第7話 神様と神使

 翌日、カケルの部屋で緊急ミーティングが開かれた。ドアには『プリ☆アニ事務所』と印刷された紙が貼られている。

 ヨーコは勉強机の椅子に踏ん反り返り、私とカケルはローテーブルを挟んで座布団に座っている。

「ご主人さにゃ~」

 と猫なで声のノブは、カケルの隣に座り凭れかかって甘えている。

 マタタビで酔っているわけではない。

「あ、あの、ノブちゃん。悪いけど始められないから、そっちに座ってもらえる?」

 カケルはヨーコの視線を気にしながら──ヨーコはまったく気にもとめずポテチを頬張っているけど──困惑気味に斜め右前の座布団を指さす。

「わかったにゃ~。そのかわり頭をなでなでしてほしいにゃ~」

 ノブが甘ったれた声で頭を差し出すと、カケルは戸惑いながらも彼女の頭を撫でる。

 するとメイド服の少女は気持ち良さそうに、喉をごろごろ鳴らした。

「さあ、ノブちゃんはいい子だから──」

 もうおしまいとばかりに、カケルはノブの頭を軽くぽんぽんした。

「うん。ボクはいい子にゃ~」

 メイド服の少女は這って席を移動すると、よほど気持ち良かったのかテーブルに顔を乗せて、目をとろりとさせた。そのまま寝てしまいそうだ。

「それじゃ会議を始めるね。明日、コミュニティーセンターで親子フェスティバルがあるんだけど、それにヨーコちゃんもエントリーしているんだ。ヨーコちゃんからプリ☆アニとして参加したいと要望があったので、可能か確認したら許可が得られたんだよ。そこで琳ちゃんとノブちゃんにも出て欲しいんだけど、どうかな?」

 カケルが説明しながら、フェスティバルのチラシを私たちに見せてくれた。

 お料理教室や工作教室など、親子で楽しむイベントらしい。

「わかったにゃ~。ボクはいい子にゃ~」

 ノブはうとうとしながら二つ返事で承諾した。

「ちょっ、ちょっと待ってよ。そんなの無理に決まってるでしょ。昨日結成したばかりなのに、明日のイベントに出場するなんて無謀よ。衣装だってないじゃない」

 ヨーコの無茶振りにもほどがある。私はアイドルなんて、やったことないんだから。

「衣装なら昨日ネットで注文して、今日届く予定だから大丈夫だと思う。メンバーの役割についてだけど、ヨーコちゃんは歌姫だからいいとして、二人は歌い手とダンスのどっちがいい?」

 早っ!? と、日本の物流に感心しつつ、

「ダンス?」

「まぁ、ダンスと言っても童謡の場合は、こんな感じになるんだけどね」

 カケルはノートパソコンでネット動画を見せてくれた。昭和の映像で、『証城寺の狸囃子』を歌う歌手の周りを、狸の格好をした子どもたちが蟹股で踊っている。私には、どう見ても狸を小馬鹿にしてるとしか思えない。

「私、ダンスは嫌」

「じゃあ琳ちゃんも歌だね。ノブちゃんは?」

「ボクも歌がいいにゃ~。ダンスは面倒だにゃ~」

「ならプリ☆アニは三人ともボーカルで決定だね」

 いつの間にか明日のイベントに出場することになっていた。

 即席アイドルグループで大丈夫なのか不安もあるけど、まぁ、ローカルアイドルだし、もともとヨーコの観客は居ないに等しいから、いっかぁ。と軽い気持ちで承諾し歌の練習にとりかかる。

