第4話 アイドル・ユニット

 ふああああぁ。

 翌日、私は大きな欠伸をしながら目覚めた。

 疲れから爆睡してしまい、もうすぐお昼のようだ。

 地域おこしのイベントはとっくに始まってるけど、カケルの家には午後一時に行けばいい。

 少し早めに家へ向かうと、金色のハッピやハチマキを身に纏い、ヨーコの顔がプリントされたウチワを持ったカケルが出迎えた。

 嫌な予感が……的中した。カケルに同じ格好を強要? され、私は不承不承それを着用する。

 そしてカケルの父親が運転する車でイベント会場へと向かった。私は後部座席にカケルと並んで座っている。

「おじさんはワタルって言うんだ。よろしくね、琳ちゃん」

 カケルの父親が頬を緩めながら、バックミラー越しに話しかけてきた。

「お世話になります」

 私は愛想笑いで返す。

「おじさんも狸を助けたんだよ~」

 私の世話をカケルに丸投げしたくせに。それに、あんたのせいでペットキャリーに頭をぶつけたんだからね。

 たんこぶに手を当てながらワタルを睨みつける。

「あ、ありがとうございます」

「別に恩返しをしてほしくて言ってるんじゃないんだ。ただ、琳ちゃんみたいな可愛いむすめが欲しかったんだよね。ほんと気にしなくていいんだけど、パパと呼んでもいいからね」

 冗談じゃない。両親の仇である人間を、パパなんて呼べるわけがないでしょ!

「悪かったね。僕が可愛い娘じゃなくて」

 カケルが皮肉っぽく口を挟んだ。

「だ~ってぇ~。琳ちゃんみたいな娘に、『パパ、お帰り。お仕事で疲れたでしょ。肩もんであげるね』なんて言われたらぁ~、一日の疲れなんかぶっ飛んじゃうだろ~。ああ、なんか肩が凝ってきたなぁ~」

 私は鳥肌が立ってきたわよ!

「父さん、いい加減にしなよ。琳ちゃんが困ってるよ」

「お前だけズルいじゃないか。こんな可愛い子に恩返しをしてもらうなんて。きっと狸はお前より俺の方に恩を感じてるはずだぞ」

 殺意を抱いても、これっぽっちも恩なんて感じてませんよーだ。

 ワタルに見えないように、私はあっかんべーをする。

 カケルは大きくため息をつくと私に向かって、

「ごめんね。父さんのことを無視していいからね」

 と、申し訳なさそうな顔で謝る。

「お前、なんて酷いこと言うんだ。父さんはそんな子に育てた覚えはないぞ。さては反抗期だな──」

 その後もワタルの妄想は続いた。


 二十分ほどで到着した会場は、すでに多くの人で賑わっていた。

 あちこちの屋台から美味しそうな匂いがしてきて、思わずぐ~っと腹の虫が鳴きヨダレがこぼれる。

 昨日のお昼から何も食べていないのよね。

「カケル、ここから俺は別行動な。知人がイベントに参加してるから手伝ってくるよ。帰るときはスマホに連絡をくれ」

「うん」

「それから、ご当地グルメの屋台とか美味いもんがあるから、これで好きなもの食え」

 ワタルは財布から千円札を出してカケルに渡した。

「ありがとう。父さん」

 いいな……。

「はい。琳ちゃんも好きなもの食べていいからね」

 羨ましそうに見ていると、ワタルが私にも千円札をくれた。

「あ、ありがとう。パパ」

 思わず満面の笑みを浮かべる私に、ワタルは滝のように涙を流して喜ぶ。

 カケルは、「さあ、行くよ」と私の手を引き、名残惜しそうに見送るワタルを置き去りにして、ステージへと向かった。

「もうヨーコちゃんは会場入りしてるはずだから、僕は控え室に行ってくるよ。二十分後、そこのステージ前に集合ね。それまで自由に見学していてもいいし──」

 カケルの話を最後まで聞かずに、私の足は屋台の方へと向かっていた。

 アメリカンドッグに焼きそば、イカの姿焼き……どれも美味しそう。目移りしちゃう。おっと、ヨダレが……。

 私は悩んで、悩んで、悩み抜いた末、焼きそばとお好み焼きをいただいた。


 ──ああ、美味しかった。げっぷ。

 屋台の味を堪能して、会場の大きな時計に目をやると、すでに二十分近く経過していた。

「もうこんな時間。行かなくちゃ」

 ステージが見えるところまで行くと、カケルの姿を視認できた。

 遠くからでも金色のハッピ姿はよく目立つ。

 食べ物に目がくらんですっかり忘れてたけど、私も同じ格好なのよね。

 周りの人が私をじろじろ見ていたのは、可愛いからじゃなくて、このハッピのせい?

 ううん。そんなのまだマシだわ。何よりも恥ずかしいのはコレよね、コレ!

