怒濤の7月
2016年の7月。
新潮ミステリー大賞の最終選考に残った僕だったが、月末の選考会まで時間があった。
そのあいだにも色々なことがあった。
まず、4月に応募してあった「蒼海のガンマディオラ」が電撃小説大賞の一次選考を通過したのだ。これは通院日に病院の待合室で確認した。
これまで何度も挑戦しては跳ね返されてきた電撃大賞。
また一つ壁を破れた気がした。
さらに数日後。
僕は執筆に熱中するとすぐ体がガチガチになってしまうので整体院で定期的に骨格整復とマッサージを受けている。そこの院長が父親の会社を継がねばならないらしく、7月いっぱいで閉鎖する――という話になっていた。
先生の施術をすごく気に入っていただけにショックだったのだが、ある日ハガキが届いた。父親の説得に成功したので整体院は続けていく、と書かれていた。
――という具合にいいニュースが続いた。
波が来ている、と感じた。
この勢いで一気に受賞までいけるかも、とも。
そうして7月22日に、雑誌「小説新潮」が発売された。そこで予選通過者と最終候補者が発表になるのだ。
僕の名前はページ上段に書かれていた。
他の候補者は三人。最終選考の常連さんはいない。一人はすでにラノベの新人賞を受賞している方だった。
僕は自分の名前が載っている嬉しさのあまり、雑誌を二冊買って帰った。
それから数日。
とうとう最終選考会の日がやってきた。
僕は夕方から家の座敷で待機に入った。
携帯を手元に置き、次の作品のアイディアをノートに書き込みながら電話を待った。新潮ミステリー大賞は受賞してもしなくても連絡が来ることになっているらしい。手汗が尋常じゃなく、ネタ出しは思うように進まなかった。それでも物語の骨格は作ることができた。
もうだいぶ暗くなっていた。
議論が長引いているのだろうか……。
結局、落ち着かなくて自分の部屋に戻った。
真っ暗な室内をうろうろ歩き回っていると、携帯が鳴った。
すぐさま出た。
以前連絡をくれた編集者さんだった。
「選考会が終わりました」とまず相手は言った。
そして、
「雨地さん、今回は残念ですが……」
と、告げられた。
落ちたのか。
意外にも、それほどショックは受けなかった。
待ち続けてちょっと疲れていたのかもしれない。
編集さんは続ける。
「貴志祐介さんが蝶の生態に詳しく、作中の設定には無理が多すぎるとおっしゃっていました」
これには頭を抱えたくなった。
他にも選考会では、
・主人公が作家志望者である必然性がない
・いくら富豪が圧力をかけたとしてもマスコミが一人も出てこないのは不自然
・純粋な謎解きミステリで作者の顔がちらつくのはマイナス
・主人公の兄の刑事が事件の情報を次々教えてくれるというのはご都合主義
・フィクションではめずらしい消防団という仕事を書き込んでほしかった
といった意見が出されたようだ。
あんなに推敲したつもりだったのに穴だらけだった。僕はすっかりうなだれて、「はい、はい……」と返事をするしかなかった。
しかし、
「ですが、伊坂幸太郎さんが高く評価されていました」
という言葉を聞いた瞬間、自分の耳を疑った。
欠点を指摘しつつも、美点もちゃんと見てくれたというのだ。
一気に救われた気がした。
編集さんは最後に、
「次の作品の進め方など、わからないことがあったら相談に乗ります。来年もぜひ応募してください」
と言ってくれた。
電話を切った僕は、すぐ家族に報告した。
落選だったと伝えた時には母も弟も残念そうにしたけれど、頑張って次の作品を書くよ、と言うと頷いてくれた。
こうして初の最終候補は苦い結果に終わった。
それでもやる気は消えなかった。むしろ強くなった。次はもっといいものを書く。次で獲る、そう決意を固めることができた。
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