 夕方に衣装が届いたので着替えると、ヨーコとノブが私の姿を見て抱腹絶倒した。

 股にある大きな金袋のせいで自然とガニ股になっちゃうし、思ってた以上に笠や徳利などが邪魔で、動きにくいったらありゃしない。

 それに比べ狐と猫のコスチュームは、とても可愛くて動きやすそう。

 これじゃ私は完全に二人の引き立て役じゃない。

 はぁ……こんな格好でアイドルとしてステージに立つと思うと気が滅入る。

 恩返しって、いつから罰ゲームになったのかしら。


 翌日、私たちはワタルの運転する車で、コミュニティーセンターへ向かった。

 ヨーコとノブは着ぐるみ姿だけど、私は恥ずかしいから現場で着替えることにした。

 会場に到着して私たちを降ろすと、ワタルは一旦家に戻った。私たちが帰るときに、迎えに来てくれる。

 コミュニティーセンターは、多目的ホールや会議室、実習室などがある二階建てのやや古い建物だ。

 控え室へ行くと、カケルは荷物を置いて、宣伝のチラシを配りにどこかへ行ってしまった。

 カケルによると、事務所などに所属していないヨーコには、イベントへの出演依頼がまったくないらしい。彼が頭を下げて参加させてもらっていることも多く、大抵は小さなイベントなので、控え室がなかったり舞台のない場所で歌ったりすることも多々あるらしい。

 今回だって控え室といっても定員八名の小会議室で、四角いテーブルの周りにパイプ椅子があるだけの小部屋である。ステージは定員五十名弱の音楽室で、客席と区別された舞台はなくパイプ椅子が四十脚ほど並べられているだけ。まあ、ヨーコの集客力からすれば十分なんだけどね。

 私はカバンから着ぐるみを取り出して着替えた。

 すると昨日散々笑ったにもかかわらず、ヨーコが指さしながら馬鹿笑いする。

 時間になったので、私たちは同じフロアにある音楽室へ向かった。

 できるだけ人に見られないように、私は顔を隠してこそこそと足早に移動した。

 音楽室の扉は二つあり、前の扉がステージ側で、観客は後ろの扉から入る。

 私たちはステージ側から中に入った。

 室内に横八列×縦五列でパイプ椅子が並べてあるのだが、カケルの努力も虚しく二組の母子が、最前列に座っているだけ。二十代の母親が二人と、三歳と五歳くらいの男児が二人である。

 子どもたちが私を指さして笑いながら、遠慮のない言葉を投げかける。すると母親が「そんなこと言っちゃだめよ」と我が子を窘めるけど、笑いながら叱っても説得力がない。

 まったく何で私が嘲笑されなくちゃならないのよ。

 だけど無邪気な子どもに罪はない。だってこんな格好させたヨーコが悪いんだもの。その元凶を横目で睨むと、彼女は私を指さし嘲笑していた。

 ややあって後ろの扉から、十七歳くらいの少女が入ってきた。

 白地にレースのワンピースがよく似合う、清楚感のある美少女だ。

 ストレートのロングヘアは、艶やかな銀色で印象的である。

 彼女は扉付近の壁に凭れかかり腕組みをしながら、厳しい表情でこちらを見ている。

「ふん。生意気そうな子」

 ヨーコが少女を睨め付けながら呟く。

「ちょっと、せっかく来てくれたんだから、やめてよね」

 私は小声で注意した。

 地域おこしのイベントでヨーコのステージを見たときは、観客の数なんて気にならなかったけど、ステージに立つ側になるとやけに寂しく感じる。

 広い空間にわずかな観客。時にはまったく人が集まらなかったこともあったらしい。


──ヨーコはいつも一人で、この寂しさに耐えていたの?