 ヨーコの顔が両面に大きくプリントされたウチワ。

 捨てちゃおうかしら、とゴミ箱を探すも見当たらない。

 仕方なく私はそれを隠すように両手で抱え、コソコソと歩く。

 Wデートなのか行く手にカケルと同い年くらいの男女四人が、楽しそうに立ち話をしている。

 その傍を足早に通り過ぎようとしたとき、彼らの会話が耳に入り思わず足を止めた。

「ねえねえ、あの変な格好してるの、カケルじゃない?」

 少女がカケルを指さして言った。

「カケルって、あのオタク?」

「そうだよ。だってパンフレットに、ヨーコの名前が載ってたもん」

「ヨーコって、ご当地アイドルだって勝手に名乗ってるヤツだろ。地元のイメージダウンになっちゃうよな」

「マジでヤバイよね。カケルって、あの格好でオタ芸をやるんでしょ」

「俺、あるイベントでオタ芸やってるカケルを見たことあるけど、マジで引いたわ~」

 少年がオタ芸の真似をして、みんなの嘲笑を誘った。

「面白いから、ちょっと揶揄ってこようぜ」

 もう一人の少年が意地悪げに囁く。

「よしなよ。仲間と思われたら、みっともないわ」

「そうよ。あんな変なのに関わらない方がいいって」

 少女たちは心底嫌そうな表情を浮かべる。

 なんか無性に腹が立って私は黙っていられなくなり、

「ちょっと、あんたたちなんなのよ!」

 ビシッとウチワを彼らに向け言い放った。

 振り向いた少年たちが、私の権幕に唖然とする。

 もしかしたらカケルと同じ格好だからかもしれないけど。それともウチワかしら?

「オタ芸は、夢に向かって頑張る人へのエールよ。カケルは精一杯応援してるだけじゃない。オタクのどこがいけないのよ!」

 カケルへの恩返しで頑張ってる私もバカにされたようで、なおさら腹が立った。

「あんたこそ、いきなりなんなのよ!」

 年下の私に詰め寄られて頭にきたのか、少女が言い返してきた。

 それに気づいたらしく、カケルが「琳ちゃん、どうしたの?」と、心配げに駆け寄ってくる。

 少年が気まずそうに、「よう、カケル」と片手を挙げると、カケルは、「やあ、みんなも来てたんだ」と笑顔を振りまいた。

「おい、カケル。その可愛い子とは、どういう関係なんだ?」

 顔を赤らめた少年が、チラチラと私を見ながら尋ねた。

「えっと……ヨーコちゃんを一緒に応援している仲間だよ」

「嘘だろ。君みたいな子がヨーコのファンだって? ヨーコなんかのどこがいいの? もしかしてカケルに騙されているんじゃない?」

 私だって、どこがいいのか教えて欲しいわよ! だけど、

「カケルがこんなに応援してるんだから、きっとどこかにいいところがあるはずよ!」

 言い返したつもりなのに、何故か少女たちが小馬鹿にしたような薄笑いを浮かべている。

 カケルに視線を移すと、彼は少し困ったような表情で、ぽりぽりと頬をかいていた。

「そうだ。これからヨーコちゃんのステージがあるから、みんなも一緒に応援しようよ。そうすれば彼女の魅力がわかるはずだよ」

 カケルはポンと手を叩き、満面の笑みで少年たちを誘う。

「わ、悪いけど、私たちこれから用があるの。ごめんね」

 少女が口先だけで謝ると、逃げるように彼らは立ち去った。

 よほどカケルの仲間に見られたくないらしい。

「ねぇ、あの人たちはなんなの?」

 残念そうに少年たちを見送るカケルに私は尋ねた。

「クラスメート、友達だよ」

「あんなの友達じゃない。だってカケルの陰口を叩いていたんだよ。オタクだからってバカにして──」

「そう……仕方ないよ。名前が織田駆だから織田駆オタクって呼ばれてるみたいなんだよね」

 カケルは頬をかきながら苦笑する。

 いや、そうじゃないでしょ。もしかしてオタクの自覚がないの?

「怒りなよ。カケルは何も悪くないんだから」

「いいよ。だってヨーコちゃんの悪口を言われたわけじゃないし」

 明らかに罵ってたでしょ。まったく、お人好しにも程があるわよ。

「そんなことより、もうすぐヨーコちゃんの出番だから急ごう」

 カケルは私の手を引いて、ステージの観客席に向かった。

 観客は幼い子どもとその母親、それに老夫婦とスーツ姿の青年だけ。彼は清潔感のある端正な顔立ちで、ヨーコよりもよほどアイドルっぽい。つと振り向いた青年が私に気づき微笑む。あううっ。笑われてしまった。恥ずかしさがぶり返し、慌てて私は火照った顔を背ける。

 まだオタ芸をマスターしてない私は、カケルの後ろでスタンバイする。

 司会者に紹介されて、舞台の袖から浴衣姿のヨーコが登場した。

 どう見ても十二単が似合いそうな実写版小野小町に、私は思わずぷっと吹き出す。

「では、ヨーコさんによる童謡メドレーをお聞きください」と司会者が伝えると、童謡の曲がかかった。

 童謡メドレー!?

