グレムリン7

 マッチを擦り、ついた火を丸めた新聞紙に渡す。勢いよく紙が燃える匂いと煙が空へと立ち上る。束になった線香を火にかざすと、その何本かは先端を黒く焦げ付かせる。また別の何本かはその先端を白く灰の色に染め、少しずつ燃焼を進める。


 燃えると言って差し支えの無いほどには炎を上げる線香の束を地面と垂直になるようにまっすぐと持ち、くす玉の紐を引くようにまっすぐに勢いよくおろす。


 炎が風を切る音を伴ってその勢いを鎮め、いい具合の燃焼を始める。

 赤熱した先端が長く重なり合っていると、再び炎を上げ始めるため、束を少し崩し、先端同士をなるべく遠ざける。


 風花たちに線香に火が付いたことを伝えると、丁度、柄杓で水を汲み、墓標の上から注ぐところだった。真新しい墓石は水を受けて太陽の光をより一層照り返す。


「お掃除?」

 柄杓を持った風花にセラが尋ねた。

「掃除、なのかな?」

 返答に窮した風花は助けを求めるかのように僕の方を見る。

「あー、どうなんだろ」


 掃除の意味合いも無くはない気がする。墓標の頭から水を注ぐだけの行為。掃除と表現するにはあまりにもお粗末な気がした。

 ところで墓標の掃除ってした方が良いのだろうか。昔家族と墓参りに来た時も、念入りに墓を磨いた記憶は殆ない。気にしていなかっただけで想像以上に汚れているのではないだろうか。そう思って墓の見分をしてみるも汚れが目立つ気配はない。

 ひょっとすると住職が日々掃除をしてくれているのかもしれない。


 つまり。

「掃除とは違うかもしれない」

「……?」

 じゃあなにさ、とセラは煮え切らぬ答えに対して首をかしげる。

「今日は暑いよね?」

 唐突に、風花が当たり前すぎることをセラに尋ねた。

「はい」


「それはご先祖様も同じなの。だからね……」

 風花は再び柄杓で水を汲むと、その先端が弧を描くような軌道で天へと振り上げた。


 打ち上げられた無数の水滴たちが、空の青さを受けて煌めく。

 周囲の景色を映し青、緑、白と様々な色彩を次々と翻したそれらは、上昇の最高点で一瞬浮遊するかのような動きをみせ、落ちる。


「うわっ」「んっ」「あれっ」

 飛来した水に三者三様な声を出した僕らはしかし、共通して突然のことに驚きの反応を示す。


 いやいや。

「なんで風花が驚いてるの」

「もっといい感じに散るかなぁって」

 おかしいなぁと、柄杓の素振りを始めた風花に

「で、なんで?」

 と先の行動の意図を問うた。


「セラ! どう?」

「「どう?」」

 意味不明な質問に、僕とセラは異口同音。

「濡れたとこ」


 不幸にも額にクリーンヒットしたのであろう、濡れた前髪が張り付いたのを気にした様子のセラは。


「気持ち悪いです……」

 確かに額に張り付く前髪というのは不快なものである。

「あれっ。ごめんね? ほんとにごめん……」


 ハンカチを取り出してセラの額を拭く、風花の両肩が下がって見えるのは気のせいではないだろう。

「あ、でも少し涼しくなりました」

 落ち込む風花に対する気遣いだろうか、周囲の人間に気を遣うという点においては、もはやセラがこの中で一番大人である。


「そうでしょ!」

 ふふんと、胸を張り腰に手を当て、得意顔の風花。落ち込んだり、どや顔したりと忙しいものだ。

「ご先祖様も同じです。夏は暑いでしょ? だからこうして涼しさをあげるの」


 あー。そういう考え方もあるか。と妙に納得したが、素朴な疑問も同時に浮かぶ。

「冬は?」

「え?」

 僕の質問によくわからないという顔をする風花。

「冬は寒くない? ねえ、セラ」

「寒いと思います」

「寒い……? っ! そうだよね! 冬は寒いよね!」


 風花は一瞬、何言ってるのこの人たちという顔をした後、何かに気づいた様子を見せ、慌てて同意を示した。

 雪女はやはり寒さを感じないらしい。

 冬にお墓参りなんて行ったことないもんと、唇を尖らせた風花は


「じゃあ、晴人先生の考えは?」

 と三半眼。

「飲み水じゃない?」

「ええ、飲み水?」


 納得のいかない様子の風花。

「セラはどっちだと思う?」

 セラに聞いてみると


「の、飲み水の方で」

 それみたことかと、得意顔を風花に向ける。

 僕の顔を見た風花は


「変な顔」

 と言う。

 負け惜しみだろうか。

「得意顔です」

 風花は得意顔? と首をかしげる。

「セラはどっちだと思う?」

 今度は風花がセラに問うた。


「えっ」


 困ったという顔をして、僕と風花を交互に見てから、僕に伺うような目線を投げ、風花に顔を向けなおす。それに対して風花がうなずいた後で


「へ、変な顔の方で」


 と遠慮気味にセラが言った。

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