第2話 甦る関係

磯村さんが戻ってきてくれた。少しほっとした。彼が止まり木に座るとすぐに残っていた二人連れが帰るという。会計を済ませた二人を送り出した。


まだ、営業できる時間だったけど、すかさず表の看板の明かりを落として、ドアをロックした。そしてすぐに水割りを2杯作った。


「お久しぶりですね」


「突然いなくなって、随分になるけど、身体でも壊したのではないかと心配していた。でも元気そうで良かった」


「ごめんなさい。突然、あの仕事がいやになって辞めようと思ったの、あんなこといつまでもできないし、何とかしなくてはいけないと思って」


「それで足を洗って、店を開いたの?」


「はじめは、この店の手伝いをしていたけど、店のオーナーが高齢で店を畳むと言うので引き継いだの、権利を買って」


「儲かっている?」


「高くするとお客の足が遠のくし、安くすると儲からないし、難しいわ」


「一人でやっているの?」


「小さいお店だから一人で切り盛りしているの。昔の仲間を雇う訳にもいかないし、それに人を雇うとお給料を払わなきゃならないでしょ。でも何とか食べてはいけるようにはなった」


「僕の口からおかしいけど、やっぱり早く足を洗ってよかったね。突然いなくなったので、寂しかったけど」


「そう言っていただけると嬉しいわ」


「君とのことは誰にも話さないから安心して」


「分かっています」


「今日は久しぶりに会えてよかった、それに話ができて、じゃあ、そろそろ」


「この上に居住スペースがあるんです。よかったら上がっていきませんか?」


「ええ、いいのかい、できればもっと話がしたい」


店の奥にドアに隠れた2階へ上がる階段がある。居住スペースは8畳くらいの洋室にクローゼットが付いていて、ダイニングキッチンの横にバス、トイレ、洗面所が一体になったバスルームがついている。


一人暮らしならば十分な広さがある。気に入ったセミダブルのベッドを窓際に置いている。私は彼と久しぶりにHがしたい。そう思って部屋へ上がってもらった。


「シャワーを浴びて下さい」と彼を促して浴室に案内する。そうすることが何を意味しているのか彼はすぐに分かっただろう。そしてすぐに私は服を脱いであとから入った。そして彼の身体を洗ってあげる。すぐに昔のことが二人に蘇ってくる。


「なんと呼べばいいの?」


「さっきの名刺は本名ですから、凛で」


「凛か! 亜里沙よりずっといい」


「歯磨きをして下さい」


洗い終えると、二人はバスタオルをまとってベッドへ行く。私から抱きついた。それからは離れていた時間を取り戻すかのように、ひとしきり愛し合った。


彼はあの時のまま、何も変わっていない。空いた時間が埋められたような気がした。二人ベッドにそのまま寝転んでいる。


「今でも行っているの?」


「時々ね。凛、君のようないい娘にはもうめぐり合わないけど」


「ありがとう、気に入ってもらえて、うれしいものなのよ、ファンがいるって。あの仕事は相手を選べないのよ、だから好みの人をいつも待っている。それがやるせなくなって、それも辞めた理由」


「君といると、何故かほっとするんだ。今も変わっていないね」


「随分変わったわ、歳も取ったし」


「そんなことない。君は変わっていない」


「今日はもう遅いから泊まっていって下さい」


「そういえばあのころいつも言っていた、このまま泊っていきたいって」


「私も二人で身体を寄せ合って眠ってみたい時があるんです。今日は二人で眠りたい」


「そうするよ。久しぶりに会ったのだから、もっと話もしたいし」


私は立ち上がって、水割りを2杯作ってきた。冷たくておいしい。思えば、彼は随分長い間通い続けてくれた。いつもたわいもない話しかしていないのに、来てくれると何となくほっとして嬉しかった。


突然辞めた時は、一抹の寂しさがあったのは否定できない。でも諦めた。携帯番号も知っていたけど、まともな付き合いができるはずもないことが分かっていたので連絡はしなかった。私は携帯を新しい機種に替えて番号も変えて過去からの連絡を絶った。


「お店に僕のような昔のお客が偶然来ない?」


「1~2回のお客は私も覚えていないから気が付かない。なじみのお客でも時間が経っているし、髪形や化粧を替えているから、まず気が付かないと思う」


「あなたのようなお客がもう一人いたけど、彼なら私だと分かると思う」


「山内君はなぜこの店のなじみなの?」


「彼は偶然にここへ来ただけのお客、前の仕事とは全く関係ないわ」


「そうか、兄弟でなくてよかった」


「ふふふ・・・」


「でも、君が幸せになっているようにと思っていたけど、普通に暮らしていてよかった」


「ここへ戻ってきたのは、君の迷惑にならにように、もう来ないと言おうとお別れにきたんだ」


「でもね、あの仕事を離れると、また、寂しいこともあるのよ。だから時々寄って下さい」


「もし迷惑でないのなら寄らせてもらうよ」


話が途切れると、また、愛し合って、疲れると抱き合って眠った。離れ離れになっていた恋人が久しぶりに会ったように。


朝、目が覚めると、8時だった。今日は土曜日。彼はまだ眠っている。私は起きて朝食を作った。


「おはよう、もう起きたの」


「朝食を作っています」


「いつもこんなに早く起きるの?」


「今日は特別です」


お味噌汁と煮物の簡単な和食の朝食だけど、彼はとてもおいしいと食べてくれた。別れ際に彼は聞いてきた。


「お礼をしてもいいのかな?」


「しなくてもいいわ、でも気の済むようにしてくれていいのよ」


「じゃ、気持ちだけ」


そう言って、彼は2番目の店の料金を手に握って私に手渡した。とても悲しかった。私の気持ちが分かったのか、彼はすまなさそうな顔をした。


「ありがたくいただくわ、店の経営が楽ではないから」


「これまでと同じにしてしまって、気分を害したらごめん。悪気はないんだ。どうしても甘えられなくて」


「また、気が向いたら寄って下さい」


「ああ、ありがとう」


「来るときは店に電話してください」


「分かった」


私は店の前まで送っていった。久しぶりの逢瀬で身も心も満たされたと思っていたが一抹の寂しさがある。


あのころと同じだ。彼は私に誠意を見せてくれるが、それ以上はない。これ以上を期待してはいけないのは分かっている。でも寂しい。


好みの人と愛し合えて身体は満たされるが、心は満たされていないと思った。いや、心も幾分かは満たされていると思わなくてはいけない。

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