第一章 加藤心愛 15
授業が終わってそのままココアの家まで直行する。
制服を着たままの俺は線路沿いを歩きながら、少し後ろを歩くライトをできる限り罵倒する。馬鹿、阿保、おしゃべりライト、なんでお前はそうやってなんでもかんでもしゃべっちゃうんだ。
振り返りもせずにずかずかと歩く俺のことを「ごめんよー」なんて言いながらついてくるライトはひよこみたいだ。でかい図体も伸びた手足も嘘みたいに情けない。そのちょっと泣きそうな声に俺は思わず許してしまいそうになるのだけれど、いやいやこれもライトのためだと少し心を鬼にする。
ライトは本当におしゃべりだ。おしゃべりで、口が軽くて、素直で嘘がつけないから、なんでもかんでも聞かれたままに話す。素直なこと、嘘がつけないことは美徳だけれど、それは時として短所にもなる。時として嘘をつくこと、はぐらかすこと、黙ること、偽ることを覚えなければならない。それがライトにとって、よくないことであったとしても。
だから俺は「スーパーマルコシ」の赤い看板が見えてくるまでできる限り優しい言葉を選んで罵倒し続け、ライトにジュースとポテチを買わせることですべてをチャラにする。財布から金を出して会計するライトは心底ほっとした顔をしていて、純粋に子供らしくてかわいい。お前のそういうとこ、俺結構好きだよ。
ココアの家には今日も清美が一人でいて、ココア本人はまた外出をしていていない。
「どこに行ったんですか」とライトが聞くと「ごめんね、私も知らないの。でも、あなたたちと約束をしているのなら、きっとすぐに帰ってくると思うわ」と少し濁される。
学校には来ていないくせに意外とアクティブなココアはライトが二杯目のアールグレイを飲み終わるころに帰ってきた。
「いらっしゃい。早かったね」
「学校から直接来たから。おかえり。どこ行ってたの?」
「図書館」
なんて階段を行くココアの手にはトートバッグが握られていて、教科書とノート、ペンケースがちらちら見える。コンビニの袋から透けて見えるのはジュースとポテチのパッケージ。ポテチは被ったけど種類が違う。
ココアの部屋の丸テーブルに二種類のポテチを広げて、『自殺旅行』の計画を練る。
目的地は瀬の島。これは昨日の会議で決めた。
日にち。俺はできれば「平日で人が少なくて真美子が日勤の時」を希望する。ココアはこれでOK。しかしこれにライトが難色を示す。
「学校どうすんの。無断欠席すんの?」
「無断じゃなくて、朝のうちに連絡するんだよ。体調が悪くて休むって」
「だーかーら、親に連絡いくだろ! テルんちは働いてるからいいだろうけど、うちは親いるの! 母ちゃんが常に家にいるの!」
なんて駄々を捏ねるライトはまるで子供だ。こんなでっかい図体をしているくせに。ポテチを持ったままの俺がちょっと引いていると、ココアが驚いたような顔をして言う。
「テル君ち、お父さんとお母さん共働きなの? 二人とも働いてるの?」
「いや、うちお父さんとかいないから」
「お母さんだけ?」
「うん。俺、母親と二人で暮らしてるから」
何食わぬ顔でポテチを摘まむ俺のことを、ココアがまん丸い目で見つめてくる。そんなに珍しいことでもない。今の時代、母子家庭のやつも父子家庭のやつも大勢いる。
子供みたいなライトの主張を汲んで、休日に決行することに決める。今日が五月十七日木曜日。週間天気予報は全部晴れ。梅雨入りは毎年六月の上旬から中旬にかけてだから、できるだけ早い方がいい。
「じゃあ来週は?」
「来週無理。静岡に住んでる二番目の姉ちゃんが帰ってくるから」
こいつ。
ライトの肩を小突くと、ライトが「いてっ」と悲鳴を上げる。
「じゃあその次にしようよ。六月二日だったら、多分ギリ梅雨入りはしてないんじゃない」
ココアの提案に頷く俺。肩を押さえて涙目のライト。こいつマジでメンタル弱いな大丈夫か?
次に集合時間についてだけれど、六時七時は出勤通学のサラリーマンや学生と被るから、それよりもっと早いか、無茶苦茶遅い時間がいい。ただ、時間が遅くなればなるほど知り合いに見つかる可能性が高い。
それにまた、甘ったれなライトが不安そうな声を出す。
「始発? 始発って何時? 五時十五分て、俺、そんな時間に電車に乗ったことないよ。何時に起きればいいの?」
「四時半に起きてそのままくれば間に合うだろ。ココアは?」
俺はついうっかり「加藤」ではなく「ココア」と呼んでしまったことに少し遅れて気が付く。ココアは少しびっくりしたような顔をしていたが、それから顔を綻ばせて
「平気。起きようと思えば起きれる」
流石。
「テル君は?」
「俺は問題ないよ。ライト、お前どうする? 来るのやめる?」
俺の問いかけにライトは少し考えこんだ。下唇を噛んで、眉を寄せ、なんとも悔しそうな、歯痒いような、そんな表情をする。それから決心したように丸テーブルを両手で叩いて
「四時に起きるよ!」
と力強く叫んだ。ココアが笑っている。ライトウケる。
俺たちはポテチをぼりぼり食べながら色々な話をする。瀬の島の名物。乗り換え。水族館の話。お菓子はいくつ持っていくか。もしかして友達同士楽しく遊びにいくだけじゃないか? なんて和やかな雰囲気を出しつつも、目的は水族館でもおいしい食べ物でもない。今日も持ってきた「るぶぶ」のページを捲りながら、俺は言う。
「で、どうやって自殺するの?」
それまでゆるゆるだったライトの表情が少し強張る。摘まんだポテチが音を立ててくしゃりと砕ける。ココアはペットボトルに口をつけひどく冷静に飲み込むと、言った。
「まだ決めてない。これから決める」
あっそ。
俺とライトは、ココアと『自殺旅行』の計画を立てる傍らちゃんと学校へ行き勉強をして宿題をして家族と時間を共にする。
給食を食べたり居眠りをしてのどかに怒られたり朝礼で校長先生の長い話を聞いたり他の友達と体育でサッカーをしたりしながらも『自殺旅行』のことを考えるなんて妙なことだと自分でも思うのだけれど、これが事実なのだから仕方がない。本当に決行するのかしないのかわからないような『自殺』について思いを馳せながらも俺たちは生きる。それが現実。死はいつだって生と共に存在するんだ。
その、存在する理由の一つが定期テスト。六月三日、四日の二日間で行われる。教科は国語、数学、英語、理科、社会の五教科のみ。
「やべぇよ、俺、英単語全然覚えられない、どうしよう」
頑張れライト。このテスト、受けるか受けないかわからないけどな。
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