応募したあとミスに気づくのはなぜなのか

 5月に入った。


 10日には日本ミステリー文学大賞新人賞、ばらのまち福山ミステリー文学新人賞という二つの新人賞の締め切りがある。僕が狙うのは前者。ほとんどの応募者はゴールデンウィークを使って最後の追い込みをかけるだろう。僕はそうはいかない。観光地はゴールデンウィークがお盆と並んで忙しい時期だ。連勤になるのでいかにうまく時間を使えるかが勝負である。


 応募作自体はほとんど形になっていたのだが、一つだけ気になる点が残っていた。


 物語の中盤で、主人公はヒロインに助けを求められる。男に襲われ、抵抗しているうちに相手を死なせてしまったのだ。その相手は、かつて主人公に凄惨な暴力を振るって檻の中に入れられたはずの父親……。

 主人公は、こんな男のために彼女が逮捕されるのは受け入れられないと死体の隠蔽を決意する。


 実際はヒロインがある人をかばっていた――という展開になるわけだが、主人公が現場の些細な違和感から真相に迫っていく過程で、ヒロインが真犯人に、自殺と見せかけて殺されかける。

 この部分の謎解きが弱いと感じた。うまく伏線が張れていないせいで、解明に唐突感がある。何かいい案はないかな……と考え、すぐに閃いた。

 ヒロインは手首を切って浴槽に入れた状態で主人公に発見される。だが、これを首吊りに変えると伏線が自然に出せるのだ。なんだかこうして文章にすると実に不謹慎な感じだが、とにかくうまく構成がはまった。


 ゴールデンウィークのうちに最終チェックを終わらせ、明けたら即応募――とプランを立てた。田舎の郵便局は休日やっていないし、街まで下るのは時間がかかるからだ。


 今回からペンネームも変更した。

 ここまでは尾上おがみ草太郎という名前を使っていたが、雨原あまはらという姓を閃いてからは、こちらを使いたいと徐々に思い始めていた。思い切ってここで変えてしまおうと決めた。新しいペンネームで心機一転だ。


 そこまではよかった。


 原稿の準備という段階になって、問題が発生した。


 日本ミステリー文学大賞新人賞には紙の原稿と一緒にデータファイルを添付する必要がある。このために用意したCD-RWに原稿ファイルが貼りつけられないのだ。よくチェックしないで買ってしまったらしい。仕事も続いているし、山奥からはすぐ買い物に出られない。


 困っていると、弟が「これ使ってみれば?」とCD-Rを一枚くれた。弟は高校時代の仲間達と、RPGツクールでゲームを作り合ってみんなでプレイするというのを定期的にやっていて、ゲームデータを焼くためにCDを持っていたのだ。試しに貼りつけてみたら、一発でうまくいった。


 助かった!

 次の日、僕は無事に原稿を応募することができた。締め切り当日であった。


 苦戦した「重力の蝶」をようやく応募できたことで、肩の荷が下りたようだった。


 その翌日は休みだったので、僕は携帯を換えに行った。ガラケーに限界を感じていたが、スマホの操作にやたらと抵抗があってなかなか踏ん切りがつかなかった。そんなところに救世主が現れた。ガラホである。見た目はガラケーとほぼ同じながら中身はスマホという、僕にとっては「これしかないだろ!」という機種だった。テンキーの上で指を滑らせると画面上で矢印が動くタッチクルーザーという機能には慣れるまで時間がかかったが、慣れたらとても便利に感じられるようになった。


 そうして時間が流れ、5月も終わろうかという頃。

 僕は「重力の蝶」をなんとなく読み返した。前回応募した「キャンディーレイン」よりは絶対にうまく書けたはずだ、と思いながら読み進めて……


「ああああああああ――――っ!!!」


 思わず叫んでいた。


 最終章に痛すぎるミスを発見した。最後の謎解きの直前である。主人公がここまでの出来事を振り返る。

「彼女が首を吊ったあの日」となっていなければならない部分が、

「彼女が手首を切ったあの日」となっていたのだ。


 展開を変更した時、原稿はすでに最後まで書き上がっていた。その後も繰り返し読んだのに、修正前の状態で残っていたのだ。あってはならないミスだった。しかも続く文章に変換ミスがあり、ちょっと進むと行頭が一マス落ちていない。


 な、ぜ、だ!


 あれほど読んだのになぜ気づけなかったのか!


 ――それはきっと、間を置くことができなかったせいだろう。間隔を開けて読めばこの手のミスはすぐ目につく。だが、細々した修正をずっと続けていたせいでそれができなかった。


 応募して一安心し、冷めた気持ちで読み返したからこそ、ミスに気づいたのだ。


 駄目だ……これは……。


 急激に諦めの感情が強くなった。

 最終盤でミス続出はありえない。まともに推敲しなかったな、と思われても仕方がないレベルだ。


 僕はイスの背もたれに体を預け、重い息を吐き出した。

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