第六章 加藤健一 8
さて、ここからは俺の知らない話だ。
俺とライトの心臓マッサージとココアの持ってきたAEDと清美の呼びかけにより見事死の淵より生還をした健一は、病院のベッドにて次のようなことを清美に話した。
「……浩之に会ったんだ……昔のまま……昔よく着てた黒のコートと、紺のスーツを着て……俺を迎えにきたのか、俺は死んだのかって聞いた……そしたら、違うよ、って……あのときの、昔のあの笑顔のまま、そんなわけないだろ、って……お前を追い返しに来たって……お前はまだまだ生きるんだよ……百まで生きて、沢山土産話を持ってきてくれるんだろ、って……それまで楽しみにしてるから、って……なぁ、清美、おれ、いいのか……おれ、まだ、いきててもいいのかなぁ……」
泣きじゃくる健一の手を取る清美も泣いていて、頷いていたらしい。
「うん、いいんだよ健一……生きよう……一緒に、一緒に生きよう……」
この時、ココアは売店に食べ物と飲み物を買いに行っていて看護師も誰もいなくて加藤夫婦の間だけで行われたやり取りなので、二人以外は誰も知らない。けど、大事で大切な約束で、誓いだ。多分、結婚式場で行われる愛の誓い以上に。
まぁなんにしろ、≪
この事故により健一の埼玉県在住はかなり伸び、結局年明けまでいることになる。これは加藤家にとっても健一にとってもいいことだった。なにせココアはパパ大好き、健一だって働きすぎていたくらいだ。長い人生、少しくらい多めの休みを取ったとしても罰なんか当たらないのだ。
さて、そして無事に年を越し二日目。俺は、ライトとココアと宋明寺でお参りをしていた。コートにジーパンといういつも通りの服装の俺達に比べココアは相当めかし込んでいた。
「この着物ね、パパが買ってきてくれたの」
なんて花柄の晴れ着を披露するココアは大変かわいらしいが、おい健一、ちょっと甘やかしすぎじゃないのか? 可愛がるのはいいことだ、が、もう少し厳しくしてもいいんじゃないのか? 例え普段、なかなか会えない状況であっても。
「そういえば昨日、津島花野が来たらしいよ」
というライトのゴシップ情報を、俺はふーんと適当に流す。というか知ってる。テレビでそれはやっていたし、そもそも花野からLINEも来ていた。『これから宋明寺に行く。いい場所だってジャックが言っていたから楽しみ』って。だから『あ、そう』って返した。それだけ。他に別になにもない。
ついでに言うと、平介からも電話が来ていた。お前いつ俺の番号手に入れたんだよ俺一回も教えてないぞ。
「星が騒いでいる」
はい?
「ざわざわと――期待と不安に震えるかのようにして輝いている……それはまるで雪の欠片のようでもあり純白の花びらの……」
なんてよくわからないことを言っているから途中で切った。ほんとキモイよな、あいつ。
あの時、今にも死ぬ寸前だった健一への心臓マッサージを手伝ってくれたのは結局誰だかわからないし、あれがなんだったのかもわからない。一瞬、平介にそれを聞こうかどうしようか迷ったが、やめた。俺は『それ』を他人にうまく説明できる自信がなかったし、なにより嫌だったのだ。平介に興味を持たれることが。
そんな気味の悪い占い師のことなんて忘れ、俺達はおみくじを引く。
ライトが叫ぶ。
「やった! 大吉!」
ココアが言う。
「吉かぁ~。う~ん、まぁいいかぁ」
未だもたもたと開いていない俺の手元をココアとライトが覗き込んでくる。
「テル君は?」
「凶? 大凶? 最凶?」
最凶なんてねーよと俺は言う。
がさがさとおみくじを開きながら、俺は思う。
こんなもの所詮はただの運試し、一年の運なんて、終わってみないとわからないんだけどね。
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