21・銃と少年
少年は捨て子でした。
物心付くか否かの時に捨てられました。
冷たい、銃ひとつと一緒に。
少年が持つ最初の記憶は、誰かの名を繰り返し呼びながら涙を零し、銃を片手にとぼとぼ歩いている自分です。
それ以前の記憶は無く、それ以降の記憶のみが、少年の中に重なっていきました。
少年は銃を用いて生きてきました。
銃で脅しました。
銃で奪いました。
銃で殺しました。
誰もが、銃を、そして、銃を今にも撃ちそうな少年を見ると、怯え、何もかも投げ出して与えてくれました。
いえ。
何もかも、ではありません。
少年には得られなかったものが、いくつもあります。
例えば、笑顔。
例えば、温かさ。
例えば--
そう、最初の記憶で、繰り返し自分が読んでいた名。
その名が示す誰かを、いまだ少年は得ていません。
ある日。
少年は、薄汚い路地で、腹を刺され、死にかけている女を見ました。
少年はそれしか知らなかったので、銃を突きつけ、女が持っているものを奪おうとしました。
女は。
--何故か、優しく笑いました。
そして、少年を見て、天使さま、と呼んだのです。
ぼさぼさに乱れた髪に、薄汚れた顔。
そうとは言え、少年は確かに幼く、愛らしい顔立ちをしていました。
そして、寒さをしのぐ為に身に纏った襤褸は、死が近付いた女には、翼のように見えたのかもしれません。
少年は、初めての反応に戸惑い、銃を戻しかけました。
が、女は子供のように顔をゆがめ、泣いたのです。
天使さま、天使さま。
私を殺して下さい。
私にお情けを下さい。
もう生きているのが怖いのです、苦しいのです。
天使さま、貴方の手で、どうか私にお情けを下さい。
どうかどうか。天使さまの手で、連れて行ってください。
死を望まれたのも初めてでした。
少年は迷い、それから、女の眉間に銃口を押し付けました。
嗚呼、と女が笑いました。
天使さま、天使さま。
有り難うございます、有り難うございます。
女は少年を天使と呼びます。
少年は、少しだけ笑いました。
そして、引き金を引いたのです。
女は死にました。
とふん、と。
少年は、女の、まだぬくもりが残る亡骸の胸に抱きつきました。
柔らかい膨らみに顔を埋め、それから、少年は、過去の記憶が繰り返す名を、そっと呼んだのです。
「…オカアサン…」
少年には、自分に殺された女が天国へ行ったかどうかなど分かりません。
ただ、もしも。
本当に神が居ると言うのなら。
自分に笑顔とぬくもりと、そして、名を呼ぶ事を許してくれたこの優しい女を、誰よりも柔らかく、美しい場所へと送り届けてください。
少年は、名前さえ知らない神に祈りました。
それでも、少年の手には、しっかりと破壊と狂気の証である銃が、握られておりました。
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