7・18時
18時になったら会おうね、と約束をして。
ぼくは、17時50分発の列車に乗った。
ちょうど18時。
彼女と約束したあの場所を、列車は通るだろう。
窓の外では景色が流れていく。
彼女と過ごした街の景色が後方へ――過去へ、過去へと…流れていく。
ぼくは、頬杖をついて流れていく過去を見詰めていた。
彼女はぼくを沢山愛してくれたのに。
ぼくは、彼女を幸せにしてあげられなかった。
あなたがいてくれればそれでいいの。
そう言ってくれる彼女の優しさに、甘えてばかりだった。
でも、もう大丈夫。
ぼくは君の前から消えるから。
出会う前のぼくなしだったあの時のように。
誰からも愛され、誰からも満たされ、天国のような美しい君に戻って欲しい。
今の、荒れ果てた野に咲く一輪の紅い花のように、何処か強さと必死さを備えた美しさではなく。
ちょうど18時。
列車は僅かに減速して、彼女との約束の場所を通り過ぎる。
彼女の姿は、
なかった。
ぼくはひとつ吐息。
それは、安堵? それとも、哀愁?
どっちでもいい。
彼女はぼくとの約束を守ってくれなかった。
泣き言ばかりのぼくの顔など、もう見たくなかったのだろう。
硬い列車の椅子に身を沈め、ぼくは瞳を閉じた。
靴音が真横で止まった。
車掌が来たのかと見れば、そこにいたのは、彼女。
荒野に咲く一輪の紅い花のように、強さを秘めた必死の美しさの。
両手で大きな鞄を持って、すっかり旅支度に身を整えた彼女。
彼女はにこりと笑って、ぼくの正面に腰掛けた。
自分の横に鞄を置くと、茫然自失、何も言えないぼくに手を伸ばす。
動けないぼくの膝の上。そこに置かれたぼくの両手にそっと手を乗せて、彼女は笑う。
あなたがいなきゃ、わたしは幸せになれないの。
幸せになる権利ぐらい、わたしにだってあるよね?
ぼくは。
ぼくは。
ぼくは。
馬鹿みたいに泣き出した。
泣き顔を隠せず、子供みたいに。
彼女に向かって、何度も何度も言った。
君が居てくれて嬉しい。
君が居てくれて嬉しい。
彼女は強くて優しい笑顔で、ぼくのぐしゃぐしゃになった言葉ひとつひとつに頷いてくれた。
17時50分発の列車が走っていく。
遠く遠く、過去へとすべての現実を置き去りにしながら。
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