江戸川乱歩賞よ、私は帰ってきた!
九月になって、僕は新作のネタを考えていた。
どの賞に送るかは決めていなかったが、とりあえずミステリの新人賞に出したいと思っていた。
手持ちのネタに、ミステリ向きのものはなかった。
新しく何かひねり出さねば。
あれこれ悩んだ。
本棚のミステリを眺めて、何か参考になるものはないかなぁ……などと思うこともあった。
九月の終わり頃だったと思う。
恒川光太郎さんの『夜市』を再読している時だった。
――こういうストーリーにミステリの仕掛けを混ぜ込めないかな?
ふと、そんなことを思ったのだった。
試しに、ノートに箇条書きで要素を出していった。
異界のお祭り。
迷い込む主人公。
不思議な出会い。
殺人が紛れ込んでくる。
祭りの要素を絡めて解決。
最後は幻想小説的な余韻を持たせて終わり。
「いける気がする」
この時点で、今までより手応えを感じていた。
それでも、もっと色んな要素を入れることができるかもしれない。
僕はまたもA君に相談を持ちかけた。
採用するしないはともかく、二人でアイディアを出しまくって、最後に使えそうなものを選別していった。
大枠は最初に作ったものを使い、そこに殺人事件と、さらに主人公の過去にまつわるどんでん返しを入れることにした。これを中盤で明かして中だるみを防ぎつつ、さらに終盤でもう一段ひねりを加える。
タイトルもこの段階で決めてしまった。
『
他の案はなく、これしかないという感じだった。
プロットは過去にないほどしっかり煮詰めた(どうでもいいがこの頃は「煮詰まる」を誤用していた)。
キャラクター設定もしっかり練って、伏線回収の手順は何度もチェックした。
十月が過ぎ、十一月になった。
この月、僕は初めて江戸川乱歩の作品を読んだ。
角川ホラー文庫から刊行されていた『人間椅子』である。これがものすごく面白かった。序盤こそ文体になじめなかったが、慣れてからは夢中になって読んでいた。特に「押し絵と旅する男」が最高だった。
満足して読み終えた僕は、『魂市』の送り先を定めた。
一月末日締め切りの、江戸川乱歩賞だ。
この年の受賞作は高野史緒さんの『カラマーゾフの妹』で、僕は、それまで社会派寄りのイメージがあった乱歩賞の変化を感じていた。
今なら、この幻想味の強いミステリで挑戦しても大丈夫なのではないだろうか。
腹は決まった。
2009年にこの賞への応募を決意して三年。
僕は再び、江戸川乱歩賞に向かって原稿を書き始めた。
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