「じゃあ、始めるよ」と振り向いたカケルに、

「ちょっと待って。ヨーコってローカルアイドルなんでしょ。どうして童謡なの?」と私は問う。

「曲を作ってもらうお金がないから、著作権の切れた童謡やわらべうたを歌っているんだよ。古風なヨーコちゃんは、昔の曲の方が歌いやすいんだって」

 確かに古風を通り越した顔だけど──

「ヨ────コ、ちゃ────ん」と、声を張り上げるカケルに釣られて私もコールする。

 何か違うような気がする。この状況でオタ芸は、どう見てもおかしいでしょ。さっき少年たちがマジで引くと言ってたけど、その意味がわかったわ。

 周囲の冷たい視線を感じながらも、恥ずかしさを払拭しようと一心不乱にオタ芸を打つ。

 そこへ追い打ちをかけるように、「遅れてごめん」とワタルがやってきた。私たちと同じ格好で、金色のハッピ姿にヨーコのウチワを握りしめ、応援に加わる。幽霊部員じゃなかったの!?

 ノリノリで切れがありカケルと一糸乱れぬオタ芸を打つその姿は、さすがは親子と感動さえ覚えるほどだけど、恥ずかしさは倍増よ! まさか筋金入りのヨーコファンだったなんて。

 いくら恩返しのためとはいえ、私は一体何をしているんだろう。オタ芸を打ちながら、思わず涙が零れそうになる。


 とても長く感じられたステージが終わると、ワタルは再び知人の手伝いに戻り、私はカケルにヨーコの控え室へ連れていかれた。はぁ……。いろんな意味で疲れたわ。

 部屋に入ると、ヨーコが椅子に踏ん反り返りお菓子を頬張っていた。

「アンタが琳ちゃんね。カケルから話は聞いているわ」

 まるで品定めでもするように、彼女は私をじろじろと見る。

「これから女同士の話があるから、カケルは会場でアタシの宣伝でもしてきなさい」

 さげすむような目をカケルに向け、外に出るよう顎で指図するヨーコ。

「うん。じゃあ話が終わったら、連絡ちょうだいね」

 カケルは従順な態度で部屋を出ていった。

 なんなのよ、この関係は!? まるで下僕じゃない。

「感謝しなさい。アタシとユニットを組ませてあげる」

 はぁ? いきなり何を言ってるの。

「せっかくですけど、お断りします」

 彼女の高飛車な態度が鼻持ちならないけど、カケルへの恩返しと割り切って丁寧に返答した。

「はぁ? アンタ、アタシの大ファンなのよね。そのアタシと一緒にアイドルをやれるのよ。嬉しくないの?」

 ヨーコは理解できないといった面持ちで肩をすくめた。

 当然でしょ。何が悲しくて小野小町と一緒に童謡を歌わなくちゃならないのよ。

 それもカケル親子のオタ芸つきという、めちゃくちゃ恥ずかしい状況で。

「ごめんなさい。私はカケルへの恩返しで、あなたを応援しているの」

「ふ~ん、そういうこと」

 不本意ながらも頭を下げた私に、意味ありげな含み笑いをするヨーコ。

「だから、私のことは諦めて──」

「アンタに拒否権はないの。黙って従えばいいのよ。アンタはアタシのオモチャなんだから」

 オモチャ!?

 さすがに堪忍袋の緒が切れ、

「さっきからなんなのよ! 一体何様のつもり」

 と、思わず口を突いて出た。

「アタシはヨ・ウ・コ様よ」

「そんなのわかってるわよ!」

 小野小町にそっくりで、売れないローカルアイドルだってね。おまけに高慢ちきで顔と性格が最悪、と出かかった言葉をなんとか飲み込む。

「そうじゃなくて──」

「まったく狸の分際で、ガタガタうるさいわね」

 彼女は私の言葉を遮るように言った。

 えっ!? 今なんて……聞き間違い!? ううん。確かに狸って言ったわ。どうして? お、落ち着くのよ。まだ正体がバレたと、決まったわけじゃないんだから。

「なっ、何よ。こんなに可愛い女の子を狸だなんて失礼しちゃうわ」

「アンタ、もしかしてバレてないとでも思ってるの? 尻尾が出てるわよ」

 小馬鹿にしたような態度でヨーコが私のお尻を指さす。

 ひえっ!?

 慌ててお尻に手を当て確認するけど何もない。

「あ、間違えた。尻尾じゃなくて耳だったわ」

 今度は私の頭を指さした。

 ばっ、と両手で頭を押さえ確認するも、やはり何もない。鏡を見ても、狸の尻尾も耳もない人間の女の子。もしかして、おちょくられている?