 その昔、絶世の美女としてちやほやされた彼女にとって、それがどんなに耐えがたいことか容易に想像できる。

 もしかしたらカケルは、少しでもヨーコが寂しい思いをしないように、オタ芸をやって盛り上げようとしていたのかもしれない。

 私がヨーコを見つめていると、それに気づいた彼女はこちらを向いて、「始めるわよ」と軽く微笑んだ。先ほど私を嘲笑したのとは違う、優しい笑顔で。

 もう寂しくないよね。

 だって、これからは一人じゃないんだもの。

「『千年に一人の絶世美少女』とはアタシのこと、金狐☆ヨーコよ」

「『とろみマグロのしらす添え』が大好き、黒猫☆ノブだにゃ」

「『へんてこりん星からやってきた、みょうちく琳』の、茶狸☆リンです」

 歌が始まると子どもたちは次第に飽きてきたらしく、うとうとしたり騒ぎ出したりした。

 そりゃそうよね。私は出オチだし、人気アニメの歌とかならともかく、今どき棒立ちで童謡を歌われちゃ、誰だって退屈に違いないわ。

 しまいには、五歳くらいの男児がつまんないと喚き散らす始末である。

 その子の母親は、ばつが悪そうに何度も頭を下げながら、わんぱく坊主を連れて部屋を出ていった。

 残った親子の母親は、居心地が悪そうに後ろを振り返り、今にも帰りそうである。

 そこに入ってきたカケルは、わずかな観客を見るなり、申し訳なさそうに頭の上で手を合わせて謝った。

 カケルのせいじゃないのに。夜遅くまでパソコンでチラシを作り、一人で宣伝してくれたじゃない。誰よりもカケルは頑張ってるよ。

 三歳くらいの男児は、母親の膝の上でうとうとして、ほとんど私たちを見ていない。すると母親は腰を上げ、坊やを抱きかかえて帰ろうとした。


 ──お願い、帰らないで!


 家に泊めてくれた古道具屋に、ご先祖様は自ら見世物となってお金を稼ぎ、恩を返した。

 それに比べ私は、命懸けで助けてくれたカケルに対して、何の役にも立ててない。

 恥ずかしいのは、この格好じゃないわ。

 文福茶釜の子孫として精一杯恩返しすると誓ったのに、まったく報いてない私自身よ!

 なんとかしなくちゃ。だけど、もう最後の曲『証城寺の狸囃子』。

 どうしたら……そうだわ! 昨日見たパソコン動画のように、歌に合わせて踊ってみよう。

 何かが吹っ切れた私は、恥も外聞もかなぐり捨て「ぽんぽこぽん、ぽんぽこぽん」と、お腹を叩きながら変顔と滑稽な動きで男児に猛アピール。

 すると彼は興味を示し、私の動きを真似て両手を振り回したので、たまらず母親は子どもを床に降ろした。

 私は子ども番組のお姉さんのように男児と踊る。

 子どもが楽しそうに踊っていると、母親も一緒に踊り出した。

 たった一組の親子だけど一体感が生まれ、私は得も言われぬ感動を覚えた。


「最後まで付き合っていただき、ありがとうございました」

 曲が終わると、私は心から感謝の気持ちを伝え、深々と頭を下げた。

「もっと、もっと~」と男の子がせがみ、「マーくん、我がまま言っちゃダメよ」と母親が諭す。

 私はしゃがんで男児に目線を合わせて微笑むと、

「午後にもう一回やるから、よかったらまた来てね。マーくん」

「うん」

 マーくんは嬉しそうに返事して、私に抱き付いてきた。私も嬉しくなり彼を抱きしめる。


 その後私たちは控え室に戻り昼食をとった。

 アユミさんが拵えてくれた手作り弁当である。

 果たして彼女のお弁当は、冷めても美味しかった。

 あの美貌でこの腕前なら、かなり値段を吹っ掛けても店を出せば繁盛するのは確実よね。なのに活用しないなんて、もったいない。

「琳ちゃん。あの踊り、とても良かったよ。男の子が大喜びだったもの」

「う、うん。ありがとう」

 カケルに褒められ、照れ臭くなり視線を逸らしながら返事をすると、何故かノブが私を睨んでいた。

「アタシの見立てが良かったからよ。琳には、その滑稽な姿が似合っているんだもの。ほーほっほっほっほっ」

「貸してあげましょうか? 私よりずっとお似合いよ。ほーほっほっほっほっ」

 私はヨーコの高笑いを真似して言い返す。

「カケル、どっちが似合っている? この滑稽な衣装」

 ヨーコがカケルに振った。ズルい!

「い、いや……なんか急に仲良くなったよね。最初は上下関係がはっきりしてたけど」

「今でもはっきりしてるわよ。琳はアタシのオモチャ第一号だもの」

 第一号ってことは、ノブが第二号?

