グレムリン6
さんさんと降り注ぐ日差しはさしずめ人間に対する罰か何かだろうか。殺しに来ていると形容できる程の太陽光が、セミの声という加勢を受け容赦なく僕らを照り付ける。
あいつら嫁探しの為に四六時中鳴いてんだぜ? セミの鳴き声じゃなくてもはや嬌声だよ。とはクラスメイトの高橋の言葉だったろうか。そこからくみ取ることの出来るセミに対する恨みつらみに、今は全面的に同意したかった。
もしここがアールピージー世界の中だったなら、僕らパーティー三人のヒットポイントバーがガリガリと削れる様が見られただろう。装備は布の服と左手に持ったユリとマーガレットの花束だろうか。
つまるところ。
「「暑い……」」
年長組二人である僕と風花の声がシンクロし、目を合わせて力の無い笑みを向けあう。雪女って、暑さで溶けたりしないよね?
年少組一人のセラは文句も言わずに、小さな歩幅で僕らの二倍くらいのリズムで足音を鳴らす。
といっても僕らの歩くペースが遅すぎるため、一般的な子供の歩く速度ではあるのだが。
僕がセラの年くらいの頃、この暑い中文句の一つも言わずに歩くことが出来ていただろうか。きっとギャンギャン喚き散らしていただろう。
「セラは我慢強いなぁ……」
「ふ、普通です」
セラの金髪は陽光を受けて透き通るように輝く。金糸の美しさを誇るように輝く髪の毛と、恐縮したようなセラの体の対比はなんだか、おかしかった。
「暑くない?」
「大丈夫です」
「そっか……」
暑くないわけがないのだ。
子供に我慢されるとその遠慮がそのまま心の距離を表している気がして、歯がゆさを感じる。
親しき仲だからこそ告げずに我慢する事柄もあったのだが。
結局、祖父が癌であったと発覚したのは末期になってからだったか。
「我慢強いのは必ずしも美徳とは限らないんだけどね」
我慢して我慢して、気づいた時には手遅れだった故人のことを想いながら言う。
「ビトク?」
「良いところってこと」
首をかしげるセラに横から風花が顔を出し言った。
「我慢づよいのは、良い事じゃない……」
「もちろん悪いことじゃないよ。時と場合。程度にも依るってこと」
誤解が無きよう、補足する。
じゃあ、結局どっちなの。と言った風なセラに対し、少し先生っぽさを意識して、とりあえずの結論を告げる。
「どうしようも無くなる前に、辛い助けてって言えるようになること。これは年長者としてのアドバイスです」
それを聞いた風花は
「ふふっ」
と目を細め
「なにそれ。似合わない」
とおかしそうにした。
なんだか僕は、嬉しさや気恥ずかしさを感じ、それをごまかす為に減らず口をきく。
「雪村さんはもう少し我慢強くなりましょう。さっきから暑い暑い言いすぎです」
「私はゆっ――。性質? 的に先生より暑さが苦手なんですー」
やはり雪女は暑さには弱いらしい(アンケート母数一人)。
「じゃあ」
風花とセラが僕に目を向ける。
「とりあえず冷たい飲み物でも買おうか」
反対車線に見えた来た自動販売機を指差しながら言った。
「ていうか晴人も暑いって言ってたじゃん!」
ここは無難に炭酸かなぁ。
「聞いてる!?」
なんだか雪女の風花が一番元気だなあ。
「もう!」
風花がわざとらしく大きな動きで自動販売機に歩き出す。するとそれに合わせたかのように風が吹き、背中に流れる後ろ髪を揺らした。
額から垂れた汗がまつげで止まる。
真上を仰ぐと雲一つない青空。視線を下げると稜線の少し上にかかるようには薄い雲が浮かんでいる。盆地の端に位置するこの土地ではよく慣れ親しまれた、夏の晴れの日の景色だ。
周囲の山々がまとう緑は光を吸い込みそうなほどに深い。しかし、近くの木々を見渡せば、梢から幹にかけて散りばめられた葉の一枚一枚が、光を透かし鉱物のように輝いているのがわかる。
今日何度目ともわからぬ夏の景色の確認だった。
よし、炭酸にしよう。
「セラは何にする?」
考え込むように立ち止まる金髪の少女に声をかける。
「助けてって言えるようになること……」
セラが自分自身に言い聞かせるように小さく呟いた。
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