「じょ、冗談はよしてよね。どこから見ても人間の女の子じゃない」

「ほーほっほっほっほっ。本当に面白いわね。これだから狸を揶揄うのは、やめられないのよ」

 ヨーコは愉快げに高笑いした。

「だから私は狸じゃないって言ってるでしょ!」

「まだ白を切るつもり? なら試してみる? 狸ならどんなにうまく化けても、犬にはバレてしまうもの。そして犬に吠えられたり襲われたりすれば、狸の姿に戻ってしまうものよ。アタシは趣味で狩猟をやっていて、猟犬を会場の外に待機させているの。これからカケルに連れてこさせるわ。それでもアンタが人間のままでいたら、狸じゃないと認めてあげる」

 彼女の言う通り、犬に吠えられると化け狸は、元の姿に戻ってしまう。

 特に私は、猟犬に追われて両親を失ったトラウマがある。

 猟犬に吠えられたら、間違いなく狸の姿に戻ってしまうわ。

 カケルに狸だとバレてしまう。

「……わかったわ。狸だと認める。でも、どうやって見破ったの?」

「アンタみたいな下等生物には教えてあげない。アンタはアタシのオモチャなんだから、黙って従えばいいのよ」

「下等生物!?」

「そうよ。狸なんかに生まれたことを後悔するのね」

 これだから人間は嫌いなのよ。他の生物を見下して本当に頭にくる。

 だけど、どうして狸だとバレたのかしら。

 どんなに人類の進歩が凄くても、まだ狸だと見破る技術はないはず。

 私は室内を見回したけど、それらしい装置は何も見当たらなかった。

 もしかして人間に化けるところを見られた?

 いくら気をつけてひと気がないところで化けても、望遠鏡や監視カメラで見られた可能性はある。

 それとも異能者で、狸だと見破る特殊な能力があるのかしら?

「一つだけお願い。カケルには黙っていて欲しいの。さもないと恩返しができなくなるわ」

「いいわよ。そのかわり恩返しすることになった経緯を話しなさい」

 私は身の上話をかいつまんで説明した。

「──なるほどね。でも、これからはアタシに従うことが最優先で、カケルへの恩返しは二の次よ。いいわね」

「へい、へい」

 私はため息まじりに返事した。親の仇である人間に、それもかなり意地悪そうな少女に奴隷扱いされるなんて、これから一体どうなってしまうのかしら。

 へなへなとその場に頽れた私の憂いをよそに、ヨーコはスマホを取り出し電話をかけた。

「カケル、帰るから車を用意して。──そうよ。琳とユニットを組むことにしたから、今日から二人でカケルの家に居候することにしたの。──そうよ。でも、カケルの両親にはアタシから話すから、カケルは何も言っちゃだめ。いいわね」

 彼女は言いたいことを言うと、一方的に電話を切った。

 居候!?

「ちょっ、ちょっと。それ、どういうこと?」

「こんないいオモチャが手に入ったんだもの。二十四時間、手元に置いておきたいでしょ。たくさん遊んであげるわ。たくさん、も・て・あ・そ・ん・でね」

 ヨーコが悪魔のように微笑んだので、私は身の毛がよだった。

「嫌よ! ヨーコと……猟犬と一緒なんて」

「ああ、猟犬の話は嘘よ。アンタに白状させるためのね」

「騙したの!? 酷い!」

「十七歳のアタシが狩猟免許なんて持ってるわけないでしょ。おバカなアンタが悪いのよ。ほーほっほっほっほっ」

 ヨーコが高笑いをしていると、ドアをノックする音がして、外からカケルの声がした。

「ヨーコちゃん、車の準備ができたよ」

「すぐ行くわ」

 すくっと立ち上がったヨーコは、冷たい視線で私を見下ろし、荷物を持つように命じた。

 私は嘆息をもらしてバッグを手にすると、重い足取りで彼女に付き従う。

 駐車場へ行くと、ワタルが車で待っていた。

 ヨーコは運転席の窓から覗き込み、笑顔でワタルに声をかける。

「こんにちは、おじさま」

「やあ、ヨーコちゃん。どこまで送ればいい?」

「おじさま。今日から、アタシと琳が居候したいんだけど、いいかしら?」

「え!? ……も、もちろんだよ。こんなに可愛い娘が、いっぺんに二人もできるんだもの。おじさんは幸せだな~」

 ワタルは一瞬ためらうも、すぐにだらしない顔になって承諾した。

 ちょっ、ちょっと。何、そんな簡単に引き受けてんのよ。

 どこの馬の骨ともわからない少女を住まわすなんて犯罪じゃない。未成年者誘拐よ。このロリコン親父が!