「ご、ごちそうさま。まだ午後のステージまで時間があるから、僕は宣伝してくるよ。一人でも多く見に来てほしいからね」

 弁当を掻き込んで、カケルは逃げるようにそそくさと出口へ向かった。

 カケルだけに苦労させたくない。

「待って、私も行く」

「なら、ボクも行くにゃ。琳ばかりに、いい格好させられないにゃ」

 食事を続けるヨーコを残して、私たちはカケルについていった。

 カケルの作ったチラシが、通路の床やゴミ箱に捨てられていて、私はやるせない思いでいっぱいになる。

「どこへ行くの?」

 外へ出ようとするカケルに、私は尋ねた。

「広場だよ」

「どうして? 建物の中で宣伝した方がいいんじゃない?」

「親子フェスティバルは、お料理教室や工作教室、ゲームコーナーなどがあるだろ。ほとんどの来場者は、それらへの参加が目的だろうから、その人たちに宣伝しても来てもらうのは難しいと思うんだ。だから広場で遊んでいる親子に的を絞って宣伝するんだよ」

 建物に隣接して大きな広場がある。滑り台が幾つも付いた立派な複合遊具も備わっていて、多くの親子連れで賑わっていた。

「午後一時から、動物をモチーフにしたローカルアイドルグループ、プリ☆アニのお披露目ステージを行います。音楽室で童謡を歌うので、ぜひ見に来てください」

 カケルが声を張り上げて宣伝し深々と頭を下げたので、慌てて私たちも頭を垂れる。

 顔を上げると、みんなが私に好奇の目を向けていた。

 あちこちから嘲笑が起こったけど、もう気にしない。

 ここで精一杯道化を演じて、みんなの興味を引かなければ、誰も来てくれないかもしれない。だって午前中にカケルがチラシを配って一生懸命宣伝したのに、五人しか集まらなかったんだもの。

 私は変顔で滑稽な動きをして、さらに嘲笑を誘った。

「あっ、ぽんぽこのおねえちゃんだ」

 滑り台で遊んでいたマーくんが、嬉しそうに駆け寄ってくる。

 私も嬉しくなり両手を広げて彼を抱き留めた。

「また来てね。マーくん」

「うん」

 マーくんは、こくりと頷く。

「午前の部を見たんだけど、なかなか楽しかったわよ。特に息子が大喜びでね。帰る予定だったんだけど午後の部にも行くことにしたの。一緒にどう?」

 マーくんの母親がママ友を誘ってくれた。

「ごめんなさい。娘に料理教室へ行きたいってせがまれているの」「ウチは息子が工作を楽しみにしてて」

 ちょっと期待したんだけど、やはり目当ての催しがある親子は無理みたいね。

「ぽんぽこぽん、ぽんぽこぽん」

 と楽しそうに踊る私たちに釣られて、他の子どもたちが集まってきて踊り出す。

 それをカケルが微笑ましそうに眺めていると、

「にゃ~っ! ボクも負けてられないにゃ!」

 ノブはバック転や宙返りなどアクロバチックに広場を駆け回った。まさにフリーランニング、現代の忍者のようである。恐るべし、猫の身体能力。

「あのお姉ちゃん、すごい!」「体操選手かしら」「サーカスの宣伝じゃない?」

 などと、猫の着ぐるみ少女は一気に人々の注目を集めた。

 ノブは三歳くらいの男児を、正面から前宙で飛び越えて背後に着地した。その子は驚いた様子で何度も振り返るが、その度にノブは素早い動きで彼の後ろに回る。ノブを見つけられない男の子に、他の子どもたちが彼女を指さしながら「うしろ、うしろ」と叫ぶので、親たちの笑いを誘った。いわゆる『志村、うしろ、うしろ』状態である。

 一周して戻ってきたノブは、すっかり観衆の心を掴んで拍手喝采を浴びた。

 何故かノブは、勝ち誇った顔でチラリと私を見る。

 そして猫なで声でカケルにすり寄り、

「ご主人さま、ボク頑張ったにゃ。褒めて、褒めて欲しいにゃ~」

「エライ、エライ。ノブちゃん、本当に凄かったよ」

 カケルに頭を撫でられ上機嫌なノブ。

 ふと視線を感じて振り向くと、慌てて建物の奥に引っ込む狐の着ぐるみ姿があった。そんな格好はヨーコしかいないわよね。きっと気になって様子を見に来たんだわ。


「結構手ごたえあったわよね。次は二十組くらいの親子が、来てくれるんじゃないかしら」

 控え室へ戻りながら、私はカケルに尋ねた。

「それは、ちょっと難しいと思うよ。昼休みで人が多かったけど、午前中はあまりいなかったんだ。あの人たちの多くは、催し物が目当ての人たちだよ。まぁ、良くて五、六組くらいだろうね」

