20・或る兄妹


嗚呼、妬ましい。



百合子は甲高い悲鳴を上げる。




兄さま、兄さま、あの蝶を捕まえて。

百合子を馬鹿にしているのよ。

ひらひら、車椅子の百合子を馬鹿にしているのよ。




掴まえてどうするんだい。



兄は穏やかな声で妹を呼ぶ。




決まってるわ。

羽根を毟って、地面に捨ててやるの。

浅ましく地面を這うがいいわ。




百合子。




兄は妹を呼ぶ。




そんな事をしてはいけないよ。

蝶が可哀相だろう。

百合子には足は無いけれど、ぼくが居るだろう。

百合子の足代わりのぼくが。




兄さま。




妹は兄を呼ぶ。




兄さまは、百合子の足?




そうだよ。




兄さまは、百合子のもの?



そうだよ。




嗚呼、と妹が哭いた。





嬉しい、嬉しいわ、兄さま。

百合子は兄さまが一番好き。

兄さまが居て下されば、それでいいの。

蝶なんてどうでもいいわ。

好きな所へ飛んでいってしまえばいいの。




兄は、嬉しそうな妹の顔を、微笑して、見詰める。




百合子は愛しげに己に残された足の名残を撫でる。




兄さまが傍に居て下さるのだから、足なんて切ってしまって正解だったわ。

いいえ、いいえ。

兄さまに切って頂いて正解だったわ。




痛かったのよ、兄さま。

兄さまに切られた足、とても痛かったの。

百合子、死んでしまうと思ったわ。





でも、それで良かったの。




兄さまは百合子の足になるって約束して下さったんだもの。

そうよね? 百合子の足を切り落としたのは兄さまなんだもの。

罪滅ぼしをしないと。



兄さまは永遠に百合子のものよ。






ねぇ、そうでしょう?




妹が媚びを含んだ声で囁く。




兄は何も言わずに微笑んだ。













妹を見詰めるその瞳に、確かな憎悪と殺意を秘めて。


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