第三章 プリ☆アニ

第6話 黒猫

 翌朝になるとヨーコの傷は、ほぼ完治していた。

 治癒能力で回復が早いと、自慢するだけのことはある。

 みんなで朝食をとっていても、誰もヨーコの傷についてふれることはなかった。

「ごちそうさま。げっぷ」

 食事を終えたヨーコは、満足げに膨らんだお腹を両手で抱えながら自室に戻ろうとする。

「あっ、ヨーコちゃん。夕べ一晩考えたんだけど、ユニットを組むならユニット名とか、ちゃんと決めた方がいいと思うんだよね。だから、ぼ、僕の部屋で話し合いをしたいんだけど……まだ、ヨーコちゃんに僕の部屋を見せてないし……どうかな?」

 カケルはヨーコを呼び止め、はにかみながら部屋に誘う。

「いいわよ。じゃあ、お茶とお菓子を用意して待ってなさい。アタシはミルクティーね」

「うん。すぐに準備するよ」

 彼は声を弾ませながら、軽い足取りで支度にとりかかった。

 ややあってカケルが呼びに来たので、私たちは彼の部屋へついていく。

 ヨーコは部屋の前に来ると、

「今日から、ここは事務所兼ミーティングルームね。ドアに表札を貼っておきなさい」

 と、カケルに指示した。

「うん。あとで紙に印刷して貼っておくね」

 勝手に自室を会議室にされても、カケルは嫌な顔一つせず頷いた。

 ズカズカと室内に入ったヨーコは、過剰に飾られた彼女のグッズを見て「まぁまぁね」と呟き、勉強机の椅子にどかっと腰を下して踏ん反り返った。

 私とカケルはローテーブルを挟んで座布団に座る。

「じゃあ早速だけど、ユニット結成会議を始めるね。まずはユニット名を決めようか。何かいい案ある?」

 カケルが進行役を務める。

「絶世美少女のヨーコ様と、ゆかいな仲間たち」

 ヨーコがお菓子を頬張りながら即答する。

「さすがヨーコちゃん。最高のネーミングだよ。だけど『仲間たち』ということは、メンバーを増やすつもり?」

 どこが最高のネーミングなのよ。まったくカケルったら、完全にヨーコの太鼓持ちじゃない。

「最近のアイドルは数で勝負でしょ。いくら絶世美少女のアタシでも、多勢に無勢では分が悪いのよね。アタシの人気がイマイチなのは、一人で活動してるからだとわかったの」

 全然わかってないけど、人気がイマイチという自覚はあるみたいね。まぁ、イマイチどころじゃないけど。

「だから、へんてこ琳とユニットを組んであげたんだけど、まったくの戦力外じゃない。アタシの引き立て役にもならないでしょ。だから、あと二、三人は欲しいわね」

「失礼ね。私の名前は、文福ぶんぶく りんよ!」

 私は口を尖らせて訂正する。

「どっちでも一緒よ。へんてこりんなんだから」

「へんてこりんはヨーコでしょ!」

「まぁ、まぁ。メンバー同士、仲良くしようよ。それじゃ、グループのコンセプトを決めようか」

 睨めっこする私とヨーコの間に、カケルが割って入る。

「「コンセプト?」」

 ついさっきまで口喧嘩していたとは思えないほど、私とヨーコは声を合わせて聞き返した。

「うん。有名どころでは『悔いに行けるアイドル』かな。他にもアニメやゲーム、野菜をPRするアイドルとかもあるよ」

「なら、コンセプトは動物がいいわ。アタシは金狐ゴールデンフォックス。名前は金狐☆ヨーコね」

「うん、うん。まさにヨーコちゃんのイメージにピッタリだよ。じゃあメンバーカラーは金色だね」

「メンバーカラー?」

「アイドルグループは、メンバーそれぞれにイメージするカラーをつけることがあるんだ」

「なら琳は茶色の狸ね。名前は茶狸ちゃだぬき☆リン」

「そんなの嫌よ。茶色なんて全然アイドルらしくないもの」

 何も考えてないというか、ヨーコがあまりにもぞんざいに決めるので、私はすぐさま抗議した。

 もっと洒落た可愛い名前がいいわ。チョコレート☆リンやショコラ☆リンとかね。

