最終章 辰巳輝大 2
あれほど晴れ渡っていたはずの空も昼食を摂った辺りから陰りを帯び始め、ちらりちらりと粉雪が舞うようになる。
「すごい! 雪だ!」
「冷たい!」
なんで盛り上がったのは最初だけ。雪はどんどん多くなるし強く激しく吹雪いてくる。まだ俺達中級者や完全に雪慣れしている上級者はいい。初級者コースのココアやライトは練習というより最早歯をガチガチ鳴らすだけの存在だ。
もういい加減骨が凍るという頃にホテルに戻るお許しが出て、俺達は氷の人形から人間へと進化を遂げる。スキー板やストックはレンタルコーナーへ返却、スキーウェアは雪を落として各自部屋で保管。森江のスノボはのどかが持って歩いていた。不憫な奴。ほんと、守った方がいいよなルールってやつは。
夕食と風呂の時間は決まっていて、夕食は六時から。七時から八時半の間で二クラスずつ風呂を済ませ、自由時間後、二十二時で消灯。健康的すぎる時間割だ。
慣れないスキーというスポーツを行った俺達は餓鬼のように腹が減っていて、俺達中学生男子は米櫃を見事空にしてホテルの従業員をびっくりさせる。だって新潟の米ってうまいんだもん、ほんとだぜ?
ホテル内の服装はジャージかスウェット、もしくはパジャマ。風呂上り、俺とライトがジャージで自販機を探してうろうろしていると、同じく風呂上がりのココアとベリ子、ブー子に会う。
「あ、テル君」
と、髪の毛を濡らしたココアが言う。
「今、自販機探してるんだ。見た?」
という俺の問いかけに、珍しく前髪を下したベリ子が髪をふきふき反応する。
「ロビーで見たよ。あと、お風呂の隣」
「ちょっと陰になってるとこ。よく見ないと見逃すかも」
これはブー子。こいつがほっぺにシール張ってないところ初めて見たかも。
「私もちょっと喉乾いちゃったかも。髪乾かしたら私も自販機行こうかな」
なんていうココアは少し大きめのグレイのスウェットを着ていて、指の辺りまで隠れていてそれがかわいい。出会った頃より伸びた髪の毛を後ろで一つに結んでいて、風呂に入って暑いのか髪を拭きながら時々額も拭っている。温まって頬が赤く染まり林檎みたいだ。髪が濡れている。初めて出会ったあの日と同じだ。五月の雨の日、橋の上。ああ、あの時は大変だったなぁなんて一人物思いにふけっていると、ふとあることを思い出す。
「おいココア」
「なぁに?」
「それ、俺のスウェットだろ」
俺の発言に悲鳴を上げてぶっ飛ぶベリ子とブー子。固まるライト。
ココアは髪をタオルで拭きながらタコみたいに口を尖らせると、
「だって返す機会なかったし……」
「何度も何度もあったじゃねぇか」
「テル君あれから返してなんて一度も」
「言ってないけどさぁ」
頭に手を当ててため息を吐く俺。
ライトは地震でも起きたのかというくらい震えながら俺の肩をぐっと掴むと、
「どういうことだよ!」
と叫んだ。
「そうそう! どういうことなの!?」
「彼シャツ!? 彼シャツなの!? つまりはそういうことってことでOK!?」
ベリ子とブー子もそれに続く。なんだこいつらうるさいな。
俺はぶるぶるぶると震え続けるライトの手を肩からどかすと、
「だからさぁ、こいつ前、土砂降りの雨に降られたことがあって。そんでうち来て服貸したの。ライト、お前その時いただろ。あの、橋の上んとき」
俺の言葉に、ライトはなにやら感ずることがあったらしい。喉の奥に小骨が刺さったような顔をしてから首を傾げ、目を閉じ、宙を見上げ、それからぽんっ、と両手を合わせた。
「わかった! あのときだ!」
「そうそう、それそれ」
全く、ライトの忘れっぽさには呆れるばかりだ。
けど、その時まだココアの「友達」ではなかったベリ子とブー子は、それぞれ黒と紺のスウェットを着て不思議そうに髪を拭いている。
「ねぇ、何? 橋の上って」
「なんでもない」
適当にはぐらかす俺。納得できないような顔でタオルを動かすブー子。まぁ、そんなに気にするなよ。世の中には知らなくてもいいことだって沢山沢山あるんだから。
ブスな顔を更にブスッをさせる二人を置き去りにし、ココアがなんとも不満げに言う。
「えぇ……じゃあ、これ、返した方がいいの?」
いやいやいや、と俺は勢いよく首を左右に振った。
「返すも何も、それ、お前私物化してんじゃん。自分のものにしてんじゃん」
「うん」
うんて言ったなこいつ。
俺はそれを聞き流して、続ける。
「だからいいよ別に。つーか、俺もそれのこと忘れてたし……安もんだし。そもそも多分」
「多分?」
睫毛越し、すがるようなココアの目。俺はひょいと肩を竦めると
「小さくて着られなくなってるかもしれないから」
五月から一月にかけて、俺の身長は五センチ伸びた。ただいま百六十五センチ。ライトの百七十三センチには未だ遠く及ばないが、俺だって成長期、ちゃんと成長してるのだ。小さくて着られない、はちょっと言いすぎかもしれないけど、少しくらい見栄を張ってもいいだろう。
俺の発言に、ココアは少しびっくりしたように目を開き、それからスウェットの襟元に口を埋めるようにしてくすくす笑った。
「……ふふ、そっか、そっかぁ……テル君、おっきくなったんだねぇ」
なんていうココアはひどく嬉しそうで微笑ましくて、おいおいなんだよ母親目線かお前は俺の姉ちゃんかよと思う。が、次の瞬間左右からベリ子とブー子に殴られてその気持ちは一瞬で消える。
「テルルのアホタレ!」
「女泣かせ! バーカ! 三白眼!」
全く、うちのクラスの女子というのは本当に気が強くて困る。
かと思えばライトが
「俺! ぜってー負けないからな!」
なんてホテルのロビーで叫んで一般客の視線を独り占めする。
一体なんなんだ?
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