グレムリン2

 机の向かい側に座る男は、外が相当に暑いためか、滝のように汗を流しており、汗が日光で灼けた匂いをさせている。


 表面が結露したガラスコップを右手で豪快につかむと、そこに注がれた麦茶を喉を鳴らして飲む。

 男というよりもむしろ漢。偉丈夫と形容するのがふさわしい人間がそこにいた。


「で、晴人。客人が来ているのに冷房が効いていない、ってのはどうなんだ?」

「冷房はこの夏破壊されまして」

「そりゃ災難だったな」

「あんたのとこの息子のせいだよ!」


 もうすぐ齢五十に届こうというのに、格闘家か山伏にしか見えないこの男が、あの妖怪みたいな新井弥朔の父親、新井浩二だというのだから驚きだ。

 畳んだばかりの洗濯物からタオルを渡すと、男はそれで汗をぬぐった。


「お嬢ちゃんはどうした?」


 お嬢ちゃん。おそらく風花の事であろう。


「みのりちゃんと買い物に行ってる」

「そうか……。麦茶おかわり」


 この図々しさを目にすると、やはり二人は親子なのだと実感させられる。

 新たに注がれた麦茶を二秒で飲み干し、一息ついてから、


「しかしまぁ、この暑い中買い物とは恐れ入った」

「僕もそう思う」

「お前もなかなか鬼畜だな」

「いや、僕が行かせたわけじゃないから」

「熱中症ってしってるか? まさか、そこまで考えて?」


「だから僕が行かせたわけじぇねえよ!」


 この男といると疲れる。無駄な水分を消費する。麦茶を飲もうとするとすでに目の前の男によって空になっていた。


「で、なに? 風花の事?」

「おう。やっとこさ、様子を見に来る時間ができた」

「おかげで快適な生活を送れているよ」

「俺に感謝しろ」

「ついでに息子さんが壊したエアコンも修理してくれると、より快適なんですけどねぇ」

「俺は関係ねえ」


 おまけにすぐ話が脱線していく。


「そういえば、学校どうするの? 風花も気にしてたけど」


 二学期から風花が通う学校のことだ。そもそもいつまでここにいるのか僕は知らない。


「あー、お前と弥朔と一緒の所じゃねえか? たぶん」

「たぶんって……」


 少なくとも夏以降も家に住むらしいという事実に喜ぶ自分を目の前の相手に悟られぬように返事を返す。

 それにしても暑い。今度から風花が出かけるときは僕も着いていくようにしよう。

 目に入った汗を拭いながら問いかける。


「ところで小父さんって、妖怪に明るかったの?」

「おう。専門だ」

「初耳なんだけど……」

「実はこの後も人と会う予定があってな」

「妖怪?」

「みたいなもんだ」

「息子?」

「残念」


 残念だ、違ったらしい。


「これ以上待たすと、奴さん熱中症で死んじまうかもしれねえから、そろそろ行くわ」

「あ、うん」


 いったい何をしに来たのか。まさか麦茶を飲みに来たというわけではあるまいに。

「あ、そうだ」


 立ち上がってから、何かを思い出したのか、声を出した。


「なに?」

「エロい事すんなよ?」

「しなッ……。気を付けます……」

「ガハハ」


「何しに来たんだよぉ……」

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