 室内に入ると、ヨーコが机に伏して狐寝入り──もとい狸寝入りをしていた。

 机に無造作に置かれたお弁当箱は、すべて空っぽである。

「あーっ。私のお弁当どうしたの? まだ半分残ってたでしょ」

「ボクのも、ないにゃ」

「食べてあげたわよ。げっぷ。せっかくおばさまが作ってくれたのに、残したら悪いでしょ。げっぷ」

「あとで食べようと思ったのに!」

 アユミさんの逸品を残すわけがない。食べ物の恨みは恐ろしいのよとばかりに、語気を強めて怒りを露にする。

「勝手にどこかへ行ってしまうのが悪いのよ」

「ヨーコだって様子を見に来てたじゃない」

「な、なんのこと? 知らないわよ」

 ぷいっとそっぽを向きとぼけるヨーコ。

「狐の着ぐるみ姿を見たんだからね」

「たまたま同じ格好をした別人よ。アタシじゃないわ」

 あくまでシラを切るヨーコを、私は疑いの目でじ~っと見据える。

「……まぁ、もうこんな時間だわ。そろそろステージに行って準備しないと」

 ヨーコは芝居じみた振る舞いで、逃げるように部屋を出ていく。まだ二十分以上あるのに!

「僕たちも行こう。ヨーコちゃんを一人で、待たせるわけにはいかないからね」

 カケルがヨーコを追いかけていったので、私とノブも音楽室へ向かった。

 部屋に入ると、ヨーコがピアノの椅子に座っていた。

「誰もいないね」

「まだ開演まで時間があるからね。それに少なくとも一組の親子は、来てくれるんでしょ」

 肩を落とす私を、カケルが優しい笑顔で励ましてくれた。

 そうよ。マーくんは来てくれるって約束したんだもの。

 私たちは壁に凭れかかりながら、無言で観客を待ち続けた。

 長く感じられた十数分が過ぎたころ、ようやく最初の観客がやってきた。

 午前のステージに来ていた銀髪の少女だ。

「また来てたのね。ありがとう」

 私は心から嬉しくなり喜色満面で感謝を伝えるも、彼女に視線を逸らされてしまう。

 無視された?

「だから言ったでしょ。生意気だって」

「きっとシャイなのよ。悪気はないんだから睨みつけないでよね」

 少女を睨め付けるヨーコの顔を両手で掴み、ぐいっと私の方に向ける。

「ふん。アンタこそ媚を売ってんじゃないわよ」

「私たちのステージに、二度も足を運んでくれたのよ。こんな物好きな人、滅多にいないわ。ううん、金輪際現れないかもしれないでしょ。あわよくばファンになってくれるかもしれないんだから、すげない態度をとらないでよね」

