第四章 鍋島のどか 6

 国語の課題のプリントは鞄の一番奥から見つかった。

 くしゃくしゃになったそれを持ち職員室を訪れた俺達を迎えたものは説教、説教、そして説教。給食を食べ終わったばかりだというのに胃に悪すぎる。消化不良を起こしそうだ。

「あーもう、だからね君達は……仲がいいのはいいことなんだけど、そういうところまで仲良くしなくていいのよ? 良きところを共に高め、悪いところは直し合う。それが友達なの」

 なんてくどくどくどくど話すのどかの説教の長いこと長いこと。お前、昔からこういうところあったけど、ほんと話長いよ。女って元々話好きだけど、年齢を重ねるにつれてどんどん話が長くなるって本当だったんだな。お前そういうところ、ほんと母さんそっくりになったよ。ほら見ろ、隣でライトが欠伸をしている。

「清水君は欠伸をしないの。ちゃんと反省をしなさい……その課題は来週の月曜日の放課後までに提出すること。わかった?」

 なんて教師の顔をするのどかに、「はぁい」なんてやる気のない返事を返す俺達。

 のどかが額に手を当ててため息を吐く。

「もー、全く君達は……」

 のどかの机の上に広がっているのは授業に関する様々な資料や参考書、ノート。あと雑誌。綺麗に着飾った女性が表紙を飾るファッション雑誌で、でかでかとした文字でこう書いてある。『脅威! 円城寺小百合が占うあなたの運勢!』

 それを指摘したのは目敏いライトで、「あれ? のどかちゃんも円城寺小百合が好きなの?」なんて唐突に話題を変える。のどかは少し驚いたように瞬きをして、それから机の上に雑誌が出しっぱなしになっていることに気が付いたのだろう、慌てて隠すような仕草を取り、雑誌をうっかり床に落とし硬直する。それからのどかは諦めたように雑誌を拾い上げ、ゆっくりとした仕草で机の上に戻した。

「好きってわけじゃないけど……たまたま、今流行りだからね」

「ふーん。どの雑誌見ても載ってるよね。円城寺小百合」

「そうね」

 これは本当。コンビニに行っても町の本屋に行っても駅の売店でも円城寺小百合は並びに並びまくってる。怖いくらいだ。

「俺、昨日の特集見たよ。円城寺小百合がさぁ、大物芸能人の山岡研二のオーラ見てた。すごかったよなぁ、山岡研二の前世はいくつもの勝利を収めた名高い武将で、だから今も彼を慕う人間が多いんだって。でもその分敵も多くて、かつていくつもの争いで敵を切り、恨みを買っていたからなんだって」

 職員室だというのに場を考えずに興奮して話すライトに、俺は少し関心する。へぇ。そういう話だったのかアレ。中途半端にしか見てなかったからわからなかったな。

「すごい話だったけどさぁ、本当にあるのかなぁ。オーラとか、前世とか。生まれ変わりとかさ。そんなんちょっと、信用できないよなぁ」

 首を傾げるライトと真実を告げない俺。どうだろうな。そうだよな、そういうの、やっぱりちょっと信用なんかできないよな。普通だったら。

「なぁ、のどかちゃん。のどかちゃんはどう思う?」

 自分の立場も場も弁えずに質問をするライトは子供だ。でも俺はそれを咎めないし咎める必要もない。

 のどかは意味ありげにパイプ椅子を鳴らすと、

「そうね……私はね――あったらいい――あったらいいなぁ――とは、思うわ」

 なんて言いながら足を組んだ。

「夢があるじゃない? 転生なんて。それに、世の中、幸せなまま亡くなっていった人ばかりじゃないわ。もしなんらかの事情があってこの世を去って――その人にまた出会えたとしたら――素敵なことだと思うわ」

 俺達の頭上、どこか遠くを眺めるのどかの瞳。俺がそれを辿るより先に、ライトがのどかに質問を飛ばす。

「ふーん。のどかちゃん、そんな会いたい人いるの?」

 ライトの馬鹿みたいな質問に、のどかはふっ、と睫毛を伏せて口角を上げた。

「いるわ。会いたくて会いたくて、でももう二度と会えないような人が」

 ひどく深いのどかの言葉に、俺は完全にこの世界から切り離されてしまったかのような感覚に陥る。このそれなりにざわついた職員室で、俺とのどか、二人だけの世界。のどかは、にっ、と教師らしい笑顔を面を被ると

「ねぇ、辰巳君」

 と≪俺≫を呼んだ。

「は、はい」

「君はどう思う?」

 深い深いのどかの目。のどかの瞳。俺は困る。それから、しどろもどろにこう答える。

「よく、わかりません」

 三日月形になるのどかの目。

「そうよね、よくわからないよね。こんな質問」

「はい」

「でもわたしは」

 そこで一度言葉を切り、続けた。

「あってもいいと思うの。転生とか、生まれ変わりとか」

 瞬間、のどかの瞳がナイフみたいに俺を射抜き、俺は完全に動けなくなる。やばいやばいやばいやばい――頭の中でカンカンカン警報が鳴っている。全身から血の気が引いているのがわかる。無意識のうちに震える体。指先が冷え切って、氷のようだ。

 ライトが木みたいに硬直した俺のことを心配そうな顔で覗き込んでくる。でも俺は動けない。体が棒になる魔法をかけられたみたいになっているのだ。そんなとんでもない魔法を解いたのはキーンコーンカーンコーンという予鈴で、

「ほら、早く教室に戻りなさい。課題、忘れないでね」

 というのどかの言葉を背中で聞きながら俺達は職員室を出る。

 未だ落ち着かない様子でそわそわと全身を擦る俺に、ライトが心配そうに声をかけてくる。

「大丈夫かお前、やっぱり体調悪いんじゃないか」

 そうかも。

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