グレムリン5
「いやいや、無理でしょ」
「犯罪だからか?」
「普通に考えて無理だろ……」
確かに何かしらの刑法に引っ掛かりそうではある。誘拐事件の判例を調べておこう。
「そうですよ!」
風花も僕に同意してくれるようだ。
風花の目を見て頷く。
風花は僕の言いたいことを理解というような自信にあふれた目で頷き返す。
わかってるよ、という声が聞こえてくるかのようだ。
そうだ。今こそあの男を言い負かすとき。今度こそは奴の思惑通りにならないんだから!
「晴人はその? 小さい子? に、こう。興味があるみたいですから、二人のために良くないと思います。セラちゃんと晴人の二人の!」
背中から撃たれた気分だ。今なら「ブルータスお前もか」と言ったカエサルの気持ちが理解できる。
「それなら問題ねえ」
僕らの間に視線をゆっくりと往復させてから続きを述べる。
「晴人がしっかりと風花ちゃんに「おわあああああ!」てるのはさっき確認済みだ」
風花は真っ赤にして伏せた顔を、両掌で覆っている。浩二の声は僕の発した音声モザイクを越えて、しっかりと届いてしまったらしい。
恥ずかしさ、居心地の悪さ、言わないで良い事をわざわざ口にする人間に対する怒りといった諸々の感情から浩二を睨むように見る。きっと視線には鋭さが足りていないだろう。
「ガハハ。顔真っ赤だぞ晴人」
楽しそうな浩二が心の底から憎らしい。このまま良いようにされ続けてたまるかと、反論ともいえないような意見を返す。
「康兄のところの方がいいんじゃないの?」
みのりちゃんもいることだし、我らが担任の家の方がいいだろう。そもそも僕には子供の面倒を正しく看られる自信がない。
「いや、お前の所でだ」
からかっていた数秒前の雰囲気と打って変わり、穏やかだが力強く告げた。
「どうして?」
全てをわかったみたいな顔とまじめな声音に対して、思わず恥ずかしさを忘れて聞き返した。
風花もその理由には興味があるようで赤さの抜けきらない顔で浩二を見る。その理由はセラだけでなく、風花がこの家に来た事にも通ずるものがあるかもしれないからだろうか。
「時期にわかる」
宣告、あるいは予言。確定された事象を語るかのように告げる。
ああ、この男のこういうところが嫌いだ。
僕らの未来を全て見透かしているみたいじゃないか。
自分の正しさを信じて疑わず、そして間違えない。
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「晴人、最近遅くまで起きてる?」
セラがうちに来てから三日目の昼下がり。
快適な気温に調節された室内で、夏休みの課題と格闘していると風花に尋ねられた。一度手を止めて顔を上げると、正面に座る風花はノートに視線を落としたままだった。
ペンの動いていない様子を見るに、問題に詰まった折に息抜き程度に、それこそ思い付きでの質問であり、さしたる意味はないのであろう。どうやら因数分解の難問に悩まされているようだ。aとbとcの右肩に3という数字が乗っていた。
その隣に座るセラの手も仲良く止まっているようだ。ここは一つ年長の知恵というものを披露して、尊敬度を高めておこうと問題をのぞき込むとただの漢字の書き取りであった。
「いや、十二時には寝てるけど、どうして?」
左手のフレミングの法則なるものに挑むべく視線をテキストへと戻すが一度切れた集中はどうにも繋がり難かった。
「書斎のパソコンがついてるのよね」
「昨日の話? 夜中?」
聞き返してから、違和感に気づく。ついていた、ではなくついている。その言い方だと昨日だけの話というわけではなさそうだ。
「ううん、ここ三日くらい。そう夜中」
左手の親指、人差し指、中指を立てて、くるくると回していたのだが、幼稚園のお遊戯会での、きらきらぼしの振付が思い出された。指が釣りそうになったところで妙に自分が滑稽になり、磁場との格闘をあきらめ、畳へと背中を投げ出した。伸ばした右足が誰かの膝と思しき部位に当たり慌てて膝を曲げる。ひんやりと冷たかった。
「最近パソコン使ってないんだけどなぁ」
幽霊かなぁ、とぼそりとつぶやく。少女が先ほどよりもセラに体を寄せているのは気のせいではないだろう。
「ちょ、やだ。やめてよ」
風花が怯えを見せた表情で言った。
「まさか幽霊が怖いとか?」
妖怪なのに? という言外の皮肉を込めて言う。
「なに? 悪いの?」
「ハッハッハ。質の悪い冗談だ」
足の裏を思い切り冷やされた。
「幽霊を甘く見てると痛い目に会うんだから」
捨て台詞を吐いた風花は、夏期課題に再び戻っていく。
わずかに頬を赤くさせながら、いかにも集中してますよ然として問題文を読む風花の姿を見ながら思う。
妖怪と幽霊の違いとは何であろうか。幽霊はゴースト、ファントム。妖怪は……ゴースト? それともジャパニーズモンスター? シーイズジャパニーズモンスター。ハッハッハ。英語の課題、無くならないかなぁ。
感覚的に幽霊は死者や亡者の類を表す言葉であろうと認識しているのだが、妖怪という場合、必ずしもそうでは無い気がする。ウンディーネ、ピクシー、ゴブリン、ケット・シー。英語圏でいうところの妖精に近い物だろうか。
そういえば機械にいたずるする妖精なんかもいた気がする。
しかしまさか、小豆洗いや座敷童の仕業ではあるまい。でも、雪女はいたしなぁ。
色の薄い唇。あまり高くはないがすっきりと細い鼻。白い肌と長いまつげのコントラストが映える目元。をの目元にかかる前髪。妖怪の仕業ならできれば美人なほうが良いなあ、などと馬鹿なことを考えていた思考が読まれたのか。単に無遠慮に見られつづけることに居心地が悪くなったのか。
再び右足にひんやり攻撃が飛来した。
「でもなんだろうなぁ」
体を起こし、右足を温めながらやはり妖怪は美人だと嬉しいと結論付ける。
そういえばセラも将来は美人だろうなぁ。
「セラ、知ってる?」
何気なしに問うたが、それに対する反応は少しばかり奇妙であった。
「知らないです」
まったく俯いたままセラは言った。いつもは伺うような目線を向けてくるのに、だ。そしてそれは真面目な彼女なりの誠意であったのだろう。
せっかく僕らに慣れつつあるのにここでわずかばかりでも彼女が問いただされているような感覚を覚えると、ひどく委縮してしまうかもしれない。
「そっか」
結局そう答え、
「二人ともパソコン使いたかったら勝手に使ってくれていいからね」
と付け足すのみとした。
「あ、風花」
「なに?」
「その問題公式どおりだよ」
「え」
彼女は数学が苦手らしい。
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