第一章 加藤心愛 14

 次の日、掃除が始まると同時に俺はライトにベランダに連れ込まれる。

 正直一体何かと思った。ゴミ出し当番の俺はゴミ袋を二つ抱えて校庭の裏のゴミ捨て場に行く気満々だったから、ボロボロの箒を構えて仁王立ちにするライトに少しビビる。ゴミ袋に抱きついて助けを求める程度にビビる。でもライトは本当に「構えていた」だけであり、すぐにゴミ袋を抱きしめる俺の隣に座り、話を始める。

「お前さぁ、本当にどういうつもりなんだよ」

 どういうつもり。ああ、昨日の話か。

「加藤がテルって呼んでいいかって聞いてきたからいいよって言った。それだけ」

「違う違う、そうじゃない。いや、それもそうだけど、そっちじゃなくて!」

 どっちなんだよ。

 ライトは、意味ありげに辺りを見回し教室の中を見てクラスメイトが適当に机を運んだり床を掃いたりしているのを確認すると、声を落とした。

「瀬の島の話だよ。本当にするのかよ、あれ」

 俺は頷く。

 ライトは、はー、と長めのため息をついて、ボロボロの箒を握りしめた。

「正気かよお前」

 俺はね。

「もし本当に“そういうこと”になったらどうするんだよ」

 知らないよそんなの。もし“そうなった”としてもそれはココアの意思だ。俺の責任じゃない。

「でもさぁっ!」

「ほらそこの仲良し二人組、掃除をさぼらないでー」

 激高仕掛けたライトを止めるように、のどかが俺達の間に文字通り割って入ってくる。長い髪を一つにまとめたスーツ姿ののどかが窓から身を乗り出して、俺達のことを交互に見た。

「君たち本当に仲いいのねー。仲良しなのはいいけど、掃除はちゃんとしないと駄目だよ?」

 ね? なんて言うのどかに、ライトが不服そうな顔をする。タコみたいに尖った唇をして俺を見る。それから、真正面から俺の鼻を指して

「のどかちゃん、だってこいつが加藤を──」

「馬鹿ライト!」

 俺はゴミ袋を放り出して両手でライトの口を塞ぐ。モゴモゴするライト。のどかが不思議そうな顔で俺達を見る。放り出したゴミ袋がベランダの柵に当たり、跳ね返った。

「……加藤?」

 ライトはそこで漸く失言したと気がついたようで、さーっ、と顔を白くする。

「えっ、あのっ、そのっ」

「ねぇ、加藤ってもしかして──」

 のどかが俺達の肩に手を伸ばす。でも俺は、のどかの白くて綺麗な手が俺の体に触れる前にゴミ袋を抱えて逃げることにする。

「あっ! 俺、ゴミ捨ててこないと!」

 さっ! とベランダから教室に逃げ込みそこから更に廊下に走りだした俺の後を、箒を持ったままのライトが追いかけてくる。

「俺も!」

 箒は置いてこいよ馬鹿!

 後ろから「あ!清水と辰巳逃げたよ!」とか「廊下を走るな!」とか色んな声が聞こえてきたけど、気にしない。俺は少しでも長い間、教室の窓から身を乗り出したまま不思議そうな顔をするのどかから距離を取っておかねばならない。

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