「あんな生意気なファン、こっちから願い下ひぇ──」

 私は両手で、むぎゅ~っとヨーコの両頬を挟み、喋れないようにした。

「まったく、どの口が……ぷっ」

 ヨーコの潰れた顔を眼前にして、私はたまらず吹き出す。

 そこに元気よく男の子が駆け込んできた。

「おねえちゃ~ん」

「ひっ、ひらっひゃい、は~ふうぅん(いらっしゃい、マーくん)」

 私は腹を抱えて笑いながら、なんとか返事する。

 マーくんに続いて彼の母親とママ友の親子が入ってきた。

 他の催しに行くのをやめて、こっちに来てくれたのね。

 と感動に浸る間もなく、ぞくぞくと親子がやってきて席が埋まっていく。

 私たちは呆然とたたずむ。

「カ、カケル。私たち、時間か場所を間違えてない?」

 私の問いに、カケルは慌ててパンフレットに目を通す。

「間違ってないよ」

「な、何ビビッてんのよ。みんな、アタシの魅力に惹きつけられて、やってきただけでしょ」

 そう言いながらも動揺を隠せないヨーコ。

「それもあると思うけど、昼休みに琳ちゃんとノブちゃんが宣伝してくれたのが、功を奏したんだよ」

「ほとんどボクのおかげだにゃ」

 褒めて欲しそうにノブは、カケルの腕に抱きつく。

「ふん。あの程度の動きなんて大したことないわ。アタシが童子を倒したときに比べたらね。そうでしょ、琳」

「やっぱり様子を見に来てたのね」

 私はジト目でヨーコを見やる。

「……さあ、スタンバイするわよ」

 そっぽを向きながら自分の立ち位置に移動するヨーコ。

「もう。都合が悪くなると、すぐ逃げるんだから」

 愚痴りながら私も自分のポジションにつく。

 開演時間のころになると室内は観客で一杯になった。

 私の踊りは子どもたちの心を掴み、ノブはステージを所狭しとアクロバチックに動き回って観客を沸かせた。

 親子フェスティバルの催しとは思えないほどの大盛況ぶりで、騒ぎを聞きつけた人がぞくぞくと集まってくる。

 ステージが終わるころには、室内に入りきれず廊下に多くの人だかりができていた。

 催しに来た人のほとんどが集まったんじゃないかしら。

「プリ☆アニは地元を愛し、地元のために活動する、ローカルアイドルグループです。これからさらにメンバーを増やし、よりパワフルに活動していきますので、よろしくお願いします」

 カケルが締めくくり、みんなで一礼した。

 お披露目ステージは成功裏に終え、私たちは興奮さめやらぬまま控え室に戻った。

 こんな感覚は、きっと人間でなければ味わえないだろう。

 室内に入りメンバーが腰を下ろすと、

「みんな、お疲れ様。あまり時間がないから、僕は関係者に挨拶してくるよ。この部屋は次の利用者に明け渡さなくちゃならないんだ。十分ほどで戻ってくるから、帰る準備しておいてね」

 あとはお願いねとばかりに、カケルは両手を合わせ、足早に部屋を出ていった。

 まだお弁当箱とかが出しっぱなしなのよね。

 それらを私とノブが片づけていると、ドアをノックする音がした。次の利用者かしら?

「はい。どうぞ」

 振り返りながら返事をすると、ステージに来ていた銀髪の少女が部屋に入ってきた。

「なんか用?」

 彼女を快く思ってないヨーコが、そっけなく聞いた。

「め、メンバーに……なりたいんだけど……」

 緊張しているのか、少女は視線を斜め下に逸らしながら、おどおどした声である。

「なってもらわなくて結構よ。さようなら」

「……な、なんでよ。メンバーを増やすって言ったじゃない!」

 つっけんどんなヨーコに、少女が声を張り上げた。

「アンタみたいな高慢ちきは、アイドルに向いてないわ。諦めなさい」

 どの口が言う! とツッコみたいけど、黙ってた方が無難だろう。

 ノブも思いは同じなのか、私にツッコめと手で合図してきた。私はどうぞどうぞと手を差し出して譲る。

 二人で譲り合いの応酬をしていると、

「アンタたち、さっきから何やってんのよ」

 呆れ顔でヨーコにツッコまれた。

 まぁ、人間をメンバーにすると、いろいろと不都合が生じるから断るしかないんだけどね。だけど、もっと別の言い方があるだろうに。

 すると銀髪の少女は、身を震わせながら土下座し、

「お願いします。どうしてもメンバーになりたいのです」

 彼女の真剣な思いが伝わり、私はほっとけなくなった。

「何故、そこまでしてウチのメンバーになりたいの?」

「わたくしは白蛇山の山奥にある小さな神社の祭神で、名をハクと言う白蛇です」

「えっ!? あなた蛇なの?」

「いい加減、人と人ならざる者を見分けられるようになりなさいよね。へんちく琳」

 ヨーコが呆れまじりにツッコんだ。

「だってぇ……ねぇねぇ、ノブは蛇だって気づいた?」

「もちろんだにゃ~」

 さも当然と言わんばかりの口振りである。

 なんか小馬鹿にされたようで、地味にショックだわ。

「神社は神職がおらず、長らく参拝者も訪れなかったので廃神社と化していました。人々に忘れられたわたくしは風前の灯火でした。だけどある日突然、見知らぬ六十代半ばの夫婦が訪れたのです。彼らは毎日のようにやってきて、参拝と神社の手入れをしてくれたので、わたくしは少しずつ元気を取り戻していきました。いずこかの神社で宮司をしていた男性は、偶然わたくしの神社について知ったらしいです。そして務めていた神社を退いたあと、わたくしの神社の宮司となり、立て直すために尽くしてくれました。優しい宮司夫妻が来てくれるだけで、わたくしは幸せでした。だけど、それも長くは続かなかった。いいえ、十年以上続いたから人間には長いのかもしれないけど……。七十代後半の老夫婦に山道は厳しく、徐々に足が遠のいていったのです。もう一ヶ月以上も訪れていません。彼らだけが、わたくしの唯一の救い、希望だったのに……」

