケルは建物の方へ走り去った。

 目の端でヨーコの反応を確かめると、彼女は木の陰でコートを脱ぎ捨てていた。

 裸の変態おじさんだと思い込んでいた母親たちは、悲鳴をあげ慌てて我が子の目を手で覆い隠すが、すぐに着ぐるみ姿の女の子ヨーコだとわかり呆気にとられる。

 この暑さの中、まさかコートの下に着ぐるみを身につけていたなんて……やる気満々じゃない。

 ややあって私たちの目の前をヨーコが知らん顔で通る。

「まあ、ヨーコじゃない。こんなところで何しているの?」

 さも出会えて嬉しそうに私は小走りで彼女に近づいた。

「あら、こんなところで会うなんて奇遇ね。アタシはショッピングモールへ買い物に行くところなんだけど、アナタたちは?」

 どこのモールに行くつもりよ。秩山のモールなら反対方向じゃない。それも着ぐるみ姿で。

 大根役者の空々しい台詞に内心でツッコみながらも、三文芝居を続ける。

「ここでライブをやるつもりなんだけど、きっと失敗するわ。だって、ヨーコがいないんだもの」

 その場に頽れた私は、深くため息をつく。

「当然でしょ。アタシ抜きのライブなんて、プリ☆アニの評価を著しく貶めるだけ。絶対に許さないわよ」

「ごめんなさい。たとえリーダーに嫌われようとも、観客に罵られようとも、やると決めたの。ああ、ヨーコがいればライブは拍手喝采に包まれ、みんなプリ☆アニに投票してくれるのに……ああ、ヨーコさえいれば……ヨーコさえいれば……ヨーコさえいれば……」

