第二章 絶世美少女

第3話 ヨーコ

 部屋は六畳の和室で、ベッドに勉強机、本棚やローテーブルがある。一見シンプルで片づけられた部屋なのだが……壁一面にポスターやウチワ、ハッピなどが飾られている。

 カケルは祈るように両手を組み、うっとりとポスターを眺めながら、

秩山ちちやま市民なら知ってるよね。この絶世美少女を」

 美少女? お多福のお面をつけた浴衣姿の女の子よね……ぷっ。

 よく見たら、お面じゃなく人間の顔だったので、思わず吹き出してしまった。

 これのどこが美少女なのよ。だけどこの顔、何かで見たことがあるわ。えっと、確か……。

 私はポンと手を叩き、

「そうだわ。小野小町でしょ」

「ぶっぶーーっ。それは日本で言われている大昔の世界三大美女でしょ。そうじゃなくて現代の絶世美少女と言えば、ローカルアイドル期待の新星、ヨーコちゃんだよ」

 ローカルアイドル?

 太い眉毛に細い目の黒髪ロングヘア。どう見ても小野小町にしか見えない。

 こんなお多福が美少女だなんて、一体どういう美的感覚をしているのかしら。

 物好きにも程があるわよ。

「そこでだけど君がどうしても恩返しをしたいというのなら、ヨーコちゃんの応援を手伝って欲しいんだよね。どうかな?」

 彼は声を弾ませながら尋ねた。

 なんだ。そんなことか。大したことじゃなくて良かった。

 私は、ほっと胸を撫で下ろし、

「いいわよ。けど具体的に何をすればいいの?」

「そうだな……ヨーコちゃんのこと知らないみたいだから、まずは彼女のプロフィールを教えるね。彼女は十七歳の高校二年生。ローカルアイドルとして地域のイベントなどで活動しているんだ。芸能事務所に所属していないから、僕がボランティアでマネージャーをやり、彼女を支えているんだ。キャッチフレーズは見てわかると思うけど、『千年に一人の絶世美少女』だよ」

 『千年前に絶滅した美少女』の間違いじゃないの?

「ついでに僕の自己紹介もしておくね。ヨーコちゃんのファンクラブ会員No一番、織田おだ かける。高校一年の十六歳だよ。ちなみに君は会員No四番だからね」

 勝手に入会させられているし。

「四番!? ってことは、カケル以外に二人もいるの?」

 蓼食う虫も好き好きとは言うけど、きっと変わり者に違いないわね。

「うん。会員No二番は父さんで、三番は母さんなんだ」

 両親かいっ!

「友達も勧誘してるんだけど、誰も入会してくれないんだよね。どうしてかな?」

 心底疑問そうな彼に、声を大にして言ってやりたい。一目瞭然よ!

 どうせカケルの両親も、私と一緒で勝手に入会させられたんでしょうね。会員になってることすら知らないんじゃないかしら。

「カケルは、どうして彼女のファンになったの?」

「あれは一年前、僕がまだ中学生のときに家族で地域おこしのイベントに行って、彼女と運命的な出会いをしたんだ。僕はアイドルとかに興味はなかったんだけど、他の市からローカルアイドルがきていたので、物珍しさからちょっと覗いてみたんだよ。すると観客席にヨーコちゃんがいて、その圧倒的な可愛さから周囲の視線を独り占めしていたんだ」

 そりゃ、現代に小野小町が現れたら、注目を浴びるでしょうね。

「僕も一瞬にして心を奪われ、ヨーコちゃんに釘付けになった。すると彼女が振り向いて視線が合ったんだ。心臓が止まるかと思ったよ。そして彼女は僕の目を見つめながら、『アタシもアイドルになりたい。世界一の』と、寂しげに呟いたんだ。このとき僕は決心した。ヨーコちゃんを世界一のアイドルにすると、彼女に青春を捧げるとね」

 世界一のアイドルって……カケルは貴重な青春時代をドブに捨てるつもりらしい。

「じゃあ、次は君の自己紹介をしてくれる?」

「えっと……会員No四番、文福ぶんぷく りん。十四歳の中学二年生です」

「変わった名前だね。もしかしてハーフ?」

「ううん。生粋の日本人、メードインジャパンよ」

 そのとき黒猫が部屋に入ってきて、私を見るなり「フーッ」と威嚇してきた。

 私も即座に唸り声で応戦する。

「あっ、ノブナガ。この部屋に入っちゃだめだよ。ここはヨーコちゃんの大切なグッズがあるから、彼女のファン以外は入れないんだ」

 私はファンになったつもりはないんだけど。

 カケルは黒猫を抱え、部屋の外へ出すと扉を閉めた。

「驚いたでしょ、ごめんね。でも普段はおとなしくて、決して威嚇するような猫じゃないんだ。どうしたのかな?」

 もしかしてあの猫、私が狸だと気づいたのかしら!?

「あっ、そうだ。琳ちゃんも夏休みだよね。何か予定あるの?」

「特にないけど……」

「良かった。ちょうど明日、地域おこしのイベントにヨーコちゃんが出るんだ。早速で悪いけど、一緒に応援してもらえるかな」

「う、うん。いいわよ」

「それじゃ時間がないから応援の基本を教えるね」

 それから小一時間、みっちりとオタ芸を叩き込まれた。

 はぁ、はぁ、はぁ。

 私は確信する。オタ芸はスポーツだと。

 そのうちオリンピックの正式種目になるんじゃないかしら。

 ゲームだって種目に検討される時代だもの、十分にあり得るわよね。

 フラフラになりながら、カケルの家を後にして近くの森へ向かった。

 森の奥まで行き狸の姿に戻ると、疲れからすぐ眠りにつき、そのまま一晩を過ごした。

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