最終章 辰巳輝大

最終章 辰巳輝大 1

 正月を終えた俺達を怒涛の日々が襲い掛かる。

 宿題。国語数学理科社会。書初め。これについては、ベリ子が以外な才能を発揮しクラスで金賞を取り更にそれが県にまで出品され最優秀賞を受賞した。素晴らしい。けれど、頭の鉄片に鏡餅を揺らしているベリ子を誉める気には全くなれなくて、体育館の壇上得意げな顔をしているベリ子に向かい微妙な顔で拍手を送るしかなかった。いやいや、誰にでも才能というものがあるものだ。ほんと、すげーな。その反面、桑原亮二の書初めはライトんちの犬のベスが書いたほうがうまいんじゃないのかっていう汚くて、天は二物を与えないらしい。

 まったりと正月を終えた俺達は休む暇なく日々を過ごし、俺達は今、新潟県狐代のスキー場にいた。

 集合は朝七時半の学校。六台のバスに一クラスずつ揃って学校を出て、三時間ほどかけて新潟県狐代にあるホテル「ラベンダー」に到着。なんでも狐代町にはラベンダーで有名な公園があり、雪のない季節はその公園目当ての客で賑わうらしい。あくまでらしい。首を三百六十度見回しても広がっているのは雪原で、ラベンダーの「ら」の字も見当たらない。

 到着したらすぐにロビーで部屋の説明、その後昼食。自部屋に分散し着替えと準備。スキー服や帽子ゴーグルの類はすべて部屋に置いてある。同室はライト、藤崎、桑原と、あと小原哲こはらてつの五人部屋。そのスキーグッズを装着してロビーに出ると、のどかや大槻先生にレンタルコーナーにぞろぞろぞろぞろ案内される。運悪く田舎の中学校のスキー林間と遭遇してしまい迷惑そうな顔をする一般客。そんなことも気にせずスキー板を装着する俺達は気楽だ。本当、子供って楽だよな。

 そのまま先生達の指示に従い、俺達はコースごとに分散する。俺と藤崎は中級、ココアとライトは初級。流石の桑原は上級。

鍋島浩之≫は大学生時代夏はサーフィン冬はスキーとスノボに明け暮れていて、正直単位を落ちかけた。俺が留年せずちゃんと進級できたことと就職できたのは半分くらい健一のおかげ。ほんと、健一様々だよな。あと、ここ数年では真美子率いる医療チームと一緒に、何度かスキー旅行に連れてこられたことがある。正直上級と悩んだんだけど、久しぶりだから中級コースでいいかなって思って。   

 中級コースの長谷部幸雄はせべゆきおコーチ三十二歳にぴったりと吸い付くみたいに滑る俺に、藤崎が言う。

「うまいな、お前」

 そういう藤崎もかなりうまい。

「藤崎もうまいよ」

「昔、父さんがまだ家にいた頃は、毎年スキーに来てたんだ。妹が生まれてから、全然こなくなったけど」

 へぇ。妹いるのお前。つーか、父さんがまだ家にいた頃って何。

 なんて俺が色々聞こうとしている間にも長谷部講師はどんどんどんどん先に行くので、正直話している間もない。ちょっとくらい、交流の場を与えてくれてもいいのに。

 なんて慌てて滑る俺達の横を上級者コースの桑原が追い抜けていく。

「ひゃっほー!」

 なんて言いながら駆け抜けていく桑原は馬鹿そのものだが、流石だ。スポーツの申し子、学力という学力を根こそぎ取られた代わりに素晴らしい運動能力を与えられた桑原はまるで雪の妖精みたいだ。色黒いけど。その後ろをついていく小原哲もなかなかだ。流石現役バスケ部、基本的な運動能力や体力が違うのだ。

 シュッシュッシュッと滑って滑って滑りまくって降りていくと、ココアやライトの初級チームが三列に並んで「スキー板で八の字を作る練習」をしていた。

 休憩ついでにそれを眺める俺と藤崎。転ぶココア。ココアは慣れない雪にもだもだじたばた芋虫みたいな動きをしてから、どうにかこうにか立ち上がった。そしてスキー板が邪魔だったのだろう、また転ぶ。なんでだよ。

 漸く立ち上がった雪塗れのココアに、俺は声をかけた。

「ココア」

 帽子にゴーグルをかけているから、すぐには俺とわからなかったのだろう。一瞬間を置いてから漸く「テル君!」と目を輝かせた。

「お前、スキー初めて? やったことないの?」

 俺の問いかけに、ココアが少し恥ずかしそうな顔をする。

「うん。パパは若いころスキーやってたって聞いたことあるけど、ママが嫌がって、一度も来たことなくて……」

 ココアの言葉に、あー、と俺は思う。そういえば昔、健一と清美とあと何人かのグループでスキー旅行に行ったことがあった。あの時の清美はひどかった。ガンガン滑る俺と健一についてこれず転んで転んで転びまくって、もう二度とやりたくないと駄々を捏ねた。

