グレムリン3
二人が帰ってくると三人になっていた。おかしい、出たいくときは二人だったはずだ。
入ってくる人間の数を、今度は指差しながら数える。
いち、に、さん。三人だ、これ。
「指差さしちゃだめ」
「あ、ごめんなさい」
みのりちゃんに叱られた。
「で、誰? みのりちゃんの友達?」
うつむいている、癖のないプラチナブロンドの髪を持つ少女に目を向けながら、風花に尋ねる。
「ううん。公園で」
「セラ!」
風花の言葉を遮り、みのりちゃんが答えた。しかし子供にはよくあることだ。
「公園で……拾った?」
首をかしげながら、風花が続けた。
「保護者は?」
「うーん。よくわからないみたい」
まだ一言も発しておらず、相変わらず地面を見続ける少女の様子に、誘拐の二文字がちらつく。
「連れてきちゃったと」
「熱中症になっちゃうかなって」
熱中症……。うっアタマが。先ほどまでこの家にいた中年のことを頭から締め出し、今行うべき思考を巡らせる。
警察に連絡すべきか。それとも九段の少女が保護者の連絡先を知っていたりするだろうか。いや、その場合すでに風花が連絡しているか。あ、そういえば風花、携帯持ってないなぁ。などと、同居人が見知らぬ少女を連れてきた場合の正しい対応策について逡巡していると、相も変わらず子供は年長者の思いを汲むことなく動き出す。
みのりちゃんが金髪少女の手を引いてパタパタと走っていく。その姿を見て、受動的に思い浮かんだ感想が一つ。
「なんていうか」
「なんていうか?」
「違和感がすごい」
地元で、染めた以外の金色の髪を見たのは初めてだ。そもそもこんな田舎じゃ、外国の人がいない。
あー、わかるかも。金髪浮いてるよね、と同意を示す風花と、二人を追いかけた。
ああ、涼しか……。
エアコンが帰ってきたことにより、我が家の快適指数は目覚ましい上昇を見せていた。エアコン最高。
危惧すべき点は、予期せぬ急冷が起こりうること。しかし人間? である以上それは仕方のないこと。セラ――二人が連れてきた少女は橘セラフィという名前だ――に来客用の上着を渡す。
セラは警戒する猫のように、下から僕に目を覗き込んだ後で、おそるおそるといった風に受け取った。
上着をまじまじと見つめた後、もう一度僕の方へと目線を向ける。おそらく夏に上着を手渡された意味を分かりかねているのだろう。
「念のためね」
アクションに対して、曖昧な答えが返った来たことで、セラの表情が疑問から不審に移り変わろうとする。みのりちゃんがいなければ、ほぼ事案だ。不安を払しょくさせるべく、風花が妖怪であるという事実を伏せつつ釈明する。
「うちのエアコン、ときどきおかしくなるんだ」
「ちょっと、それどーゆう意味?」
風花は、僕の説明が自分に対する嫌味だと思ったのか、口を割ってくる。わざわざ妖怪という事実を濁しているのだから臭い言動はやめていただきたい。
「惚気?」
「うーん? それだけは、絶対違う」
「愚痴?」
「近づいた! ってやっぱ悪口じゃない!」
墓穴掘る娘。エアコンさんの悪口? とみのりちゃんが不思議そうな顔をする。
頼むから察してくれ、と視線と控えめなジェスチャーで語り掛ける。しかし、まったくと言っていい程、こちらの意を汲む様子がなく、彼女は口で上に凸の弧を描く。
部屋の温度に下降が見られないから、本当に怒っているわけではないのだろう。
コンタクトの続行可能を確信し、雪女という事実を伏せねばという意思を伝えるべく、ジェスチャ―を先ほどより激しくし、セラを指と目線を用いて、点滅する信号のリズムで断続的に指し示すが、風花は察するどころか徐々に徐々に怪訝な顔になり。
「ロリコン?」
あろうことか、少女を前にして最も避けねばならない言葉を放った。
「違う! 察して!」
「ごめん。私はそれに理解を示してはいけないんだと思う」
「だからロリコンじゃねぇよ!」
この家に来る面々は、何故こうも僕の気持ちをわかってくれないのだろうか。
三人が囲む卓から僕を少しだけ遠ざけるという形で、この場が収まった。
結果的に話題をそらすことができたが、それ以上のものを失った気がしてならない。
「橘さん? でいいのかな?」
「ッ……はい」
件の少女の特徴を今一度、観察する。肩より少し上で切りそろえられた髪。振る舞いと見た目から推測するに年は十二歳ほどだろうか、西洋人ということも加味すると、実年齢はそれよりも少し幼いのかもしれない。俯き垂れた前髪の隙間から覗く紺碧の瞳。スズランのよう可愛らしいな印象を受ける少女だ。
しげしげと少女を見ていると、風花から非難と軽蔑の入り混じった様な視線を投げかけられ、急かされるようにして話を続ける。
だからロリコンじゃねぇよ……。
「君のほ「お母さんは?」ごしゃ……」
僕の言葉に割り込む形で、みのりちゃんが尋ねる。
迷子の子供に対しては、ごく当たり前の問いかけであったように思う。
しかし、セラはわずかに目を泳がせ、スカートの裾を握りしめた。
深く俯きながら早口で、
「わからないです」
と答えた。
今にも消えてしまいそうな少女の様子に、風花は
「そっか」
と優しく呟き、セラの頭をなで、みのりちゃんに向かって「しー」と人差し指を鼻と口の前に突き立てた。
「迷っちゃった?」
続けて問う風花に対して、セラはふるふると首を横に振ることで答えた。
「お母さんの電話番号わかる?」
ふるふる。またしてもかぶりを振ることで、否定の意を表す。
「おうちの場所は?」
ふるふる。
「うーん……」
風花は、困ったなぁ、と小さく独り言ちてから、
「どうしようか?」
と僕に意見を仰ぐ。僕は最も一般的であろう考えを返す。
「とりあえず警察?」
「ダメっ! です……」
しばらく、誰の言葉か分からなかった。風花とみのりちゃんの面食らった様子を見て、それが誰の言葉であったのか、ようやく認識する。
警察に行くのは悪いのだろうか。僕も小さい頃は警察を目にすると、悪事を働いたわけじゃないのに、なんだかビクビクしていた。
「怒られるわけじゃないよ?」
僕が言うと、続けて風花が
「セラちゃんの保護者を一緒に探してーってお願いしに行くだけだよ?」
と言った。
ごめんなさい。でもダメなんです。そう告げるセラに対して、僕らは一緒に警察に行こうと説得を続けてみたが、少女は首を横に振るばかりだ。
僕と風花は顔を見合わせる。困ったように笑った彼女は口の動きだけで『どうしよっか?』と表し、小さく首を傾げた。
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