「はぁ? まさか、アタシが赤で、りんが緑とか言うんじゃないでしょうね。そんなカップ麺みたいな色の方が、あり得ないわよ」

 ヨーコは呆れたように肩をすくめる。

 そんなこと私は一言も言ってないけど、まだ緑の方がアイドルっぽくてマシだわ。

「さすがヨーコちゃん。茶狸は琳ちゃんにピッタリだよ。でもコンセプトが動物だと、『ムツゴ○ウとゆかいな仲間たち』に間違えられそうだから、ユニット名を変えた方がいいよ。そうだな……ヨーコちゃんの『可愛い』と『動物』を合わせて、プリティ☆アニマルっていうのはどうかな。略してプリ☆アニ」

「……カケルにしては悪くないわね。それでいいわよ」

 ヨーコは少し考えていたけど、意外にもあっさりと受け入れたので、ユニット名はプリティ☆アニマルに決まった。

「次はキャッチフレーズなんだけど──」

「アタシは、『千年に一人の絶世美少女』のままでいいわ」

「じゃあ琳ちゃんは、何がいい?」

「えっ!? 私は……」

 いきなりカケルに振られて、私が考えあぐねていると、

「本当にのろまなんだから。いいわ。アタシが決めてあげる。そうね……『へんてこりん星からやってきた、みょうちく琳』ってのは、どう?」

 ヨーコが横から口を挟んだ。

「いいわけないでしょ。勝手に決めないでよね」

 間髪を容れずに不服を唱える──っていうか、こり○星から苺云々のパクリでしょ!

「まさに琳ちゃんのイメージにピッタリだよ。ヨーコちゃんは本当にセンスがいいよね」

 心底感心するカケルに、「どこがピッタリなのよ!」と、私は目を吊り上げながら詰め寄る。

 カケルがたじろぎ返答に窮していると、わずかに開いていたドアの隙間から黒猫が入ってきて、「フーッ」と私たちを威嚇した。

 横向きで体を大きく見せながら毛を逆立てる猫に対し、私とヨーコは同じポーズで唸り声をあげ応戦する。

「あっ、ノブナガ。入ってきちゃダメって言っただろ。ヨーコちゃん、ごめんね。すぐに出すから」

「待ちなさい、カケル」

 渡りに船とばかりに黒猫を部屋の外へ出そうとするカケルを、ヨーコが引き留めた。

 そしてメモ用紙に何かを書いてカケルに渡し、

「それを今すぐ買ってきてちょうだい。猫は室内ここに置いていくのよ。このアタシに牙を剥いたんだから、ただでは済まさないわ」

 と怒りを露にする。

「ノブナガはとてもいい子で、大切な家族の一員なんだ。だから……その……いじめないでね」

「四の五の言わず、さっさと買ってきなさい!」

「う、うん」

 ヨーコに激しく怒鳴られ、カケルは逃げるように走り去る。

「フフフッ。これで邪魔者はいなくなったわ。観念しなさい」

 ドアを閉めニタリとしながら振り返るヨーコに、黒猫は怯えた様子で後退りする。

 きっとヨーコがただ者じゃないと察したのね。私たちを人間でないと見破ったくらいだもの。

 狂気を孕んだような笑みを浮かべ、徐々にノブナガを追い詰めるヨーコ。

 日本三大悪妖怪の一匹に数えられる彼女が、本気でやったら猫なんか瞬殺よね。

「ちょっとヨーコ。もう許してあげたら? こんなに怯えて可哀想じゃない」

「ダメよ。このアタシに喧嘩を売ったんだから、落とし前はきっちりつけさせてもらうわ」

「落とし前って……」

 鋭い眼差しでノブナガを射竦めたヨーコは、

「許してほしかったら、プリ☆アニのメンバーになりなさい!」

 と、恫喝した……?

「はぁ? 何言ってんのよ。いくらメンバーが足りないからって、猫の手を借りてどうするつもり?」

 真顔で黒猫をメンバーに誘うヨーコに、私は呆れ混じりにツッコむ。

「今は空前の猫ブームなんだから、これを利用しない手はないでしょ」

 私が戦力外だからメンバーを増やすって言ったわよね。

 つまり私は猫以下ってこと!? 失礼ね!