「やった──────っ!」

 無邪気な子どものように、カケルは両手を挙げ全身で喜ぶ。

 まぁ、カケルがそんなに喜ぶのなら、同居してあげても──

「ヨーコちゃんと一緒、ヨーコちゃんと一緒」

 ウキウキと妙な踊りをするカケルに、私は無視かい! と心でツッコむ。


 妙にハイテンションな親子を乗せた車が織田家に到着。

「ただいま。さあ、上がって。上がって」

 ワタルに促され、私たちは家に上がった。

「お帰りなさ~い」

 奥から二十代前半と思われる可愛らしい女性が、にこやかに現れた。

 おっとりした口調で、春のひだまりのような温もりのある声だ。

 以前保護されたときに、何度か見かけたことがある。

 ノースリーブのカジュアルなワンピースは、爽やかな青地に色とりどりの花柄で、彼女にとても似合っている。

 ルーズサイドテールの綺麗なお姉さんといった感じで、てっきりカケルの姉だと思っていたのだが──

「俺の最愛の妻、アユミちゃんだ。こう見えて、三十七歳なんだよ~」

 彼女の肩を抱き寄せながら、ワタルが自慢げに紹介した。

 年齢を聞いてびっくりである。

 若作りし過ぎでしょ! と本来ならツッコむところだけど──似合っているのよね。とても。

 逆に年相応の格好は似合わないくらい、小柄でとても可愛らしい。

 むしろツッコむべきは、そんなに可愛いいのに何故ワタルなんかと結婚した!

「まぁ、ヨーコちゃん。いらっしゃ~い。あら、もう一人の可愛いお客さんは、カケルのお友達かしら?」

 アユミさんは可愛らしげに首を傾げ微笑む。

「そうなんだが、今日から二人ともウチで暮らすことになったんだ。よろしく頼むよ」

「まあ、そうな……はい?」

 ワタルを二度見して、アユミさんは素っ頓狂な声で聞き返す。

「おばさま。お世話になります」

 そう言ってヨーコは、あからさまに動揺して目を見開くアユミさんの前に出た。

「……もちろん歓迎するわ。ここを自分の家だと思っていいのよ。遠慮はいらないからね。何か困ったことがあったら、私を実の母のようになんでも相談してちょうだい」

 にこやかにヨーコをハグするアユミさん。

 おーい、犯罪ですよ~。まったくなんなのよ、この家族は。良識のある人間は一人もいないの? 恩返しする相手を間違えたんじゃないかしら。


 三日前までお世話になった洋間が、私たちの部屋になるらしい。

 カケルとワタルが部屋を片づけている間、私とヨーコはリビングでお茶とお菓子をいただきながら、アユミさんとたわいない話で時間をつぶした。彼女はとても気さくで、すぐに打ち解けた。カケルの母親だけあって、いい人そうだ。と言うより、『この親にしてこの子あり』なのだろう。

 しばらくするとカケルが浮かれた様子で降りてきた。部屋の準備ができたというので、私たちは彼の後について二階へ上がる。

「じゃ~ん。ここが二人の部屋だよ。さあ、どうぞ~」

 ヨーコとの同居がよほど嬉しいのか、カケルはドン引きするくらいのハイテンションである。

 室内には畳まれた布団が二組と、ローテーブルの周りに座布団が四つあるだけ。

「ふん。何よ、この殺風景な部屋は。もっと絶世美少女アイドルに相応しい、可愛い部屋にしなさいよね」

 ヨーコが文句をたれる。

 突然押しかけたも同然なのに、少女趣味風に設えられていたら、ドン引き通り越して怖いわよ。

「ごめんね、ヨーコちゃん。いまはこれしか用意できないんだ。それにウチは娘がいないから、どんな風にしていいかわからなくて。何か必要なものとかあるかい?」

 へこむ息子をワタルがフォローした。

「まずはベッドが欲しいわね。洋室に布団じゃ似合わないでしょ」

 さも当然のようにヨーコは答えた。

 遠慮って言葉を知らないのかしら。とても居候の態度とは思えない図々しさに、私は呆れ返る。

「じゃあ今度、二段ベッドを購入しよう」

「そんな。普通のセミダブルで十分ですわ」

「一緒に寝るなんて、二人は仲がいいんだね。おじさんも仲間にまぜて欲しいなぁ」

 冗談じゃないわ。人間なんかと一緒に寝るなんて。それも性悪なへちゃむくれ少女と、変態ロリコン親父に挟まれでもしたら生き地獄よ。

「いいえ。琳は布団がいいらしいので、ベッドはアタシ専用です」

 一緒に寝るのは嫌だけど、布団がいいなんて一言も言ってない。

「それじゃ、セミダブルのベッドに──」

「二段ベッドがいい!」

 ワタルの言葉を遮るように、私は主張した。

「はぁ!? 下等生物のくせに、アタシと同じとこなんて百万年早いのよ」

 ヨーコはぶっとい眉をひそめ、私の耳元で凄んだ。

 私は祈るように手を組み、目をウルウルさせながら、「パパ……」とワタルを見つめる。

「うん。やはり二段ベッドの方がいいだろう。セミダブルのベッドと布団じゃ、場所をとって部屋が狭くなるからね」

 ワタルは目尻を下げ嬉しそうに即答。

 勝った!