「神として無能だから参拝者が訪れないのであって、忘れられ廃れるのは自業自得よ」

 沈痛な面持ちで語るハクを、ヨーコが容赦なく罵る。

「そんなことは十分にわかっています。それでもこんなわたくしを宮司夫妻は、崇め感謝してくれました。感謝しなくてはならないのは、わたくしの方なのに。彼らに出会うまでのわたくしは、人間に見捨てられたという思いで心がすさんでいました。だけど宮司夫妻の優しさにふれ、神としての尊厳を取り戻すことができたのです。彼らのおかげでどれだけ救われたことか。どんなに幸せな十年間だったか。それなのに恩返しどころか、感謝の気持ちすら伝えていません。わたくしは神として失格です」

 悔いるようにハクは額を床にこすりつけ、肩を震わせ涙を零した。

「もう誰も神社を訪れることはないでしょう。でもこのまま黄泉の国へ旅立つわけにはいかない。子どもに恵まれなかった夫妻のお世話をしようと、わたくしは最後の力を振り絞り、なんとか人間の姿に化身しました。だけど彼らがどこに住んでいるのかわからず、あてもなく彷徨ってここに辿り着いたのです。地元のために活動するプリ☆アニのメンバーとなり神社を宣伝すれば、参拝者が訪れるようになるかもしれない。そうすれば夫妻が喜んでくれるだろうし、彼らに出会えるかもしれないと考えたのです」

「それは残念だったわね。地元のためというのは表向きで、プリ☆アニはアタシの野望を叶えるためのグループなの。諦めて他をあたることね」

 おもむろに立ち上がったハクは、険しい表情でヨーコを見下ろした。

「狐は神使なんだから、神であるわたくしに従いなさい」

「どこの馬の骨だか知れない蛇神の使いになった覚えはないわ。狐は稲荷神の使いよ」

「くっ……どんなに待ち望んでも誰も訪れない寂しさがあなたにわかる? 広く信仰を集める稲荷神の神使には、わからないでしょうね」

 ハクは唇を噛みしめながら、ヨーコをキッと睨んだ。

 まったく動じないヨーコは、まじろぎもせず睨み返す。

 対峙する九尾の狐と蛇神の迫力に気圧され、私は言葉を失った。

 そこにドアをノックしてカケルが入ってきた。

「時間だから帰る……もしかして、お取り込み中? 少し外で待っていようか?」

「その必要はないわ。もう話は済んだから帰るわよ」

 淡々と言ってヨーコはスタスタと出口に向かう。

 ハクも私と同じで精一杯恩返しをしようとしている。なのに、ヨーコがこんなにもわからず屋だったなんて──

「待ちなさいよ、ヨーコ!」

 私は怒りを露わに呼び止めた。

「何よ、早くしなさいよね。メンバーが増えたんだから、役割とか決めないとならないでしょ」

 そう言って振り返らずにヨーコは部屋を出ていく。

 メンバーが増えた……。私はハクの手を引いてヨーコの後を追った。

 そうよ、ヨーコは誰も訪れない寂しさを知っている。だって一人で活動していたとき、観客が集まらなくて寂しい思いをしていたに違いないんだもの。

 ヨーコったら、ほんと素直じゃないんだから──


 こうして、プリ☆アニに白蛇しろへび☆ハクという四人目のメンバーが加わった。

 シャイだからかオドオドしてるけど、恩返しのためにヨーコと渡り合った心優しい寂しがり屋さん。

 美声のハクは、ヨーコとのハーモニーが絶妙で、デュエットすることになった。

 ヨーコに引けを取らない白肌で長身のスレンダー美人。

 メンバー最年長の十七歳である。

 プリ☆アニにとってかなりの戦力になるのは間違いないわね。

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