「断るにゃ!」

「当然よ。いくらブームだからってえええええっ! 猫が喋った!?」

 私は目を丸くしながら、ノブナガを二度見する。

「何驚いてんのよ。この猫は化け猫よ。そんなことも気づかないなんて、ほんとポンコツ琳なんだから」

 ヨーコは呆れまじりに口にした。

 まぁ、たぬきヨーコきつねが喋っているんだもの。猫が喋っても、おかしくはないわよね。

「ボクはお前たちが大嫌いにゃ。とっととこの家から出ていって欲しいにゃ」

「はぁ!? このアタシに盾突くなんて、いい度胸しているわね」

 ヨーコはチンピラよろしくガンを飛ばし、凄みを利かせた声で威圧する。

「お、お、脅しても無駄にゃ。だ、断固拒否するにゃ」

 ガクガク震え大量の冷や汗をかきながらも屈しないノブナガに、一つため息をついたヨーコは態度を軟化させ、

「アンタ、捨てられて死にかけたところを、カケルに助けられたそうね。メンバーになって恩返しをしなさい」

「もう恩返しなら十分にしているにゃ。ご主人さまは、ボクを膝に乗せて撫でると、癒されるんだにゃ」

 反抗的なノブナガの態度に、ヨーコはわなわなと身を震わせ、

「はあっ!? こっちが下手に出てれば、いい気になって──」

「どこが下手にゃ!」

 その通りだと、つい何度も頷く私を、ヨーコが怖い顔で睨みつける。

「つべこべ言わずアタシに服従しなさい!」

 ヨーコは黒猫を無理やり床に押さえつけた。

 そこにドアを開け、「買ってきたよ」と息を切らせながらドラッグストアの袋を差し出したカケルは、呆然と立ち尽くす。

「ノブ……ナガ……」

「……こほん」と一つ咳払いをして立ち上がったヨーコは、スタスタとカケルのもとへ行き袋を奪い取ると、「呼ぶまでリビングで待ってなさい」と命じた。

「でも、ノブナガ……」

「うるさいわね。こっちは取り込み中なんだから、邪魔しないで!」

 ヨーコに激しく怒鳴られたカケルは、「ご、ごめんなさい」と謝ると、心配げに何度も振り返りながら階段を下りていく。

 それを部屋の出入り口で仁王立ちのヨーコが見届ける。

 その隙を突いて彼女の足元から外へ猛ダッシュで脱走しようとする黒猫。

 とっさにヨーコが後ろ蹴りを放つと、ノブナガは鋭い反射神経で大きく飛び退いた。

 ヨーコは振り返ると、後ろ手にドアを閉めながら片頬に笑みを浮かべ、

「言うことを聞くまで、逃がさないわよ」

「やだ、やだ、やだにゃ。絶対に言うことなんか聞かないにゃ!」

「なら奥の手を使うしかないわね」

 ヨーコはため息まじりに呟いた。

「奥の手?」

 私の問いにヨーコは悪魔のような表情を浮かべ、

「フフフッ。ドラッグよ。薬漬けにして逆らえないようにしてやるわ」

「ちょ、ちょっと。それヤバくないの!?」

「大丈夫。今はまだ合法だから」

 もしかして脱法ドラッグ!?

