長い長い4月
新潮新人賞への応募が終わると、僕は「重力の蝶」の改稿を続けた。
そんな3月の終わり頃。
ある人が僕を訪ねてきた。
消防団の分団長だった。
僕に、「消防団に入ってほしい」という。
今月で定年の人が出るので定数割れになる。どうしても若い人に入ってもらわないと困るというのだ。
火災の時、消火活動に当たるのが消防隊。
対して消防団は地元住民で構成され、本隊がやってくるまでの初期消火や本隊の支援を行う。
通常は防火水槽や消火栓の管理、地域の見守りなどの活動を中心に展開する。
正直、入りたくなかった。
創作の時間を取られるのはつらい。厳しい人が多いのではないかという不安もあった。
が、「この地域に住む人間として、ぜひ……」と粘り強く言われ、結局入ることになった。
早速、活動服と法被のサイズ合わせをしてもらった。4月になると、すぐに「緑を火災から守る運動」というものに参加することになった――とはいっても、ポンプを積んだ積載車でアナウンスをしながら指定されたルートを回るだけだ。分団の中には三つの班があり、僕は一班に割り振られた。班ごとに回る日が決められていたので恐る恐る出ていったが、運転は班長さんがしてくれたので、ただ助手席に座っていればよかった。
続いて春の作業と総会があった。大半の団員とはそこで顔を合わせたわけだが、みんな明るく優しい人ばかりだった。ひとまずは安心したが、作業のあとで「今度の日曜日、初任者訓練に出てほしい」と言われた。なんでも市内の全分団の新入団員が一堂に会し規律などを教わるのだという。
ほぼ一日かかることがわかり、気が遠くなった。
すでに4月の下旬である。
日本ミステリー文学大賞新人賞の締め切りまで一ヶ月を切っていた。「重力の蝶」はほぼ完成しかけているが、ここで丸一日が消滅するのは痛すぎる。
とはいえ行くしかなかった。
大きなイベントが控えていると、落ち着いていた鬱の気配がすぐに立ち上がってくる。避けられることではないので、開き直ってやるしかない。覚悟を決めて、当日の訓練に向かった。
訓練では主に「右向け右」とか「回れ右」、敬礼といった、集合した際に使われる規律を何度も繰り返し練習した。
そのうち、僕のグループの指導をしていた方面隊長が、「じゃあ順番に指示も出してもらおうか」と言い出した。こうして一人ずつメンバーの前に立ち、「まわれー、右っ!」とか、「左向けー、左っ!」と自分が思ったように指示を飛ばした。すっかり貧弱になった僕だったが、これでも高校までは野球をやっていた。あの頃の感覚を思い出し、大声を張り上げて指示を出した。なんとか失敗なく終わらせることができ、安心した。
ずっと立ちっぱなしだったので帰ってきた時にはクタクタだった。が、PCを開いて原稿の修正を続けた。
「重力の蝶」は、問題の規定枚数、350枚をすでに超えていた。細かいミスさえ見直せばいつでも出せる状態である。やはり追加のどんでん返しを入れられたことで各エピソードに厚みが出たことが大きかった。
月末には職場である観光地の冬期休業が終わる。また出勤の日々が始まるのだ。それまでに可能な限り完成度を高めておきたかったので、しつこいくらい原稿を読み返した。
そして4月もあと数日――というところで、MF文庫新人賞の発表が来た。
公式サイトでは、上から順に、入選者、三次通過者、二次通過者……と名前が載っているわけだが、僕の位置は変わっていなかった。
二次選考で落ちていたのだ。
残念ではあったが、編集部からなんの連絡もない時点で予選落ちは確信していたので、ショックはそこまで大きくなかった。
その数日後、MF文庫編集部から評価シートが届いた。ライトノベル系の新人賞では一次選考を通過すると評価シートをもらえるところが多い。MF文庫の場合は一次落ちでももらえるのだが、上に行くほど評者が増える。僕の場合、評者は三人。それぞれがよかったところと悪かったところを挙げてくれた。評価シートにはこれまで縁がなかったので、ドキドキしながら読み始めた。
全員がそろって挙げていたのは、「文章が読みやすい」というところだった。ただ読みやすいと書かれていたのではなく、読んでいて引っかかる部分がない、簡潔でわかりやすい、世界観と合っている、とそれぞれが具体的に記してくれたのはありがたかった。
対して悪いところ。
まず、タイトルで損をしているという指摘。「逆立ちする
次に、ストーリーが簡単に進みすぎで、主人公の苦悩が弱く見えてしまうと書かれていた。これに関しては原稿を読み返し、納得した。主人公は姉を殺した敵に復讐するわけだが、それに関わるエピソードの積み重ねが、確かに弱かった。
続いて、キャラクターがみんないい子すぎて印象に残りにくい。もう少しトゲがあるとか、変わった趣味を持っているとか、特定の条件で人格が豹変するとか、インパクトがほしい。――これには参った。メインキャラは七人。自分ではみんな個性的に描けたと思っていたのだが、優等生すぎたらしい。考えてみれば、今まで読んできたラノベでは一作品につき最低でも一人はとんでもないキャラがいた。僕の作品にはそういうキャラがいなかった。
全体的に駄目なところの指摘が多かったが、一番力を込めたラストバトルが「しっかり盛り上がっていて良い」と書かれていたのはとても嬉しかった。
噂によると、評価シートはたまによくわからないアドバイスが書かれているものもあるらしいが、僕の作品に対しての指摘はどれも頷けるものだった。この意見を糧にして次のラノベを書こうと決意した。
こうして4月は、消防団に入り、巡回、総会、初任者訓練と立て続けにこなしつつ原稿も進めて、評価シートももらって……と非常にやることが多かった。そのせいか時間の流れがいつもより遅く感じられ、まだ4月終わらないの?――という感じだったのだが、とにかく忙しい一ヶ月だった。
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