グレムリン1

 目を閉じ、手を合わせ合掌し、


(おはようございます。)


 父、母、祖父に対して心の中で挨拶を告げる。

 線香の香りが安らかな心地にさせる。

 最近は夏休みのだというのに慌ただしく、こうして落ち着いて手を合わせる機会もなかった。


(父さん、母さん、爺ちゃん。最近、にぎやかでしょう? この家に新しく住人が増えたからです。雪村風花、僕と同じ一六歳の女の子です。)


 ふと疑問を覚える。生前の姿に対しては、敬語なんて使っていなかったのに、なぜ僕らは死者となった途端、彼らに対して敬う為の言葉を用いるようになるのだろうか。あるいはこれは僕だけの話で、一般的に生前の彼らにしたのと同じように語らいかけるのだろうか。


(最初はどうなる事かと思いましたが、皆の助けもあり、僕にしては上手くやれているんじゃないかと思います。お盆の前には一度、そちらに風花を紹介しに行きます。)


 はて、お盆になるとご先祖様が帰ってくるというならば、彼らの魂は今現在お墓にいるのだろう。であるならば、今こうして仏壇に語り掛ける行為に意味はあるのだろうか。


 そもそも仏壇の本来の用途とは……。

しばらく思考の渦に飲み込まれていたが、祖先崇拝は仏教の教えの範囲に含まれているのか、という疑問に行き当たった時点で。


 まあ、どっちでもいいか。

 という結論が導き出された。


(いきなり彼女を連れて行くと、少し驚いてしまうと思うので、簡単に紹介しておきます。驚くなかれ、何と彼女は雪女なのです。長年妖怪じみた人間と付き合いを続けていましたが、本物の妖怪に出会ったのは僕も初めてです。)


 正座に特有した痺れの前兆を感じ取り、足を崩す。尻にあたる畳の程よい硬さが心地よい。


(さて、そんな彼女ですが、奥ゆかしい外見に反して、騒々しいです。おかげで日々に退屈することがありません。つい先日のことですが――。)


 晴人と、僕を呼ぶ風花の声が聞こえる。


(どうやらゆっくりと報告もできないようです。直接会うときのお楽しみということにしておいてください。では、今日も頑張ってきます)


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「こんにちは!」


 引き戸が開けられる音のすぐ後に、みのりちゃんの声が玄関から家中に響く。


「はーい」


 それに答えるのは風花の声だ。

 いそいそと、玄関まで向かうと、ちょうど穂乃果さんが風花にタッパーを手渡していた。


「あ、はるくん。今日もよろしくね」

「あ、うん」

「ほら、みのり」

「はるくん、今日もお願いします」


 穂乃果さんと康兄、二人とも仕事ということで、みのりちゃんは今日一日、我が家で預かることになっている。


「じゃあ、行ってきます。みのり、二人に迷惑かけないようにね」

「いってらっしゃい」


 出ていく穂乃果さんを三人で送り出す。


「何もらったの?」

「カレー」

「ご飯炊かなきゃ」

「昨日たくさん炊かなかった?」

「新井少年が全部食べた」

「えっ? あの量を?」

「うん」

「うーん……」


 考え込みながら、カレーを運ぶ風花に


「転ばないでね」


 と一言。


「転ばないからっ!」


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