 ヨーコは袋から小さな容器を取り出すと、ノブナガの頭上から中身を軽く振りまいた。

 するとノブナガは、たちまち目がとろ~んとしてヨダレを垂らし、だらしない表情へと一変。

「こんなの初めてにゃ。もっと、もっと欲しいにゃ~」

 頭上の容器めがけてノブナガがジャンプすると、すかさずヨーコは容器を持つ手を引っ込めた。

「アタシに服従を誓いなさい。そうすれば、いくらでもあげるわよ」

「誓うにゃ。だから、くれにゃ。すぐに、くれにゃ」

 黒猫は甘えるように頭をヨーコの足に何度もこすりつけて懇願する。

 ヨダレを拭いているようにしか見えないけど、面白いから黙っていよう。

 こうしてヨーコのオモチャが、また一つ増えた。恐るべし、粉末マタタビ。

「アタシの言うことを聞いてからよ。まずは人間の姿になりなさい」

「わかったにゃ」

 二つ返事で変化へんげしたノブナガは、ショートカットの似合うボーイッシュな女の子だった。

「ノブナガって女の子だったの? ボクって言うから、てっきり……」

 雄だと思っていた私は、愛嬌のある彼女をまじまじと見ながら尋ねた。

 マタタビのせいで締まりのない顔になってるけど、普段は可愛いと容易に想像がつく。

「ご主人さまはボクを雄だと思ってたから、男の名前を付けたんだにゃ。それより早くくれにゃ」

 ヨダレを垂れ流しながらヨーコに詰め寄るノブナガ。

「服を着てからよ。琳、アンタに背格好が近いから、着るものを貸してあげなさい。それからカケルに、十分後ここへ来るように伝えて」

 私は階段からリビングのカケルに声をかけると、自室へ行きメイド服を持ってカケルの部屋へ戻った。

 茶色のブラウスとかぼちゃパンツは私が着ているから、あとはメイド服しかないのよね。

 室内に入るとノブナガは泥酔状態で、「にゃははははははは~」と、楽しそうに床を転げまわっていた。

「ど、どうしたの?」

「ノブナガに飛びつかれて、思わず容器を落としちゃったのよ。床にぶちまけたマタタビを舐めて、このありさま。とにかく服を着せるわよ」

 私とヨーコは、嫌がるノブナガを押さえつけて下着を履かせ、服を着せようとしたとき──

「十分経ったよ。ノブナ──」

 ドアを開けて、口も大きく開けたまま固まるカケル。

「助けてにゃ~」

 きっとカケルには、私たちが嫌がる女の子の服を、無理やり脱がしているように見えたと思う。

「ち、違うの、カケル。これは……その……」

 私はなんとか取り繕うとしたけど、どうやって誤魔化せばいいのよ!?

 カケルは、ツーっと鼻血を垂らしながら、見てはいけないものを見てしまったとばかりに、そっとドアを閉めようとする。

「あ~っ、ごしゅじんさにゃ~」

 叫びながら下着姿の少女が、カケルに飛びつく。

 頭の中が混乱しているのか、受け身も取れずに押し倒されたカケルは、そのまま意識を失った。

 カケルの顔を舐めたり、頭をこすりつけたりするノブナガを引き離し、格闘すること十数分。なんとか服を着せることができた。

 彼女を部屋に閉じ込め、私とヨーコはぜぇぜぇと息を切らせながら廊下に出る。

 ノブナガに蹴られたりした腹いせなのかヨーコは足蹴でカケルを叩き起こした。

「う~ん……僕、どうしたの?」

 どうやらまだ頭が混乱している模様。

「廊下で大きな音がしたから、見たらカケルが倒れていたの。だから介抱してあげてたのよ。とても心配したんだから」

 空々しく心配するヨーコをカケルは信じたらしく、嬉しそうな表情を浮かべている。

「でも、何か衝撃を受けたような………………」

 しばし腕組みしながら必死に思い出そうとしたカケルは、ぽんと手を叩いて叫んだ。

「そうだ、ヨーコちゃんと琳ちゃんが見知らぬ女の子の服を、無理やり脱がしている夢を見たんだよ」

「よ、欲求不満なんじゃない? 鼻血が出てるわよ、大丈夫?」

「ちょっと後頭部が痛いけど、大丈夫だよ」

 ヨーコに鼻血を拭われ、カケルは鼻の下を伸ばしながら返事した。

 ドアを少し開けて部屋の中を覗くと、ノブナガは疲れたのかイビキをかきながら眠っている。

 私は部屋に入り、畳の上で大の字に寝ているノブナガをベッドへ運んで、ヨーコにOKサインを出す。

「それじゃあ部屋に入りましょう。新しいメンバーが見つかったから紹介するわ」

 そう言うとヨーコはカケルを引き連れて部屋に入った。

 カケルはベッドに横たわる少女を見て、目をぱちくりさせる。

「ああああああっ!」

 ノブナガを指さしながら取り乱すカケルの口をヨーコは慌てて塞ぎ、

「静かに。起きたら大変なんだから」

「この子だよ。夢で見た子だ」

「気のせいでしょ。それともアタシ以外の女の子の夢を見たっていうの? 浮気者は嫌いよ」

 白々しくもヨーコは、口を尖らせてそっぽを向き、すねた態度を見せる。

「ち、違うよ。僕はヨーコちゃん一筋だもん。きっと頭を打って混乱しているんだ。はははっ……そ、そうだ。会議の続きをやろう。新しいメンバーについて、いろいろと決めないとね」