 大きく項垂れながら、台詞の後半は呪文のように呟く。

「し、仕方ないわね。そんなに言うのなら、やってあげるわよ。アタシ抜きでやられて、プリ☆アニの評判を落とされたら、解散マッチで負けちゃうもの」

「ありがとう、ヨーコ。これでプリ☆アニは勝てるわ」

 私は大げさに喜んでヨーコに抱き付くとほくそ笑んだ。

 ほんとヨーコがチョロくて助かったわ。

 パチパチパチパチパチ。

 茶番劇の観客であるノブとハクが拍手した。

「許可を得てきたよ。十五分のみだけどね」

 芝居がうまくいったとわかったのか、カケルが嬉しそうに手を振りながら走ってくる。

「ふん。観客の心を掴むのに、それだけあれば十分よ。さあ、行くわよ」

「ちょっと待って。もう少し休んでからに──」

 意気揚々と親水広場に向かうヨーコを私は引き止めた。

「何よ。時間ないんだから早くしなさいよね」

「でも……」と、私はハクに視線を移す。

 日陰とはいえ、ほぼ風はなく蒸し暑い。

 私とノブはある程度回復したけど、ハクはまだ辛そうである。

「わたくしなら大丈夫です」

 ハクは気力を振り絞るように立ち上がり東屋から出たけど、照り付ける日差しでふらついた。

 とっさに私は彼女を支えると、

「ハクは休んでてちょうだい。宣伝なら私たちだけで──」

「ダメよ。そんな中途半端にライブをするのなら、やらない方がマシだわ」

 私の言葉を遮るように、ヨーコが横槍を入れた。

 今のハクは、人間ならば四十度の熱があるのと同じだろう。直射日光の下では、さらに体温が上がってしまうのに、ライブをやるなんて無茶だわ。

「ハクは私たちとは違うのよ。体温調節が──」

「琳さん。ありがとうございます。でも、わたくしやります。宮司夫妻を探し出すまでは、解散されたら困りますから」

 ハクは苦しそうに荒い息づかいで言うと、おぼつかない足取りで歩み出した。そのあとをカケルが心配げにタオルで仰ぎながらついていく。

 彼女の気迫に押され、私は何も言えなくなった。

 親水広場に移動すると、ヨーコがメンバーの立ち位置を指示した。

 ヨーコとハクはポールの近くで、私とノブは少し離れた場所である。

 ハクは俯き肩で息をしながら、ポールに手をついて震える体を必死に支えている。

 いつ倒れてもおかしくない状況だ。

 カケルが水路の外側に移動して全員のスタンバイが完了すると同時に、ポールからメロディーが聞こえてきた。時計の針が十三時を指しているので時報なのだろう。

 その音で振り向いた子どもたちが私に興味を示したのか、嬉しそうに駆け寄ってくる。

 やはり私は人気があるのね、と両手を広げて待ち構えるも、彼らは私をスルーしてハクのもとへ向かった。

 あれっ!?

 と振り返った瞬間、ポールを中心に雨が降ってきた。お天気雨? 見上げるとポールの上部に何本もの棒が出ていて、そこから水が噴き出していた。

 どうやら噴水の時間らしく、子どもたちはポールに集まってきたようだ。

 少し離れた位置の私とノブはミストのようで気持ちいいけど、ヨーコとハクはびしょ濡れになっている。

 ヨーコは自業自得よね。でもハクは巻き添えを食って大丈夫かしら──と心配したけど、彼女は気持ちよさそうに両手を広げ、全身で水を浴びている。先ほどまでの青白い顔が嘘のようだわ。

 もしかしてヨーコはすべて計算していたの? ライブを急かしたのは、きっと噴水の時間に間に合わせるためだったんだわ。私とノブをポールから離れた位置にしたのは、濡れてパフォーマンスに支障をきたさないようにしたのね。ハクをポールの近くにしたのは、噴水で体温を下げさせるためだったのよ。

「もう、なんなのよ! 噴水が出るなんて、聞いてないわよ」

 とヨーコは不満げに濡れた着ぐるみを絞る。

 ……きっと照れ隠しよね。まったく素直じゃないんだから。そうでしょ? ヨーコ。

 今度は童謡のメロディーが流れ出し、それに合わせて地面から一メートルほどの噴水があちこちから出たり引っ込んだりした。子どもたちは噴水を追いかけたり、その上を往復したりして、はしゃぎまわっている。

 ヨーコとハクは視線を合わせて頷くと、メロディーに合わせて歌いだす。ハクは水を得た魚のごとく、ヨーコと美しいハーモニーを奏でた。

 それに合わせて私とノブもパフォーマンスを始める。

 噴水でテンションが上がってた子どもたちは、メロディーとシンクロした私たちのパフォーマンスに釣られて一緒に踊り出す。

 すると噴水の外で見守っていた親たちが、歌に合わせて手拍子を始めた。

 最初に宣伝したときは誰も関心を示さなかった。けど今の私たちは、親水公園の主役の座を奪い取り、親子の心を鷲掴みにしている。

 噴水の時間が終わると、カケルはポールの前にやってきて、

「二週間後にローカルアイドル解散マッチが行われます。地元のために精一杯頑張りますので、ぜひプリ☆アニに投票をお願いします」

 と宣伝して、みんなで深々とお辞儀した。仕方なさそうにだけどヨーコも頭を下げる。

 観客から拍手が起こり、子どもたちが私たちに抱きついてきた。


 その帰りに偶然マーくんとお母さんの心葉このはさんに出会った。

 心葉さんとも仲良くなり解散マッチの話をすると、いろいろとアドバイスをくれた。

 水遊びのできない公園でも夕方になると母子が集まる場合があるとか、児童館や子育て支援センターなども勧めてくれた。

 ママ友にも協力を頼んでくれるそうだ。

 その翌日から暑さ対策をして──それでもハクは辛そうだけど──精力的に宣伝をした。なんだかんだ言いながらも、ヨーコは先頭に立って取り組んでくれた。

 マーくんは、お友達を連れて幾度となく宣伝の場に足を運んでくれた。彼が楽しそうに踊ると、他の子も釣られて踊り出すのよね。マーくんは頼りになる最強のサポーターなのだ。

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