 小さくガッツポーズをとると、ヨーコが怖い顔で私の頭を小突いた。

 痛い!

「それでは一休みしたいので、殿方は退出してくださるかしら。それと何人たりとも、アタシの許可なく扉を開けるのは厳禁ですわよ」

「もしかして私も!?」

 まるで自分の部屋だと言わんばかりのヨーコに、ルームメイトである私は尋ねた。

「当然よ。もしアタシの下着姿を、このカケルむっつりスケベに見られたら、どうなるかわかるでしょ。男はオオカミなの。アタシが素肌を晒せば、いくらヘタレのカケルでも、理性を失ったケダモノになってしまうわ。みんなの絶世美少女アイドルが、冴えない一人の熱狂的なファンに手篭めにされてしまうのよ」

 ヨーコはカケルを指さしながら、散々なことを言い放った。

 被害妄想も甚だしい──というか、これからお世話になる父親ワタルの前で、その息子を捕まえて、なんて言い草なのかしら。

 声を大にして言ってやりたい。たとえヨーコが素っ裸になったとしても、手を出す物好きはいないわよって。ましてやカケルは──ずっとソワソワしていたのに、急におとなしくなったと思ったら、遠い目で鼻の下を伸ばしている。

 その隣で父親ワタルは、息子カケルと同じように遠い目でスケベ面をしている。

 何を妄想しているのやら。この親子は。

 二匹のオオカミが部屋から出ていくと、私はヨーコの指示に従い敷布団を敷いた。

「疲れたから寝るわね。夕食の準備ができたら起こしなさい。それまでカケルが覗かないように見張ってるのよ。いいわね」

 ヨーコは浴衣を脱ぎ捨て下着姿になると、それを綺麗に畳むよう私に命じた。

 まったく狸使いが荒い人間なんだか……ら…………。

「何してんの?」

 ヨーコに怪訝そうに問われ、ハッと我に返る。

 どうやら無意識に手をかざし、ヨーコの顔を視界から消して彼女の身体に見入ってたらしい。

「ううん。なんでもない。ゆっくり休んでちょうだい」

 今までは顔のインパクトが強すぎて目が向かなかったけど、透き通るような白い肌に年相応の理想的な体型で、つい見とれてしまった。

 とても羨ましいはずなのに……顔と身体がアンバランスすぎて残念というか、かえって可哀想にさえ思えてしまう。天は二物を与えずとは、このことなのね。

 ヨーコは布団の上で大の字になり、すぐに寝息を立て始めた。

 暑いから掛け布団はいらないらしい。とてもこんな姿、カケルには見せられないわね。

 私は浴衣を畳むと、自分の敷布団を敷いて、少し横になることにした。

 まったく、こき使われ疲れているのは私の方よ。

 私だって寝たいのに、彼女は眠ってる間も、私を使役するつもり?


 どれくらい時間が経ったのだろう。私がうつらうつらしていると、いきなりヨーコがガバッと起き上がった。

「ヨーコ? ぐえっ!」

 寝ぼけているのか、彼女は私のお腹を踏みつけて、外に出ていく。

 もう、痛いなぁ。

「うあああっ!」

 廊下からカケルの素っ頓狂な声がした。

 外に出てみると、茹でダコのように全身赤く染まったカケルが、腰を抜かしていた。

 どうやら下着姿のヨーコに出くわしたらしい。

 まったく、男はオオカミだから云々と言ってたくせに……くん、くん。この匂いは!?

