3時間の大激論の輪の外

 10月20日。

 日本ミステリー文学大賞新人賞の最終選考会の日を迎えた。


 仕事が休みの日だったので、一日を落ち着かない気分で過ごした。


 受賞者だけに電話がいき、落選の場合は翌日にメール連絡。

 そういうことになっているらしいので、携帯を片時も離さずにいた。


 夕方。

 僕は新潮ミステリー大賞の時のように、新しい作品のプロットを作りながら時間をつぶした。


 時間が過ぎて、6時になった。

 かかってくるとすれば、そろそろか。

 僕は携帯に意識をやりながらパソコンを見ていた。


 しかし電話は鳴らなかった。

 6時30分を過ぎる。

 鳴らない。


 やがて7時になった。

 やはり鳴らない。


 落ちたのか?

 議論が長引いているのか?

 わからなかった。

 それでも待つ以外にはできなかった。


 じっと待った。

 8時を回った。


 ……さすがに駄目だろう……。


 そこまでいくと、諦めるしかなかった。

 なんだか、ひどくあっさりと終わってしまった気がした。

 9時を過ぎると、完全に割り切っていた。


 落ちた。おしまい。次がんばろう。


 家族に駄目だったことを報告し、でもまだまだ書くのを諦める気はないからと伝えた。

「ここまできて諦められたら俺達も困る」と弟に言われた。まったくその通りだ。


 翌日、選考結果のメールが届いていた。

 3時間に及ぶ激論の末、北祓丐コ(きたはらこうこ)さんの「沸点桜 ボイルドフラワー」が受賞作に決まったとあった。


 通常、新人賞の最終選考は2時間くらいで終わるものらしいので、よっぽど揉めたのだろうと予想された。


 それだけの大激論の中で、自分だけ早々に脱落していたとかだったら悲しいなあ、なんて思った。


 それから1ヶ月が経って11月の終わり。

 光文社の雑誌『小説宝石』に選評が掲載された。


 長野の11月下旬はかなり寒い。が、ためらわず相棒の原付で街へ下った。

 書店で雑誌を手に取った時、もう心臓がバクバクいっていた。


 選考委員五十音順に選評が並ぶ。


 まずは、綾辻行人さん。

 この方に読んでもらいたくて応募したようなものだ。緊張はピークに達した。

 まず受賞作への評価が書かれていた。

 次に僕の作品。

 こう始まっていた。



 核心部のアイディアがミステリー的に最も面白いのは、雨地草太郎「幻狼亭事件」だった。



 だが、続く文章はこうだった。



 この作品はしかし、早い時点で選外となった。



 めまいがした。

 恐れていたことが起きていたのだ。

 長い議論の、最初の方で自分が脱落していた。

 よりによって、綾辻さんの選評でその事実が明かされようとは……。


 他の選考委員の評価を読む。


 若竹七海さんには数行でばっさり切られて終わりだった。


 朱川湊人さんからは、メインとなる幽霊の扱いについて指摘を受けた。また、流れ的にそうなるのが自然だろうと思ったから書いたベッドシーンが物語を停滞させていると言われ、ちょっと恥ずかしくなった。悩んだ末に必要だと判断したのだが、いらなかったらしい。


 篠田節子さんは、「才能を感じた」と書いてくださった。これがただ一つの救いだった。この一文がなければ、精神的ダメージはかなりのものになっていただろう。


 全体を読んだ限り、「幽霊の実在」という特殊設定に説得力がないことが最大の弱点となったようだ。


 主人公には幽霊が見えず、ヒロインにだけ見える。ヒロインを介して主人公が幽霊とやりとりするシーンは、ファーストコンタクトSFのような味を出せるのではないか――と考えてやったことがすべて裏目に出た。


 少なくとも最後のロジックには自信があったのだが、前提が弱いから誰もそこを評価してくれなかった。それ以前の問題だった。


 ……また出直しか。


 僕は雑誌を買って書店を出た。家に帰ってから何度も読み返した。そのたびに悔しい気持ちが膨れ上がった。


 悩ましい問題もあった。


 若竹七海さんが「舞台設定と主人公たちのライトなノリが噛み合わない」というのに対し、篠田節子さんは「オカルトのどす黒い世界を軽やかに仕上げるセンスの良さ」と書いている。


 どう受け取ればいいのか、ちょっと困った。


 と、こんな具合に二回目の最終候補も惨敗に終わった。新潮ミステリー大賞の時も、選評を読んだ限り僕の作品が真っ先に落ちた印象を受けたので、また似たような形になった。


 少なくとも、あと一歩というには受賞との間に距離がありすぎるような気がした。


 だがへこんでいる時間はない。

 次の新人賞の締め切りがある。

 研究を続けて、その作品にとっての最善を探っていくしかない。

 やってやる、とあらてめて決意した。



 ところで何度か書いているが、日本ミステリー文学大賞新人賞の選評は公式ホームページで今も読める。かなり前の回までさかのぼって読めるし、最終選考と予選の分まであるので、作家志望者の方には一度覗いてみることをおすすめしたい。


 あと、この時の原稿はカクヨムでも公開しているので、同賞への応募を考えている方は、予選通過ラインの参考にしていただければと思う。

https://kakuyomu.jp/works/1177354055324127520

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