9・これから死に行く魂と


遠くから銃声が聞こえる。

争いの音が少しずつ近付く。


俺は死体が転がる戦場の端で、死にかけた女を抱きしめていた。

女は、俺と同じ軍隊の傭兵だ。

必要とあらば、命乞いをする相手の頭に銃弾を叩き込める女。

そして、さっさと次の戦場へ駆け出す事が出来る女。

冷血な女、と皆が声を揃えて冷笑した女だ。


その彼女が死にかけていた。


どう見ても女は助からないと、俺は自分自身の傷を気にしながら考える。

女を抱えて逃げる事は出来ない。此処に女を捨て置いて行かなければならない。


だけど。

既に虚ろな瞳で、不自然にゆっくりとした深い呼吸を繰り返す女を、見捨てて置けなかった。


俺の腕の中。

女は乾いた声で言った。


たくさん、殺したなぁ、と。


たくさん、殺したよね、アタシ。

何人殺したのかな?


女は虚ろな目で笑った。


どんな罪滅ぼししたって、許されないよね。

アタシ、地獄に堕ちるんだよねぇ、と。


バカヤロウ、と俺は怒鳴った。


命を奪った罪滅ぼしってのは、命を生み出す事でしか出来ないんだ、と俺は怒鳴る。


命を生み出す? と、女が不思議そうに問うた。


俺は頷き、続ける。

一人殺したのなら、一人新しい命を作らなきゃならない。

お前がたくさん殺したって言うのなら、お前はたくさん命を生んで、育てなければならないんだ。

だから、こんな所で死ぬ事が許されるか。


そっか、と女が笑った。


アタシ、まだ死ねないんだね。

たくさんたくさん、殺したから。

たくさんたくさん、生まなきゃならないんだね。


そうだ、と俺は頷いた。


女は、弾丸で貫かれ、深く傷付き、出血した自分の腹を愛しげに撫でた。


たくさん…たくさん、生まなきゃならないんだね。



女は、僅かに光が戻った瞳で俺を見た。

そして、優しく……優しく、微笑んだ。


アタシ……あんたの子供が生みたいなぁ。







それが、最期の言葉だった。






俺は急に重くなった女の身体を抱きしめる。

ぐにゃりとした感触は、既に生の気配を感じさせない。


先程より近くから、銃声が聞こえる。

争いの音が少しずつ近付く。


俺は女の亡骸を地面に置くと、彼女の身体からありったけの銃弾を持ち去った。


俺はまだ生きねばならない。

俺はまだ殺さなければならない。


殺して、そして、生き残らなければならない。


多くの命を生み出す女と、この世界に対して罪滅ぼしをしなければならない。


その女が、お前じゃなくて残念だったよ。


俺は女の亡骸に一瞥をくれると、駆け出した。



殺すために。

生きるために。

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