「よ、ヨーコちゃん!?」

 今度は下からワタルの上擦った声が聞こえてきた。

 急いで一階に降りて台所に向かうと、ワタルはダイニングテーブルで夕刊を読んでいた。

 ヨーコを見てないと言わんばかりに、眼前で新聞を大きく広げ何食わぬ顔をしている。

「おばさま、アタシも、アタシも!」

 コンロの前で汁物の味見をするアユミさんの腕を掴み、ヨーコが駄々っ子のようにせがんでいる。

 アユミさんは小皿に汁をとり、にこやかな顔で「はい。どうぞ」とヨーコに渡す。

 下着姿の少女は一気に飲み干し、恍惚の表情を浮かべた。

「おばさま、もっと、もっと!」

「もうちょっとで完成だから、おとなしくテーブルで待っててね。それと服を着てちょうだい。でないとヨーコちゃんだけ夕食抜きですよ」

 アユミさんはやんわりとした口調で、幼い子に言い聞かせるように言った。

「そんな殺生な……」

 この世の終わりみたいな顔で力なく呟いたヨーコは、

「琳、急いでアタシの服を持ってきなさい!」

 と振り向きざま、八つ当たり気味に怒鳴った。

 もう。自分で部屋に戻って着てくればいいのに。

 仕方ないので浴衣を取ってきてヨーコに渡すと、彼女はそれを素早く身に纏う。夕食抜きの一言が効いたのか、浴衣の少女はテーブルに突っ伏しておとなしくしている。

 ややあって茹でダコ──もといカケルがやってきた。

 みんな席について待っていると、何とも言えない美味しそうな匂いが室内に立ち込め、あちこちの腹の虫が鳴いて合唱しだす。

 この匂いでヨーコは目を覚ましたみたいだけど、人間のくせに狸の私より鼻が利くなんて、どんだけ食い意地が張ってるのよ。


 調理が終わると、私とカケルは料理をテーブルに運ぶのを手伝った。

 散々お預けを食らい待ちわびたとばかりに、早速ヨーコが料理に手を伸ばす。

 それをすかさずパシッと叩いた笑顔のアユミさん。

「まだ食べちゃダメよ。みんな揃って、いただきますをしてからね」

「あううっ……」

 どうやら浴衣少女は味見だけで、胃袋を鷲掴みにされてしまったらしい。

 あの高慢ちきで我がままなヨーコが、素直に箸を置いた。

 炊き込みご飯と肉じゃが、汁物に副菜など、色とりどりの料理が食卓に並ぶ。

 みんなが席に着くと「いただきます」と合掌した。

「さあ、遠慮せず召し上がれ」

 とアユミさんが言うやいなや、ヨーコはガツガツと凄い勢いで食べ始めた。

 まるで残飯を貪る野良犬のような彼女に、私は呆れながら炊き込みご飯を口に運ぶ。

 !! うっま~い!

 これがアニメなら美味さのあまり裸になったり、口から叫び声の文字が飛び出したりするところよ。たった一口で私の胃袋も鷲掴みにされてしまったわ。

 我知らず貪り食っていた私は、ヨーコと競い合うように御代わりをした。

 私たちの食べっぷりに、カケルとワタルは目を丸くし、アユミさんは嬉しそうに微笑む。

 人間は何千年にもわたり試行錯誤を重ねて美味しい味を作ってきた。その集大成が彼女の料理と言っても過言ではないわね。

「アユミさんの料理、凄く美味しいです。ほっぺたが落ちそうなくらいに」

「まぁ、嬉しいわ。ありがとう。琳ちゃん」

「はがふはふが、ほっぐひほぐひふは(アタシなんか、とっくに落ちてるわ)」

 ハムスターのごとく頬袋をパンパンに膨らませたヨーコに、ぶーーっ!! と、たまらず吹き出した私は、

「何するのよ。もったいないじゃない!」

「ほがははがはほふがが!(それはアタシの台詞よ!)」

 私の飛ばした米粒をまんべんなく顔面にくっつけてヨーコは言い返した。


「げっぷ。ごちそうさま。もう食べられない」

 私とヨーコは、椅子に仰け反りながら満足げに妊婦のようなお腹を両手で抱えた。

「まあ、それは残念だわ。せっかく二人のために腕を振るってデザートを用意したのに、もう食べられないなんて──」

 アユミさんは冷蔵庫からパフェを取り出した。

 生クリームにバニラアイス、それにイチゴやバナナ、キウイなどのフルーツが盛り付けられた、高級レストランと比べても遜色ない本格的なパフェである。

「おばさまの意地悪。甘いものは別腹なのに──」

 身をよじらせながらヨーコが即答し、同感とばかりに私は何度も頷く。

 みんなにパフェが行き渡ると、早速食後のデザートをいただいた。見た目だけでなく味も格別である。

「おばさまの腕前は三つ星以上ね。お店を出せば繁盛は間違いないわよ」

 ヨーコは幸せそうにパフェを頬張りながら太鼓判を押す。

 私も同感とばかりに頷く。むろん狸の私が三つ星の味など知る由もないんだけど、それだけ美味しいってことよ。

「え~、でもぉ~。家族以外のために、腕を振るうつもりはないのよね」

 彼女はパフェを口にしながら返す。

「アユミさんは可愛いから店に出た方がいいと思う。きっと看板娘になって繁盛するのは確実だもの」

 私は素直にそう思った。実年齢からすれば、娘と言っていいのか疑問だけど。

「ありがとう、琳ちゃん。でもぉ~」

「それがダメなんだよ。以前母さんは売り子の仕事に就いたことがあってね、心配だから初日に様子を見に行ったんだけど、男たちにナンパされまくって一日で辞めちゃったんだ。そのとき母さんは、中学一年になったばかりの僕を彼氏だと紹介してほっぺにチューするから、ナンパ男たちに変な目で見られて参ったよ」

 アユミさんの事情をカケルが代弁した。

「マ、ママ。俺というものがありながら……」

 ワタルが狼狽えた様子で口を挟んだ。何を我が子に嫉妬しているのやら。

「だってぇ、旦那と子どもがいると説明しても、誰も信じてくれないんだもの。困ってたところにカケルが来てくれたから彼氏だと紹介すれば、みんな諦めてくれると思ったのよね。だけどみんな半信半疑だからぁ、チューすれば信じてもらえるかなぁって……浮気じゃないのよ。だって私は一生涯パパだけのものだもの」