 カケルは話をはぐらかし、そそくさと座布団に座ったので、私たちもそれぞれの席に着いた。

 するとノブナガが目を覚まし、むくりと上体を起こして寝ぼけ眼をこすりながら、じぃ~っとカケルを凝視する。

 そして、「ご主人さにゃ~っ」と彼に抱き付いた。

「わあああああっ! な、なんなんだ!?」

「浮気者」

 慌てふためくカケルの耳元で、ヨーコが意地悪げに囁く。

「ご、誤解だよ。ヨーコちゃん。誰か助けて」

 カケルはメイド服の少女から必死に逃れようともがく。

 見かねた私は、ノブナガをカケルから引き離し、羽交い絞めにした。

「あ、ありがとう、琳ちゃん。そのまま放さないでね。会議を始めるから。えっと……その子の名前は?」

「ノブナ──」

 そう言いかけたノブナガの口を、私は慌てて塞いだ。

「ノブよ。黒猫ノブ」

 ヨーコが機転を利かせて答える。

「じゃあ、メンバーカラーは黒だね。ノブちゃんの年齢は?」

「十五だにゃ~」

「十五歳ね。次にキャッチフレーズなんだけど、何かある?」

「とろみマグロのしらす添えがいいにゃ~」

 それはキャットフードでしょ。

「『とろみマグロのしらす添え』ね」

 ノブを警戒しながらもカケルは淡々とノートパソコンに入力していく。


「最後に、衣装について僕から提案なんだけど、それぞれの動物をイメージしたものがいいと思うんだ。今ネットで調べたら、動物の着ぐるみが安く手に入るんだけど、どうかな?」

 カケルはノートパソコンで、私たちに狸の着ぐるみ画像を見せてくれた。ネット通販のサイトらしく、コスチュームを身に纏いフードを被った女性が、可愛らしくポーズをとっている。灰褐色を基調として、お腹は白く罰点の出ベソ、フードはひょうきんな狸の顔だ。

 着ぐるみとはいっても、キャラクターショーとかでやるような本格的なものではなく、綿素材の半袖で着ぐるみパジャマとある。価格が二千円強でいかにも安っぽい作りだ。

 画面下部におすすめ商品の小さな画像が並んでいて、その一つをヨーコがタップすると、その商品ページに移動した。笠をかぶり左手に徳利、右手に通い帳を持った設樂焼の狸。蕎麦屋の店先とかにあるやつだ。過剰な装備品のせいか定価は二万円と高額なのだが、処分品で二千円になっている。