 でも、

「でもスキーって楽しいね! 私、早く滑れるようになりたい!」

 なんて笑うココアはやっぱり健一の娘だ。よかったなココア、両親のいいところちゃんと受け継いでいて。

 なんてほんわかと話す俺達の間をロケットかよと思うような突風が通り過ぎて、俺は思わず仰け反った。ココアも同じだ。それとはまったく関係なく八の字の練習に失敗し、ライトがこける。まぁそれはいい。問題は「ロケットと見まがえるかのような突風」であり、それは俺達よりも数メートル先に進んだところで止まる。森江宏樹もりえひろきだ。

 森江宏樹は同じクラスのお調子者で、うるさくてしつこくて重箱の隅を突くような悪口を言うくせに超神経質でメンタルが弱くて小原と喧嘩になり一度泣いたことがある。

 森江は俺達全員に渡されたスキー板とストックではなくスノーボードを持っていて、これ見よがしに金具を外すと、

「どう? 加藤、調子はどう? 少しはうまくなった?」

 なんて気障ったらしくゴーグルを外して歯を見せた。太陽を反射し輝く歯。昭和のトレンディドラマかよ。古いな。

 全身を雪塗れにしたベリ子とブー子が嫌な顔をしながら教えてくれる。

「ねぇねぇテルル。あいつ、超うざいんだけど」

「あいつ、ココアのこと好きなんだよ。だから朝からすんごいしつこく絡んでくるの」

「超うざい」

 森江がココアのことを好きかどうかは別として、そういえばバスの中でもすごい絡んできてたかもな。お菓子がどうとか、毎年スキー旅行に行ってるとか。

 全身を雪だらけにしたライトものっしのっし熊みたいな歩き方をしながらこちらまで来る。

「おい、テル。あいつすぐ自慢するんだぜ、上級者コースのくせにこっちまで来て。しかも、スノボまで持ち込んでさ。超嫌な奴」

 なんて愚痴を言うライトはまた足を滑らせて雪に沈む。

「いってぇ!」

 ライト、お前、スキーの才能ないかもな。

 ベリ子やブー子やライトの文句など聞こえないらしい森江の自慢話は続いていく。うざいなこいつ。ライトや桑原とは違うタイプの、人の話を聞かない人間だ。虫みたいだな。

「加藤、そんなんじゃうまくなるものもうまくならないからさぁ、なんだったらこの俺が手取り足取り腰取り……」

「森江、これ、借りるわ」

 俺はついにココアを口説き始めた森江のスノボを勝手に借りることを決める。

「は?」

 なんて動揺する森江を置き去りにし、俺はスノボに両足を突っ込んで装着する。大丈夫、いけないことはない。

 外した二枚のスキー板を森江に託し、俺は森江のスノボで颯爽と雪原を降りていくことに決める。天気は晴れ、一面に広がる雪原はまるで夢の世界のよう。頬に触れる氷の粒さえも愛おしい。髪の恵みの如く晴れ渡った天気は俺達中学生のことを歓迎しているようでもあり、その太陽が氷の一粒一粒を光り反射させまるでダイアモンドのようにも見せた。とんでもなく広大で高級な宝石の上を滑っている、なんと壮大な気分だろう。大富豪にでもなった気分だ。

 華麗にスノーボードを乗りこなす俺のことを、擦れ違う人々が驚いた顔で俺を見ては通り過ぎ、景色の一部になっていく。そりゃあそうだよな。だってここ、スノボのコースじゃないもん。転んで立てなくなっている雪に不慣れな若者達をカーブカーブカーブで避けて、俺は颯爽と空を飛ぶ。ゴーグルの向こう、輝く太陽はまるで神の祝福に等しい。空中で一回転したのはちょっとしたサービスだ。着地したときに響く拍手はまるでハレルヤ。ありがとう、いいお客さんだ。そのまま麓まで下り麓で待っていると、雪に不慣れなココアやライトがおっかなびっくり、転びながらやってくる。

「テル君すごいね! スノーボードやってたの!?」

「まじすげぇ、まるで鳥みたいだった!」

 なんて賛辞の言葉を述べてくれるココアやライトに照れながら、少しだけね、と俺は言う。もう、十五年ぶりくらいだけど≪鍋島浩之≫の魂は、ちゃんと覚えてくれていたみたいだ。

 暫くして、俺のスキー板をつけた森江宏樹がとろとろといかにも不機嫌ですというオーラを出しながらやってくる。

「ありがと。楽しかったわ」

 とスノボを返す俺。森江は俺のスキー板とストックを雪の上に投げ捨てると、「ちっ」と舌打ちをしてスノボを引っ手繰った。感じの悪い奴。

 ゴーグルの下俺が眉を潜めていると、同じようなスキーウェアを羽織ったのどかが血相を抱えてこちらに向かい滑ってきた。そして着地。のどかはゴーグルを外すと、

「森江君! どうしてスノーボードを持ち込んだの! 関係のないものの持ち込みは禁止って言ったでしょう! それに、ここはスキーやる人専用のコース! スノボはあっち! もう、苦情が来ちゃうでしょう! これは没収!」

「せ、先生ちがっ……」

 なんて森江の抗議も虚しくのどかに持っていかれるスノーボード。恨めしく俺を見る森江。そっぽ向く俺。にひひと笑うココアやライト、ベリ子とブー子。遠くから颯爽とやってきた小原哲が俺の肩をぽんと叩いて、にやりと笑う。

「お前、サイコー」

 ありがと。お前も相当最高だよ。


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