 当然である。我が子のほっぺにチューしたくらいで浮気になるのなら、母親はみんな不倫してることになるわ。

 猫なで声のアユミに、ワタルはだらしない顔で、

「俺だって、アユミちゃんだけのものだよ」

 手を握り締め見つめ合うおバカな夫婦は放っといて、私たちはパフェを堪能した。

 ──けど、やはり二人の関係が気になったので、ワタルがトイレに立った隙にアユミさんの耳元で尋ねた。

「もしかしてアユミさんは、おじさんに弱みでも握られているんですか? それとも親を人質にとられてるとか、多額の借金があるとか──」

「? ? ? 別にないけど、どうして?」

 突飛な質問にアユミさんは、どうしてそんなことを聞くのかわからないといった表情を浮かべた。

「じゃあ、なんでおじさんと結婚させられたんですか?」

「!? うふふっ。させられたんじゃなくて、してもらったのよ。だってパパは子どものころからずっと私の憧れの人なんだもの」

 頬に両手を当てながら、可憐な少女のごとくはにかむ三十七歳。まぁ、違和感ないからいいんですけどね。

「じゃあ、おじさんとは幼馴染なんですか」

「そうよ。お隣さん同士で家族ぐるみの付き合いをしていたの。みんなとても仲が良くて、パパは私を妹のように可愛がってくれたわ。だから私は女性として見られなかったのよね。どうしてもパパのお嫁さんになりたくて、私はずっと頑張ってきたの。学生時代の成績はトップクラスだったし、花嫁修業として家事全般を習い美容にも気を使ったわ。でも彼はなかなか振り向いてくれなくて、結局私から告白してゲットしたのよね。他の女性に取られないように、今も努力は欠かさないんだから」

 まるで若手アイドルのように可愛らしく両手でガッツポーズをする三十七歳。いいんですけどね。

 つまり料理が上手いのも、若々しくて綺麗なのも、不断の努力によるものらしい。

 カケル曰く、料理は味や見た目だけでなく、食材や栄養バランスにも気を配り、かなり手間暇をかけているのだそうだ。

 だけど益々わからなくなってきたわ。

 そこまでして尽くすほど価値があるような旦那には、到底思えないもの。

 他の女性に取られないようにですって? 長年にわたり無用な努力をし続ける彼女が、なんだか不憫に思えてきたわ。

 むしろ旦那の方が、捨てられないように日々血の滲むような努力をすべきなのに。

「あの~、おじさんのどこがいいんですか?」

 ストレートに疑問を投げかけた。

「え~、見てわかると思うけどぉ、カッコよくて頼りがいがあるしぃ、優しくてぇ……」

 まったくわからん。

 質問の意味を履き違えているのだろうか。彼女は指を折りながら見当違いなことを列挙していく。

 けど一つだけわかったことがある。

 カケルがヨーコゲテモノ好きで無駄な努力をするは、母親ゆずりだってこと。

「あーっ、もしかしてパパに気があるの? いくら琳ちゃんでもパパに手を出したら許さなさいんだからぁ」

 アユミさんは可愛らしくほっぺを膨らませた。

 本人は怒ってるつもりなのだろうけど、どう見ても世の男性を萌えさせる仕草である。

「世の中の男性がすべておじさんになったとしても、決して手は出しませんから安心してください」

 私がきっぱりと言い切ると、

「まぁ、どうしましょう。みんなパパになったら逆ハーレムよね。でもすべてのパパを独り占めするなんてムリだわ。だって地球上の男性は35億もいるのよ」

 あり得ないことで一喜一憂して悩んでいる。この人本当に成績優秀だったのかしら?

「もしかしてアユミさんは、幼いころ車にひかれたとか高い所から落ちて、頭を打ったりしてません?」

「いいえ。崖から落ちたことはあるけど、ほとんど無傷だったのよ」

 アユミさんは首にかけられたハート型のペンダントを握り締めて目を細めた。

 やはりね。だって崖から落ちたのに無傷なんてあり得ないもの。きっと頭をぶつけたことすら忘れるくらい打ち所が悪くて、ワタルを好きだと思うようになってしまったんだわ。

 私が哀れみの目を向けると、彼女は首を傾げながら頭上に?マークを浮かべた。

 そこに冴えない亭主がトイレから戻ってきて嬉しそうに、

「おやおや、もしかしてガールズトークってやつかい?」

 そうよ。バラ色の人生が送れるはずだった不幸な美女と、たまたま隣に住んでただけで美女と結婚できた冴えない男の棚ぼた話をね。

「琳ちゃんがね、パパと私のおのろけ話を聞きたいって言うからぁ──」

 そんなこと一言も言ってないし、聞きたくもないわよ!


 こうして私と人間の共同生活が始まった。

 普通に夕飯を食べ、リビングでTVを見ながら雑談をして、順次フロに入り床についた。

 狸の私が気にするのもなんだけど、やはり道義的に問題あるでしょ!!

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