 どうやら人間は、狸に滑稽なイメージがあるらしい。なんか不愉快だわ。

「ほーほっほっほっほっ。この滑稽な着ぐるみがいいわ。太鼓腹に大きな金袋、琳にお似合いよ。ほーほっほっほっほっ」

 ヨーコは涙を流しながら笑いこけた。

「こんなの嫌よ。全然可愛くないもん」

 断固拒否するも彼女はケラケラと笑い聞く耳を持たない。

 私がむくれているとカケルが気を遣ってくれたのか、狐の着ぐるみ画像に切り替えて、

「ヨ、ヨーコちゃんは、これなんかどう?」

「あはしはっはふふははいはひはいわほ(アタシは、和服以外は着ないわよ)」

 笑いながら答えるヨーコ。

「でも和服は高いし、やはり動物で統一した方が……」

 カケルが説得するも、ヨーコは耳を貸そうとしない。

「これ可愛い。私、こっちがいいな。ヨーコが着ないのなら、いいでしょ」

 この際、設樂焼の狸でなければなんでもいいわ。可愛いのは本当だけどね。

「ダメよ。設樂焼の着ぐるみじゃないと笑えないでしょ」

「プリ☆アニはアイドルグループよね。笑いをとってどうすんのよ」

「いいのよ。だって人間を化かし、狸をバカにするのが、アタシのモットーなんだから」

「何よ、それ?」

「とにかく、この可愛い狐の着ぐるみは、琳には似合わないわ」

「僕もそう思う。これを着こなせるのは、ヨーコちゃんだけだもの。ヨーコちゃんの魅力と相まって、世の中の男性がイチコロになるのは確実だよ」

 ヨーコの着ぐるみ姿を想像してか、カケルは遠い目でうっとりする。

「……し、仕方ないわね。そこまで言うのなら、着てあげてもいいわよ。ただし琳は設樂焼よ」

 簡単に乗せられるヨーコって、もしかしてチョロい?

 私は設樂焼の着ぐるみを拒むも、カケルに口説かれ渋々承諾した。

 なんでも設樂焼の狸は八相縁起といって、災難から身を守る笠や金運の金袋など、八つの意味がある縁起物らしい。

 また『他を抜く』という意味もあり、商売繁盛として店先などに置かれるそうだ。

 だからプリ☆アニのマスコットになってほしいと、カケルにお願いされたんだけど、どう見ても道化役よね。アイドルの衣装じゃない。

「じゃあ、ノブちゃんのも検索するから、ちょっと待ってね。着ぐるみ、黒猫…………ああああっ! すっかり忘れてたけど、ノブナガはどうしたの?」

「さぁ? カケルが来る前に、どこかへ行っちゃったわよ」

 狼狽するカケルに、ヨーコは白々しい嘘をついてそっぽを向いた。

「悪いけどノブナガが心配だから捜してくるよ」

 カケルは立ち上がり、急いで部屋を出ていこうとする。

「ボクはここにゃ~」

 慌てて私は、手を振るノブの口を塞いだ。

 ヨーコは軽くため息をつき、カケルを呼び止める。

「カケル、待ちなさい。ノブナガの行き先に心当たりがあるから、琳とノブに連れてこさせるわ」

「ホント!? 頼むよ」

 私はノブを羽交い絞めにしたまま、自室へ連れていく。

 猫の姿に戻ったノブナガは、カケルの部屋へ戻ろうとするも、マタタビの影響でふらつきながら明後日の方向へ歩き出す。

 そしてドアと間違えているのか、懸命に壁を押し開けようとする。

 仕方ないので私は、酩酊した黒猫を抱きかかえてカケルの部屋へ戻り、彼に手渡した。

「ノ、ノブナガ……ヨーコちゃん、ノブナガに何を……」

 だらしない顔で朦朧とするノブナガを抱きしめながら、カケルは今にも泣きそうな声でヨーコに尋ねた。

「ちょっと、カケル。人聞きの悪いこと言わないでちょうだい。まるでアタシがいじめたみたいじゃない」

 みたいじゃなくて、いじめたでしょ。

「いや、そういうつもりじゃ……」

「アタシはね、仲良くなろうと大好物のマタタビを少しあげたの。そうしたらノブナガがアタシからマタタビを奪い取ってこの有り様よ。悪いのは、その意地汚い猫の方でしょ」

「そ、そうなんだ。もちろん、僕は最初からヨーコちゃんのこと疑ってないけどね……はははっ……そ、そういえば、ノブちゃんは?」

 どうやらヨーコに追及されて困ると、カケルは話題を変えてはぐらかすらしいわね。

「もう帰ったわよ。だから会議はこれでおしまい」

 ヨーコは一方的にお開きを告げて、スタスタと部屋を出ていった。

 私はため息まじりに「じゃあね」とカケルに声をかけ、ヨーコの後を追って自室に戻る。


 こうして、プリ☆アニに黒猫くろねこ☆ノブという三人目のメンバーが加わった。

 ショートカットでボーイッシュだけど、目が大きくてアヒル口の可愛い女の子。

 私とヨーコを嫌ってたけど、きっと仲良くやっていけるわよね。

 たぶん……。

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